第5話 スキル『エステ』について

 203号室に案内をしてくれた後、掃除や洗濯をしながら待っているということで、アナさんはすぐさま1階へと戻っていった。


 その姿をチラと見た後、僕は部屋へと入り、近くの椅子へと腰掛ける。


 ……それにしても、やっぱり忙しそうだなぁ。


 先ほどの会話の中で知ったのだが、現在彼女はこの宿を1人で経営しているようだ。


 この世界の宿屋事情を詳しくは知らないが、少なくとも小柄な女性1人で全てを切り盛りするとなると苦労は絶えないだろう。


 その上で僕が絡まれているところを助けてくれるようなお人好しな性格の持ち主ともなれば──なるほどあれほど疲れた様子なのも納得である。


 ……なんて、さらに宿にお邪魔して、こうして部屋まで借りてしまっている僕が言えることではないけど。


「いや、だからこそか」


 シンとした部屋の中、1人ポツリとそう呟く。


 ──疲れが顔に出ている女性に、迷惑をかけてばかりの現状。これを嘆いたところでその事実は変わらないし、異世界のことを何も知らない僕は、おそらくこの後も何かしら迷惑をかけてしまうだろうことは想像に難くない。


 ……なら、まずはそんな僕でもできることを。


「マッサージで、恩返しを──」


 ──と、なんだかいい話風な流れになっているが、実は内心かなり焦っていた。


 というのも、とっさの言い訳が思いつかなくて「マッサージを広めるために町へやってきた」などと、いかにもその道のプロが言いそうな理由を述べたが、僕は他人にマッサージを施したことなどただの一度もないド素人なのだ。


 もちろん、受けた経験は数えきれないほどある。


 思い返せばオイルマッサージ中心ではあるが、それ以外のマッサージも何度も経験しているため、基本的にマッサージと聞いて浮かぶ施術、それらの手順はきちんと把握している。


 でも、言ってしまえばそれだけだ。


 当たり前のことだが、ただ手順通りに施術をしただけでは、マッサージの効果はほとんどない。


 少しでも効果を出すには、力加減等それなりの技術が必要になるのだが──残念ながらただのマッサージ好きである僕は、そういった技術の類を持ち合わせていない。


 ……まったく、計画性がなさすぎて恥ずかしくなってくるな。


 こういったところも直さなきゃなぁとは思いつつも、今回に関しては全く根拠がないわけではない。


「……そう、僕にはスキル『エステ』がある」


 先ほど彼女と会話している際に思い出した通り、僕にはスキルがあり、なんとなくではあるがその能力がわかる。

 そしてその知識の通りであれば、技術のない僕であってもマッサージの効果を出すことができるはずなのだ。


 とはいえ現状脳内に浮かぶスキル『エステ』の知識は非常に曖昧なものであり、まずはこれをしっかりと理解する必要がある。


 ──ではどのようにして理解を深めるか。


 その方法については、おおよそ検討がついていた。


「ステータス」


 決して声に出す必要はないのだが、なんとなくそう口にすると、目前にホログラムが現れる。


 ──それは僕のステータスボードであり、至極当然ではあるが、町の外で見た時と全く同じ内容が書かれている。


「……さて、問題はここからか」


 先ほどのアナさんの発言の通りであれば、このステータスボードは表示させる項目を変更できたりとかなり応用が効く。


 そんな便利なものなのだ。さすがにスキル名は表示できて、スキルの詳細は表示できないなんてことはない……はずだ。


 そう1人考えた僕は、まずは確認も兼ねてステータスの表示を少しいじってみることにした。


 内容は……とりあえずアナさんに合わせればいいか。


 ということで先ほど見せてもらったアナさんのステータスを思い出しつつ、それと同様の表示になるように念じ──瞬間、目前のホログラムの内容が書き変わった。


 ==============================


 ソースケ 28歳 Lv. 1 


 体力 5

 魔力 4

 攻撃 2

 防御 3


【スキル】

 『言語理解』

 『エステ』


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「おお、本当に変わった」


 決してアナさんを疑っていたわけではないが、やはり聞くのと実際に体験するのとでは説得力が違う。


 ……よし、これならきっとスキルの詳細の方も──と思いつつ、再びステータスを見た僕は思わず苦笑いを浮かべてしまった。


「改めて数値を見ると……これは酷いな」


 能力値の影響がどの程度あるのかはわからないが、単に数字だけ見るのであればあの小柄で淑やかなアナさんに力負けすることになる。


 ……それはちょっと恥ずかしい──って今はそんなことどうでもいいか。


 さすがにこれ以上脱線してはアナさんに申し訳ないため、僕はすぐさまスキルの能力把握に移ることにした。


「頼むから成功してくれよ……」


 そう願いつつ、ステータスボードを表示した状態でスキル『エステ』欄へと意識を集中してみる。


 ──瞬間、ステータスボードの内容が書き変わった。


 ==============================


 『エステ』 Lv.0


 ・簡易なマッサージの手順が理解できる。


【効果】美肌(極小)、リラックス(小)


【入手可能】安価なマッサージオイル (リラックス極小UP)


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「よし」


 想定通り詳細が表示されたことに小さくガッツポーズをした後、上から順に目を通していく。


 まずはレベルだが……まぁここは無視でいいだろう。

 ということでその先へと視線を向ける。


 ……なるほど、マッサージの手順がわかったり、マッサージを行った際に記載通りの効果が発生すると。


 正直マッサージの手順は元から知っているため、これに関しては現状そこまで意味はなさそうである。


 だがマッサージ効果の方は違う。この辺りはやはりスキルというべきか、魔法というべきか、前世ではありえない現実離れした力であり、現状の僕にとって何よりも価値がある能力である。


 そう思いながら、これならばなんとかなりそうだとホッと息を吐いた。


 さて、ここまでですでにスキルが有用であることはハッキリとしたのだが、どうやら『エステ』にはまだ能力があるようだ。


「……まさかマッサージオイルまで用意できるとはなぁ」


 ──そう。表示にあるように、なんとマッサージオイルを手に入れることができるようなのだ。


 ……これはかなり嬉しい誤算である。


 僕自身オイルマッサージが一番好きというのもあるが、やはりオイルがあるのとないのとではマッサージの幅が大きく変わってくる。それこそ、いずれは代替品を探さなきゃなと考えていたくらいには。


 それがこうしてスキルの力で手に入るのであれば、これほど助かることはない。ましてや追加効果が付随しているともなれば尚更だ。


 なんとも嬉しい事実に僕は小さく笑みを浮かべる。

 そしてどうせならと実体化できるか試してみることにした。


「これも……念じればいいのかな?」


 ステータスボード上に記載はないが、スキルの能力である以上、おそらく魔力と引き換えにすることで実体化できるはずである。


 とはいえ、僕は魔力の扱い方など知らない。


 そのため、用意できたらラッキーくらいの軽い気持ちで念じてみる──と、突然何かが体内から抜け出る感覚とともに、僕の目前に簡素な木の容器がポンッと現れた。


「ハハっ、できちゃったよ」


 まさか成功するとは……と思わず苦笑してしまう。


「それでさっきのあの抜け出る感覚……あれが魔力なのかね」


 そう呟きながらステータスを確認してみると、魔力の欄の数値が4から1へと変わっていた。


 ……これ1つで消費魔力が3か。つまり現状では1度に1つが限界と。


 思いながら、実体化した木の容器を眺めたり、軽く振ったりしてみる。


 ……量は50mlもなさそうだ。これでは全身のオイルマッサージをすればすぐになくなってしまう。


「思ったより少ないなぁ。……っと、質はどんな感じだろ」


 言いながらコルクのようなものを外し、容器を傾けて少量手に垂らしてみる。


 ……これは水溶性? いや、それよりも……温かい。ホットオイルなのか。


 容器を置き、オイルを手に塗り広げてみると、途端にふわりと柑橘系の香りが漂ってくる。


 その慣れ親しんだ匂いに思わず笑みを浮かべながら、僕はさらにオイルの質を確かめていった。


 ◇


 スキルの詳細が把握でき、運よく実体化できたオイルの質も確かめることができた。


 ──となれば、いよいよマッサージ本番である。


 ちなみにアナさんへ行うマッサージの内容は、オイルに触れている間に決めておいた。


 ……手順は……大丈夫。


 施術を受けてきた経験と、スキルの効果できちんと理解できている。


 あとはマッサージ効果というものがどの程度のものなのかだが……こればっかりはぶっつけ本番で試すしかない。


 ……なに、彼女の反応からこの町、下手したらこの国にはマッサージやそれに準ずるものを職にしている人がいないのは間違いない。それがオイルマッサージとなれば尚更だ。


 ならば仮にマッサージ効果がそこまで大きく発揮されなくとも、彼女をリラックスさせることは間違いなくできるはずである。


 僕は心を落ち着かせるようにそう考えた後、意を決してアナさんを呼ぶべく部屋の外へと向かった。


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上手く書けなかったので、後日文章を修正します……。

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