第50話 奴隷商館『アングレクム』

 町の中心へと向かうこと数分。冒険者ギルドからもほど近い場所にその建物はあった。


 初見の感想としては、思っていたよりも普通の建物だな……だろうか。


 前世の記憶からか、奴隷商館といえば何となく薄暗く妖しい雰囲気を想像していた。しかし目前の建物は周囲のそれと比べると多少豪華な装飾があったりはしたが、むしろその程度の差しか感じられないくらいには、この世界ではありふれた装いであった。


 正直驚きはしたものの、とはいえわざわざ言うほどのことでもなかったため、僕は特に感想を口にすることなく、アナさんに続いて商館の中へと入る。すると程なくして、1人の女声が聞こえてきた。


「いらっしゃい……って、あら。これまた随分と珍しいお客さんね」


 そう言って、30代中頃か、少しだけ濃い目の化粧をした美女が小さく目を見開く。


「こんにちは」


 アナさんが言う。その声に続いて僕も挨拶し、軽く会釈をする。


「私たちのこと、ご存知なんですね」


「もちろんよ。立場上それなりに情報が回ってきてね。まぁ、それがなくても、この町の女性ならある程度はあなたたちのことを知っているでしょうけど」


「そんなに広く?」


「それはもう。今もすごい勢いで知名度が上がっているわよ。下手したら近隣の町にも噂は届いているんじゃないかしら」


「近隣の町まで……」


 あくまでも商館の女性の予測でしかない。それでもこの町の外まで広まっている可能性があると言えるほどに知名度が高まっていることを知り、僕とアナさんは目を丸くする。


 そんな僕たちの姿を微笑ましげに見ながら、女性は言う。


「それくらいあなたたちの事業が世の女性にとって魅力的ということよ。……と、雑談はこれくらいにして。少し遅くなったけど、挨拶をさせてちょうだい」


 一拍置き、女性は再度口を開く。


「私がここ奴隷商館『アングレクム』のオーナー、ヴィオラよ。末永くよろしくね」


 言葉と共に、小さく首を傾げ、ニコリと微笑を浮かべる。赤紫色のカールがかった髪をふわりと揺らすその姿には、20代では醸し出せない独特の色気がある。


 そんなヴィオラさんに、僕とアナさんは簡単な自己紹介の後「よろしくお願いします」と言葉を返した。


 ……それにしてもまさかオーナーが女性とは。


 奴隷商館といえばなんとなくおじさんがオーナーを務める印象があったため、まさかの女性の登場に少々驚いてしまった。


 とはいえ別に表情に出るほどではなかったため、ヴィオラさんは僕の驚きに別段気づくこともなく口を開いた。


「それで、本日は奴隷の購入でよかったかしら」


「そのつもりです」


「そう。では案内するわ。こちらへどうぞ」


 そう言って彼女が連れてきた場所は、4畳ほどだろうか、前世でいうところの小会議室のようなシンプルで狭い部屋であった。

 部屋に入って右寄りに四角いテーブルが1つと4つの椅子が並んでおり、眼前には入り口とは別の扉がある。


 ……あの先に奴隷の子たちがいるのだろうか。


 なんとなしにそう考えながら、僕はヴィオラさんの案内に従い、彼女と対面するように腰掛ける。


 すると少しして、身なりの整った1人の女性が静かに飲み物を持ってきてくれる。その人に軽くお礼を言おうと顔を上げた所で、僕は女性の首元に首輪のような模様が刻まれていることに気がついた。


 ……これが奴隷紋? つまりこの人も奴隷?


 そう疑問が湧いたが、だからといってジロジロと見るのは失礼なため、僕はすぐさま視線を首元から外すと、女性へとお礼を言った。そこへアナさんが続く。


 女性は僕たちの声を受けニコリと微笑んだ後、丁寧な所作で部屋を出て行った。

 その姿を見届けた後、ヴィオラさんが口を開く。


「彼女は元々借金奴隷でうちにやってきた子でね。物覚えが良くて面倒見が良い性格だから、今はうちの従業員として働いてもらっているわ」


 ……ヴィオラさんが所有する奴隷ということだろうか。


 彼女の扱いを見る限り、ここでは奴隷の子たちの待遇もある程度良さそうである。


「そういうルートもあるんですね」


「そうね。今はあの子含めて3人の子を私の所有としているわ。みんな働き者のいい子よ」


 一拍置いて言葉を続ける。


「さて、まずは簡単にうちの商館のシステムから紹介するわね」


 続いて語られた内容はこうである。


 ここでは借金奴隷と不法奴隷の女性のみ扱っている。

 奴隷の女性たちそれぞれが自ら設定した条件があり、それを満たした相手にしか販売はしない。

 こちらの要望を伝え、それに合致した奴隷がいたら奥の部屋から連れてくる。そこでヴィオラさんも交えて会話をし、双方の同意があった場合のみ契約成立となる。


「驚きました」


「…………?」


「なんとなく奴隷の子には選択権がないイメージがあったもので……」


「あぁ、そういうこと。確かに大半の商館はお客様優先かもしれないわね」


「やはりそっちの方が多数派なんですね」


「商売として人を売り買いしている人間がまともなはずないじゃない? もちろん私を含めてね」


 決して語気が強かったわけでも、表情が険しかったわけでもない。ただ小さな笑みと共に発せられたその声に、僕とアナさんは何も言葉を返すことができなかった。


「……さて、取引の方に戻りましょうか。本日奴隷をご所望なのは……」


「あ、僕とアナさんそれぞれ1名ずつ。どちらも従業員の確保が目的です」


「従業員として1名ずつね。それぞれ条件があるでしょうから、順番に対応していきましょうか。まずはどちらから?」


 その声を受け、僕は横に座るアナさんと目を合わせる。


 ……うん、やっぱどっちが先でもいいよね。


 特に言葉を交わさずともその結論に至ったため、それならばと僕は口を開く。


「では僕の方からお願いします」


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すみません、遅くなりました……!

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