第4話 宿屋まごころ
あの後少しだけアナさんと会話し、結局どこかのお店ではなく、彼女がオーナーを務める宿屋まごころへ向かうことになった。
もちろん僕が彼女を信用すると決めたからでもあるが、何よりも落ち着いて会話を行う場としてここが最適だという判断になったのだ。
とはいえ向かう先は宿屋。となれば少なからず人の目はありそうだが──彼女が最適だと判断した理由は、到着してすぐに判明することになる。
「ここが──」
「はい、宿屋まごころになります」
町の中心から更に遠ざかるように歩くこと数分。アナさんの案内の元、ついに目的地へと到着した。
目前に佇むは他の民家同様石造りの建物。造りとしては、普通の民家とそれほど違いはない。
しいて違いを挙げるとすれば、普通の民家よりも大きいことと、入口の扉の上に『宿屋まごころ』と書かれた看板があることくらいか。
……あとは、しっかり掃除が行き届いているというのもあるか。
アナさんが几帳面な性格なのか、建物は全体的に綺麗にされており、外観だけで凄く好印象を受ける──のだが、何故だろうか、目前の宿屋からはどことなく寂しげな雰囲気が漂っている。
「さ、こちらへ」
「あ、おじゃまします」
アナさんの案内を受け宿屋の中へと入った僕は、辺りを見回しながら感嘆の声を上げた。
「おぉ……」
「ふふっ、いかがですか?」
「素敵な建物だと思います。あとは……地元の建物と造りが違うので、興味深いなぁと」
1階には受付といくつかのテーブルと椅子が並んでいる。宿屋の形態はわからないが、食事スペースや歓談用のスペースだろうか。
その奥には2つの扉があり、101と102と書かれた板がそれぞれに掛けられている。……おそらくあそこが客室なんだろう。
受付の横には2階に上がる階段があり、その先にいくつか客室があるのが1階からでも見て取れる──のだが、どうにも1階2階共に人がいる気配がない。
「ほんと……寂れてますよね。実は今お客様が1人もいらっしゃらなくて」
そう言って、アナさんは何とも言えない笑みを浮かべた。
……お客さんがいない。なるほどだから落ち着いて話せると言っていたのか。
それにしても──先程見た外観、内観共になんらおかしな場所はない。むしろ全体的にしっかりと掃除も行き届いており、宿としては悪くないように思える。
「こんなに素敵な宿なのにどうして……」
「1番の理由はここが町外れで、冒険者ギルドや主要な場所からかなり離れていることでしょうか。あとは……特別なにか強みがある訳でもないので、わざわざここに泊まろうと考える人がいないんだと思います」
そう言った後、アナさんは少しだけ表情を明るくし、言葉を続ける。
「それでも常連さんは何人かおりまして、おかげでなんとか生活はできているんですよ。あ、こちらへどうぞ」
「すみません、ありがとうございます」
色々と気になることはあったが、ひとまずアナさんが指定してくれた席へと着くことにした。同時に彼女がお水を用意してくれたため、感謝を述べつつ一息つく。
アナさんは微笑みを浮かべると、僕の向かいへと腰掛けた。
こうして互いに席に着き少し落ち着いたところで、当初の予定通り自己紹介を行うことにした。
「それでは改めて自己紹介といきましょうか。といってもすでに私のことはわかっていると思いますが」
言って微笑むアナさん。
もちろん、彼女の名は先ほど見せてくれたステータスボードに記載されていたため、きちんと把握している。
「アナさんですよね」
「はい、アナです。よろしくお願いしますね」
……ステータスボードの記載を信じるのであれば、どうやら苗字はないらしい。一応僕はど田舎の人間ってことになってるし、ファンタジーもののテンプレも考慮すれば、ここは僕も彼女に倣って名前だけ名乗ればいいだろう。
「僕は想介って言います。あの、改めて先ほどは助けていただいてありがとうございました」
「そんな、お気になさらずに。あ、ただ今後は気をつけてくださいね。町ではこういった騒動を見て見ぬふりをする人ばかりですから」
「それは、肝に銘じておきます……」
「ふふっ、そうしてください。ただまぁ、ソースケさんなら今後は大丈夫そうですけどね」
「……? それは一体──」
「なんてことない、ただの勘ですよ」
言って変わらず微笑むアナさん。
正直疑問はあったが、勘と言われてしまえばそれまでであるため、僕はこれ以上問うのはやめ、久しぶりの心落ち着く時間を楽しむことにした。
◇
その後他愛もない会話を続けたことで少しだけ距離が縮まったからか、アナさんは少しだけ踏み込んだ話題を振ってきた。
「そういえばソースケさんはかなり田舎の出身とのことですが、今回はどうしてこの町にいらしたんですか?」
「理由ですか」
「あっ、もし言いにくい話があるようでしたら無視していただいて……」
「いえ、特にそういったことはありませんよ。えっと、そうですね……」
表情から、アナさんのそれは訝しむというよりも単に疑問をいだいているだけのよう。
それに別に悪どい何かを行うためにこの町に来たわけではないのは確かであるため、できれば理由を伝えたいのだが──
……うーん、事情が事情だけになんて説明しようか。
現状田舎者ということで話を通しているが、正直この世界の田舎民がどのような理由で町に来るのかわからない。もちろん想像で話すことはできるが、もしもそれでおかしな点があれば、アナさんに怪しまれることになってしまうだろう。
とはいえ、真っ先に思いつく冒険者になるためというのも、僕の見た目や身体能力的に説得力に欠けるし……。
なら商売を始めたいからとか……いや、でも僕にそんな経営できるような知識や経験は──と考え、ここでふと思い立つ。
……そうだ僕にはあれがあるじゃないか。
──スキル『エステ』。実はステータスボードでその名を認識した瞬間、何となくではあるがこのスキルの持つ能力が浮かんできていたのだ。それを活用すれば──
僕は脳内で考えをまとめた後、ゆっくりとそれを口にした。
「実は……僕の故郷に伝わるマッサージというものを広めようと思いまして」
「マッサージ……ですか?」
どうやらマッサージという言葉がうまく伝わっていないようで、アナさんは首を傾げる。
……スキル『言語理解』を通しても意味が伝わらないということは、少なくともこの町にマッサージ文化はないんだろうなぁ。
と内心ガックリと肩を落としつつも、それを表に出さないように気をつけながら言葉を続ける。
「はい。きちんと説明しようとするとかなり長くなるのですが──そうですね、簡単に言うと身体に刺激を与えて、不調をやわらげる技のこと……でしょうか」
「不調をなくす……身体の疲れを取ったり、痛みをなくしたり……?」
「そんな感じです」
だいぶ適当な説明であったが、どうやら何となく意味は伝わったようで、アナさんはパーッと表情を輝かせる。
「凄い、まるで回復魔法のようですね! でもそのマッサージというものは魔法とは違うんですよね?」
「はい、少なくともマッサージは違いますね」
「なるほど……」
言って頷くアナさん。
それにしても──
こうして対面して会話をしたことでわかったことなのだが、目前の彼女の姿からはかなりの疲れが見て取れる。
なんといえばいいか、ステータスボードによれば彼女は27歳なのだが、その年齢では醸し出せない色気というか、どうも未亡人のような雰囲気があるのである。
それはそれで正直そそるものがあるのだが、その理由が疲れや様々な苦労によるものであるならば、その不調を少しでもなくしてあげたいところだ。
……それに、マッサージを理解してもらうにはこれが一番だろう。
「あの、よろしければ体験されますか? あ、もちろんお代を取ったりはしませんからご安心ください」
「えっと、よろしいのですか?」
「はい! といっても、まだ道具もなにもないので簡単なことしかできませんけどね」
言って苦笑いを浮かべる僕に、アナさんは少し悩んだ様子で口を開く。
「でもそんな素晴らしい技術をタダでなんて……」
「そこは先ほどのお礼ということで。それに回復魔法のような劇的な効果はないので、お気になさらず」
それでもアナさんからは躊躇いを感じる。
それは受けるのが嫌というよりも、ただ遠慮しているだけのようで──その姿に、なんだか少し僕に似てるなと思いながら言葉を続ける。
「あとこれは僕にもメリットがあるんですよ」
「メリット……ですか?」
「はい。マッサージというこの町の人が知らない技術。それをアナさんに体験してもらうことで、たくさんの人に広めるきっかけにできますからね」
「広めるきっかけ……」
アナさんはそう呟いた後、小さく頷き──
「わかりました。そういうことでしたら、その、よろしくお願いします」
「はい、お任せを! ……と言いたいところですが、実は少し準備が必要でして──」
「あ、それでしたらあの203号室をお使いください」
「よろしいのですか?」
「ふふっ、空きはたくさんありますので」
「な、なるほど」
そんななんと返せば良いか迷ってしまう自虐を受けた後、僕はアナさんの案内の元203号室へと向かった。
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