第40話 過去から未来へ
それからあっという間に時間が経ち、ついにリニューアルオープン当日となった。
店内の準備──といっても内装にほぼ変化はないが──は万端、アナさんの内容把握も完璧、そして多くの人に情報も広めてもらった。……あとはどれだけお客さんが来てくれるかだ。
僕とアナさんは2人横に並び、まごころの入り口の扉へと目をやりながら声を上げる。
「いよいよですね」
「ふふっ、そうですね」
「緊張してます?」
軽い口調でそう言いながらアナさんの方へと視線を向けると、彼女は柔らかい微笑みを返してきた。
「もちろん少しは。でもそれ以上にワクワクしています」
「ならよかったです」
言葉の後、シンとした静寂が2人の間に訪れる。
その独特の空気感を包み込むかのように、アナさんは柔らかい声音で呟くように言った。
「……ソースケさん、改めてありがとうございます。私、頑張りますね」
「アナさん、一緒にですよ」
「ふふっ、そうでした。一緒に頑張りましょうね」
「えぇ、頑張りましょう」
そんなやりとりをして互いに笑顔を浮かべた所で、いよいよ開店時間となった。
アナさんは少しだけ緊張した様子で小さく息を吐く。そして「よし」と小さく頷いた後、扉に取り付けてある看板をCLOSEからOPENへと変えるべく、ゆっくりと入り口のドアを開けた。
「…………えっ」
するとそこには、今か今かと待ち侘びている数人の女性の姿があった。その内の何人かはPOPPYの常連さんであるが、他は初めて見る顔である。
……きっとみんなのおかげで噂が広がったんだ。
まさかの光景に固まるアナさんの肩を、僕はポンっと叩く。
「アナさん、開店しましょう」
「は、はい!」
言葉の後、たくさんの女性のワクワクとした視線に晒されながら、アナさんは看板をOPENへと変えた。
◇
あの後すぐに僕のお客さんがやってきたため、僕は203号室でマッサージを行っている。
──正直気になることはたくさんある。
アナさんはきちんと対応できているかなとか、上手く回っているかなとか、そもそもあれから人の入りはどうなったのかななどなど挙げてしまえばキリがないほどに。
しかし、今僕がやるべきは目の前のお客さんを全力で癒すことであるため、その辺りのことは一旦頭の片隅にやり、僕はマッサージに集中する。
今回対応しているお客さんは、すでに3回ほど施術を受けにきてくれている、言うなれば常連さんである。選んだメニューは120分。リセアさん同様かなり長時間を選択してくれる僕からしたらありがたい存在だ。
更に言えば、リセアさんの冒険者仲間であり、彼女の紹介で初めてPOPPYにやってきたお客さんでもある。
年齢はどうやら僕やリセアさんよりも少し下のようなのだが、そうは思えないほどの色香を持ち合わせており、初回はかなりタジタジになってしまったのを思い出す。
あの時は若かったなぁ……とそう大して時間も経っていないのに内心そう思いながらマッサージを続けていると、女性が艶やかな笑みと共に口を開いた。
「相変わらず極楽だわ……」
「ふふっ、存分に癒されてくださいね」
「ありがとぉ……それにしても、最初リニューアルの話を聞いた時は少しだけ驚いたわぁ」
呟くようなその声に、僕は苦笑を浮かべる。
「あはは、すみません。さすがに急すぎましたよね」
「そうねぇ……。でも詳しい話を聞いて、すごく嬉しかったのよ。ほら、今まで落ち着いて長時間集まれる場所なんてなかったじゃない?」
「ですねぇ。長時間滞在できても、たとえば居酒屋とかだとかなり騒がしいですし」
「そうなのよ。おまけにナンパばっかりでゆっくりお喋りもできないわ。……だから今回のお話は本当に魅力的だったの」
「ふふっ、是非ご利用くださいね」
「もちろん、たくさん来るわ。まごころも、それにPOPPYもね」
言ってウィンクをしてくる。相変わらず凄まじい色気だなと思いつつ、僕はニコリと笑顔を返す。
「はい、よろしくお願いします!」
「ただ、少しだけ心配なのよねぇ……」
「と、いいますと?」
「ほら、今も凄く賑わっているじゃない? だから今後簡単に予約が取れないんじゃないかなって思ったのよ〜」
「今、賑わってる……?」
「あら? もしかして集中しすぎて聞こえてなかった? ほら、よーく耳を澄ませて……」
言葉の後、女性はじっと黙ってくれる。僕は彼女の声に従い、部屋の外へと意識を向けてみる。すると、ガヤガヤとかなり賑やかな声が聞こえてきた。
それは誰かが騒いでいるとかそういった類いの賑やかさではなく、人が多く集まっているために起こる賑やかさであった。
「本当だ。凄い人の数……」
開店時は数人のお客さんが待ってくれていたが、この声を聞く限り、今はそれ以上の人数が集まっているようだ。
……たくさん入ってくれたんだ。
僕はその声に言葉にできない感動を覚えた。
◇
その後きっちりと最後まで施術を行った。そして仰向けになった彼女の全身を拭いた後、拭き残しの対応と着替えをお願いし、僕は203号室を出た。
途端に聞こえてくる心地の良い喧騒。その声に従うように、僕は1階が見える位置まで少しだけ移動する。
「…………わぁ」
するとそこには全ての席が埋まり、たくさんの女性が歓談する理想の光景が広がっていた。
……すごい。全席埋まってる。
先ほどよりも大きな感動を覚えながら、あ、そういえばアナさんは大丈夫かな!? と彼女の姿をキョロキョロと探す。
少しして、女性たちの中で注文の対応を行っている彼女の姿を見つけた。
「えーっと、コレと、コレをください!」
「かしこまりました。少々お待ちください!」
言葉の後、綺麗な会釈をするアナさん。その表情からはこれまでのような憂いの一切を感じない。
またキラキラと輝くその双眸には、過去ではなく確かに今の、そしてこれから更に発展を遂げるであろう未来のまごころの姿が映っている。
……きっと、もう大丈夫。
まだまだ解決しなければならない問題は山積みである。それにこの大繁盛が今後も続くという保証はない。
それでもはっきりと今を、未来を見つめる彼女とならば、これからどんなことがあろうと乗り越え、成長していけることであろう。
そんな確かな予感と共に、僕はしばし階下を見つめるのであった。
================================
次が1章のエピローグになる予定です!
もしも少しでも面白いと思っていただけたのであれば、下部にございますレビューの方(星をつけるだけでも良いです。+を押す回数で星の数が変わります)をしていただけると、非常に励みになります。よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます