第39話 感謝と想定外の涙
リセアさんが向かった先は近くの居酒屋であった。
こんな早くから開店してる所があるんだなぁと思いつつ、彼女と向かい合うように座る。
軽く辺りを見回せば、昼前だというのに飲んだくれた男の姿がちらほら見て取れる。その服装からして冒険者だろうか。
彼らは酒に酔いながらも、しかし入ってきたのがリセアさんだと気がつくと、すぐに視線を逸らす。
……ほんとどんだけ恐れられてるの?
そんな周囲の反応に苦笑を浮かべていると、ここで向かいのリセアさんが店員さんを呼び、いくつかの注文をした。どうやら彼女もお酒を飲むようだ。
ちなみに僕は適当なジュースにしてもらった。流石にリニューアル準備期間中に酔っ払うのはどうかと思ったからである。
「……で、リニューアルだったか」
少しして、届いた酒をゴクリと一口飲んだ後、リセアさんは真剣な表情で僕と視線を合わせてきた。
「はい。リセアさんには過程含めてお話しますね」
言葉の後、僕はまごころがリニューアルするに至った経緯を含め、その詳細を伝えていく。
「なるほどなぁ」
全てを説明し終えた所で、リセアさんはだらんと脱力し、チビチビとお酒を口に運びながらそう呟くように声を上げた。
彼女の容貌へと目をやると、その頬がほんのりと赤らんでいる。先ほど注文したお酒はそこまでアルコール度数が高そうには見えなかった。……きっと彼女はそこまでお酒に強い訳ではないのだろう。
それをなんだか意外に思いながら彼女の次の言葉を待っていると、リセアさんは少しして再度呟くように声を上げた。
「アナは……ようやく前を向けたんだな」
言葉の後、天井へと向けていた視線を僕の方へと向けてくる。
「ありがとな、ソースケ。アナのことを救ってくれて」
「……そんな。まだなにもしてませんよ。ただリニューアルすることが決まっただけで、それが上手くいくかもわかりません。それに借金のことだって残ってます」
「それでも、あいつは今心から楽しそうなんだろ?」
「それは……まぁ」
ここ数日のアナさんの姿は、確かに幾つか憑き物が落ちたように見える。
きっとあの日の言葉通り、いまだ過去のまごころの光景が忘れられてはいないはずなのに、それでも彼女の表情はどこか楽しげに思えたのだ。
「ならもう十分救ってくれてる。だからありがとうだ」
言ってニッと笑った後、リセアさんは再度脱力し声を上げた。
「それにしても、そっかぁ……」
「…………?」
「いやぁな、前にあたしがアナを助けようとしたら断られたって話をしたろぉ?」
「はい、言ってましたね」
「そん時さ、一緒に頑張ろうって、そう言えばよかったんだなぁって……もちろん一緒にやってもよぉ、上手くいかねぇかもしれないぜ? でもよぉ、そう言ってればもしかしたらもっと早く救えたかもとか考えるとな、なんでそんな簡単なことが思いつかなかったんだろうって思うわけよぉ」
なんだか段々と滑舌が悪く……それに目が据わっているような……あれ? もしかしてもう酔っ払ってる?
そう思いながらも、僕は話を進めるために彼女に問うてみる。
「ちなみにリセアさんはどうやって救おうと?」
僕がそう言うと、リセアさんはじっとこちらを見つめた後、目線を逸らして唇を尖らせた。
「……借金をあたしが肩代わりするって。全額払えるほど金はねぇけど」
「なるほどそれは……」
確かにそれではアナさんが首を縦に振ることはないだろう。多分僕がアナさんと同じ状況でも断る。
そう思いながら苦笑を浮かべると、そんな僕のことを再びジッと見つめながら──リセアさんはウルウルとその瞳に涙を滲ませた。
「……えぇ!?」
……泣かせちゃった!? え、そんな酷いこと言ったっけ!?
「ご、ごめんなさいリセアさん! そんなつもりじゃ!」
「うわぁぁぁぁ! ソースケのバカー! アナーごめんなぁ……!」
言いながら、リセアさんはテーブルに伏してしまう。
……ご、号泣!? まさかの泣き上戸!?
──この後、彼女の介抱にかなりの時間を要したのは言うまでもないだろう。
ちなみに後日リセアさんと対面した際、彼女が真っ赤な顔で睨みつけながら「絶対誰にも言うなよ」と可愛らしい脅しをかけてきたのはここだけの話である。
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