第7話 はじめてのマッサージ 中編
「では、はじめていきますね」
彼女に説明した通り、まずは首からデコルテにかけての施術から行う。ということで、僕はそう言った後、椅子に腰掛ける彼女の背後へと移動した。
……こうして背後に立つと、彼女の小柄さが際立つなぁ。
と、そんな今はどうでもいい感想が浮かんできたりしながらも、早速マッサージをしようと僕は彼女の肩口へと視線を向けた。
……ダークブラウンの美しい髪。括っているのは、やっぱり仕事中は邪魔にならないようにかな。あ、うなじも凄く綺麗。
普段女性を後方から、しかもこんな近くから見ることがないため、そんなつもりはないのに彼女の様々な場所へチラチラと目がいってしまう。
その視線はついに彼女のうなじ──その奥にそびえ立つ、小柄な彼女には似つかない大きな双丘へと向いた。
──ここで一つ言っておくと、この町の標準である麻の服にはある意味当然ではあるが、襟元にゴムが入っていたりはしない。
つまりどういうことか。
……た、谷間がッ!
そう。胸元が緩く、かつ服を押し上げるほど豊かな膨らみの持ち主を上から見下ろすとなれば──結果はこの通りだ。
もちろん下着らしきものはつけているため、その全てが見えることはない。が、それでも今までマッサージ以外でろくに女性と会話したことがなく、また女性の裸体を直に見たことのない僕には、あまりにも刺激が強すぎた。
……思わず目が釘付けに〜……ハッ。
ここで僕は正気に戻る。今回マッサージを行う目的を思い出したからだ。
……恩返し、そのためにマッサージをするんだ。
それなのに今のようなふしだらな気持ちのまま臨んでは、彼女に対しても、そしてマッサージという素晴らしい行為に対しても冒涜になってしまう。
……集中、集中。
僕はそう心を強く持ち、同時に心を落ち着かせたところで──
いよいよマッサージスタートだ。
「まずは肩からいきます」
言葉と共に、ゆっくりと彼女の白磁のように真っ白な肌へと手のひらを乗せる。
瞬間、滑らかで柔らかい感触を感じるのと共に、僕の手から熱がじんわりと奪われていく。
……冷たい。それに表面は柔らかいけど、奥の筋肉はとてもかたいな。
いわゆる肩こりというやつだが──
……たしか女性は男性に比べて元々筋肉量が少ない上に、バストの重さも支えなきゃならないから肩こりが起こりやすいんだったっけ。
同様に冷えの原因も筋肉量が少ないことにより、血液を巡らせる機能が弱いからだろう。その上日々のストレスや仕事を通して余計に筋肉が硬くなることで、その筋肉により血管が圧迫され、さらに血行が悪くなるという悪循環に陥っているのもあるか。
筋肉量やバストの重さ等こちら側ですぐにどうこうできる訳ではない問題もあるが、とりあえず今回のマッサージでは彼女の肩周りを温めつつ、筋肉の緊張を解いていけば、この辺りの問題に関しては改善できるはずだ。
そう考えながら、僕は肩にあてた手のひらから、少しずつ圧を加えていく。揉み込むというよりも、手のひらを彼女の肩により密着させていくイメージ。なのだが──
「……!」
その際、彼女が小柄ということもあってか、僕の指先が胸元に少しだけ触れてしまった。
……指先にふにゃりと! ……いや、集中しろ! 無心だ、無心で行うんだ。
その感触に、先程の決意はどこへやら、情けなくもドキドキと心臓の鼓動を早めながらも、それを表に出さないよう平静を装いつつ優しくアナさんへと声を掛ける。
「力加減はいかがですか」
「そうですね……少し痛みはありますが、それも含めてなんだか心地いいです」
言って目を閉じながらうっとりとした表情を見せる。
……彼女に触れた段階で思ったけど、やっぱりかなりコリが酷いな。
これだと毎日肩や頭の痛みが酷いんだろうななどと思いながら、ゆっくりと圧をかけては緩めてを繰り返していく。
と、逐一彼女の表情や反応を確認しながらマッサージを続けていく中で……僕はふとあることに気がついた。
……なぜだろう。力加減が、なんとなくわかる。
そう。肩に圧をかける中で、どのような力加減が最適か、その時の手指の扱い方がどうであるべきかが、感覚的に理解できるのである。
確かに元々もみほぐしの手順や、力加減に関してある程度は知っていた。
しかしそれはあくまで自身が受けた施術やセラピストから聞いた情報から得た知識によるものであり、僕自身が誰かにマッサージをしたことで掴んでいった感覚ではない。
当然だ。僕はあくまでもマッサージを受けるのが好きなだけで、誰かにマッサージをした経験など今の今まで一度もないのだから。
……なら、この感覚は──もしかしてスキルの効果……?
スキルの詳細の中に『簡易なマッサージの手順が理解できる』という記載があった。
僕はそれを見た時、『簡易なマッサージの手順を知識として理解できる』だと思い、知識ならすでにある程度持っているからと、今の自分には意味のないものだと判断した。
だがもしこれが『簡易なマッサージの手順を感覚的に理解できる』ということなのだとしたら──スキル『エステ』は僕の想像をはるかに超えるチートスキルということになる。
……その辺りの感覚的なところはこれから色々な人にマッサージして覚えていこうと思ってたのに、これじゃなんだかズルをしているみたいだ。
内心でそう悪態をつきながらも、僕の心は躍っていた。
……揉み返しが起こらないようにとか、とにかく慎重に臨んでいたけど、これならその辺りを過度に意識する必要はなさそうか。
そう思いながら、僕はアナさんへのマッサージを続けた。
◇
肩からデコルテにかけて、10分程度マッサージを行った辺りで、僕は手のひらにかけてい圧をゆっくりと緩めると、アナさんへと声を掛けた。
「これで肩周りのもみほぐしは以上となります」
あまり過度にやりすぎるのは逆効果であるため、短いようだがこの辺りでやめておく。
「お加減はいかがでしょうか?」
僕の問いかけに対し、アナさんは腕を軽く回したりした後、驚きに目を見開いた。
「すごい……今までずっと感じていた肩周りの痛みやだるさがだいぶ軽くなりました」
そう言った後、その表情を少し不安げなものへと変えながら、再度口を開く。
「……慢性的なものだったのに──あ、あの本当に回復魔法ではないんですよね?」
「もちろん、魔法ではありませんよ。ちゃんと根拠もありますしね」
一部スキルの影響があったことを考えると、厳密には魔法を使っているとも言えるが、施術に関しては単なる技術であり、なぜ彼女の身体が楽になったのか順を追って説明できることであるため、マッサージ自体が魔法だということにはならないだろう。
そんな考えのもと返した僕の言葉を受け、アナさんは「魔法じゃない……」と呟き、ホッと息を吐いた後、今度はその瞳をキラキラと輝かせた。
「それでこんなに効果があるなんて……マッサージって本当にすごいものなんですね」
魔法が当たり前に存在する世界の人間ならではの感想である。
……それにしても、彼女の反応的に回復魔法を受けるにはそれなりにお金がかかるのだろうか。
今後もマッサージを続けるのであれば、その辺りのことも調べておく必要がありそうだ。
そんなこともあって考えながら、僕はまるで自分のものであるかのように自慢げに言葉を返す。
「凄いでしょう? でも、まだまだ序章……本番はこれからですよ」
「これ以上のものが……?」
「では次の……ヘッドマッサージへと移りましょうか」
================================
想像以上に長くなってしまったので、さらに分割させていただきます。申し訳ございません!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます