第51話 要望

「では僕の方からお願いします」


「わかったわ」


 ヴィオラさんは頷くと、いくつかの資料に目を通しながら僕に問うてくる。


「それじゃあ、まずはソースケさんの要望を教えてもらえるかしら?」


「要望……うーんそうですね、仕事に真摯に取り組んでくれる子……でしょうか。欲を言うならば、僕のマッサージを見て、体験して、マッサージの感覚を掴めるような物覚えの良い子だと尚良いです」


「あら、それだけでいいの?」


「今のところそれ以上の素養は求めてないです」


「そう」


 言いながら、ヴィオラさんは資料に目を通し、いくつか除いていく。


 ……あそこに奴隷の子達の情報が載っているのだろうか。


「今回の目的は従業員の確保だったわよね」


「はい」


「業務内容はソースケさんと同じでマッサージかしら?」


「そうですね。多少雑用を任せることもあるかもしれませんが、メインはマッサージです」


 もちろんお客さんの相手をさせるのはそれなりに研修を重ねてからだが。


「……それは技術? それともスキル?」


「大半は技術ですね。ただ僕はその中で一部スキルの力を使ってます」


 ……あの淡い光が発生している時点で、マッサージ中に何らかのスキルを使っていることは広く知られている。ただ効果の低い回復魔法やそれに準ずるなにかだと思われているため、そこまで騒がれてはいないのが現状である。

 つまりこの場でスキルを使用していることを伝えてもこれといった問題はないというわけだ。


「そのスキルはなくても、マッサージの効果はあるの?」


「もちろん僕の施術とはどうしても差が生まれるとは思います。ただ技術さえ身につければ十分な効果を上げられるのは間違いないです」


 ……その技術を身につけるのにもある程度時間がかかるだろうが、その辺りは仕方がない。あとはスキルの効果分差が生まれるが、そこは料金を見直すことで対応していくつもりだ。


「なるほどね。予算はいかほどかしら?」


「10万リルで考えてます。ただ理想としては5万リルを下回りたいです」


 ……ちなみに現在僕の手元には10万リルどころか5万リルすらない。いくらPOPPYの調子が良かろうと、経費がほとんどかからなかろうと、ほんの数ヶ月でそれだけの額を用意することなど現状は不可能だ。ではどうするかというと、今回の購入にかかった費用の一部をアナさんから借りることになっている。


 アナさんと従業員について会話した際、僕は彼女から奴隷の値段帯を聞いた。さすがにその値段を今すぐ捻出することなど不可能であったため、従業員の追加はもう少し後にするか、ひとまず雇用で考えようかと思っていたところで、彼女が貸してくれるという話になったのである。


 当然僕は反対した。いくらこれだけ関係が深まろうとも、これまで借金で悩んでいた彼女からお金を借りるなど、流石にどうかと思ったからだ。……いや、そもそも知り合いであろうとお金の貸し借りは不和の元だという考えがあったため、できればそこは避けたかった。


 しかし会話を進める中で、アナさんの提示するメリットがあまりにも魅力的であったことや、彼女の意志が強かったこともあり、結局は足りなかった分は彼女から借りるということになったのである。もちろん借りる際は商人ギルドを通す前提だ。


 そんな紆余曲折ありながら提示した金額を聞き、ヴィオラさんは再び書類へと目を通す。そして少し悩んだ後、こちらへと視線を戻して口を開いた。


「5万リル以下なら1人、10万リル以下なら2人、条件に合う子がいるわ」


 基本的に奴隷側が条件を設定できる商館の場合、その条件が厳しければ厳しいほどその奴隷の子の値段は安くなる。

 今回僕はその辺も考慮して要望を伝えたわけだが、それでもまさか5万リル以下で該当する子がいるとは思っていなかった。


「5万リル以下、正確には4万リルね。会ってみたいかしら?」


 僕の表情を見てか、ヴィオラさんからそう提案があった。僕は少々悩んだ後「お願いします」と言葉を返す。


「わかったわ。少し待っててちょうだい」


 言葉の後、ヴィオラさんは部屋に入った際に正面に見えた扉の先へと向かった。

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