第19話 エステサロンPOPPY 宿屋まごころ203号室店 開店

 結局その日の帰り道はどこか言葉少なくなったが、それ以降別段ぎくしゃくするようなことはなく、順調にお店の準備は進んでいった。


 アナさんの仕事を手伝い、開店に際して必要なものを購入し、部屋の準備を進め、商人ギルドで諸々の手続きを済ませる。


 そんな忙しくも充実感のある日々を過ごし、ウィリアムくんと出会ったあの日から1週間後の本日──ついにエステサロンPOPPYが開店となる。


 ちなみにPOPPYは週6営業で、水曜日は休みにしている。

 というのも、どれだけ忙しくなるかわからないが、さすがに1週間働き詰めになるのは、いくら好きなこととはいえしんどいからである。


 開店に際して、僕は203号室の戸に看板を掛ける。アナさんの手作りで、とても可愛らしく、それでいてどことなく浮世離れした雰囲気を醸し出している僕のお気に入りだ。


 看板が真っ直ぐになるように調整し、少し遠目から見て問題ないことを確認した後、僕は満足げにうんと頷く。


「……よし、これで看板の設置は完了っと。あとは──」


 そう声を上げながら、僕は確認も兼ねて室内に入る。


 ゆっくりと辺りを見回す。部屋の中は通常の客室と比較するとだいぶ様変わりしている。


 まずはベッドが四隅から部屋の中央に移っている。もちろんマッサージを行いやすくするためである。


 次に窓にカーテンのような黒布が掛けられている。これは日中に施術を行う場合に太陽の光が差し込んでは、リラックス効果が落ちてしまうという判断からである。


 部屋の隅にはテーブルが配置してあり、そこにはオイルとタオル代わりのボロ布が、ベッドの横には小さな台が用意してあり、そこには淡く暖かい光を放つ光源が置いてある。


 ちなみにだが、本来まごころの各部屋に光源はない。

 それは安価な宿だからというのもあるが、単にこの世界の人の大半が、夜に部屋で何かをするということがほとんどないからである。

 それでも何らかの理由で光源が必要な場合は、ランプを個人で購入し持参する場合が大半のようだ。


 今回203号室に光源を用意したのは、POPPYの営業は夜が主になる可能性が高いと判断したのと、窓に掛けた黒布同様、その方がムードが出ると思ったからである。


 と、そんなこんなで部屋の確認をし、僕は再度うんと頷く。


「よし、部屋の準備も問題なしっと」


 これで現状必要な準備は全て終わった。


 あとはお客さんが来たらその対応をすることになるのだが……そのお客さんについては、なんとすでに候補となる女性がおり、すでにこちらに向かっているという。


「……ほんと、アナさんには大感謝だなぁ」


 本人はお互いにメリットがあると言ってくれているが、やはりそれにしても僕が受けた恩が大きすぎる。


「連れてかれそうな所を助けてもらって、安全な宿と美味しいご飯を用意してくれて、挙げ句の果てにはお店を開くスペースと最初のお客さんまで……」


 いったいどうすればこの大恩を返せるのか。

 考えて浮かぶのは、1週間前の帰り道で知った彼女の自信の無さと、憂いを帯びた表情。

 もしもその理由を知って、その問題を解決、もしくは乗り越えられるきっかけをつくれたら、それは恩返しになるのだろうか。


 ……わからない。でも、その理由を知りたいと思ってしまっている自分がいる。


 きっとそれを知った先に、彼女に報いる方法が、憂いを取り払う方法があるのだと思うから。


「……どういう終着点になるかはわからないけど、とりあえずは僕のできることを頑張らないとな」


 改めてそう思い、まずは目先のマッサージで初めてのお客さんを満足させられるように頑張ろうと気合いを入れていると、ここでトントンと扉を叩く音と共に、馴染みのある柔らかな女声が聞こえてくる。


「ソースケさーん、お客様がお見えですよ〜」


「了解です! すぐに向かいます」


 その声にいよいよかとフーッと息を吐くと、僕は1階に向かうべく部屋の外へと出た。

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