第41話 1章エピローグ

 その日からまごころ、POPPY共に多忙な日々が続いた。


 特にまごころについては、町のご婦人方の需要と一致したようで、部屋も席も途切れることなくお客さんで埋まっていた。中でも席の方はあまりの人気に、急遽その数を増やしたほどである。


 ──総じて僕たちの想像を上回るほどに順調と言えた。


 そんなこんなで月日が過ぎることおよそ2週間。流石にアナさんも休みを取った方がいいという話になり、ひとまずPOPPYの休日に合わせて1日だけまごころも休みを取ることに。


 ということで休日の午前中。この時間は僕の提案でアナさんに全身のオイルマッサージを受けてもらうことになっていた。


 目前でベッドにうつ伏せになるアナさん。彼女の上に掛かっている布を整えた後、手順通りに柔肌に指を滑らせていく。


「……ふぁ」


「ふふっ、いかがですか?」


「んっ……リ、リセアから話は聞いてましたが……その、不思議な感覚ですね」


「もみほぐしとはまた違いますよね」


「ですね。それと足のマッサージをしていただくのも初めてなので、余計にそう感じるのかもしれません」


 そんなもみほぐしとの違いやオイルの感覚などマッサージに関する会話をしながら施術を続けていると、少ししてオイルの感覚になれてきたのか、アナさんが心の底からリラックスした表情を浮かべるようになった。


 そのことに微笑みながら、僕は小さく声を上げる。


「まごころ、かなり順調ですね」


「はい……正直ここまでとは思わなかったので、少し驚いてます」


「僕もですよ」


 言葉の後、一拍置いて再度口を開く。


「身体、大丈夫ですか?」


「大丈夫……と言いたいところですが、流石に少しだけ疲れてしまいました」


「となると、やっぱり定休日を設定するか、誰かしら人を雇うことも視野に入れた方が良さそうですね」


「そうですね。……ソースケさん、その時は相談に乗っていただけますか?」


「もちろんですよ。一緒に頑張るって決めましたからね」


「ふふっ、ありがとうございます」


 言って微笑んだ後、アナさんは再びマッサージを堪能するかのように口を閉じた。


 それから少しして、彼女からスースーと可愛らしい寝息が聞こえてくる。


 ……よほど疲れてたんだな。


 一応僕が暇な時は彼女の手伝いをしたりして、多少は負担が減るようにと努力してはいたが、やはりそれでも足りなかったようだ。


 ……これはさっき話にあったように定休日を作るか従業員を雇うかしなきゃだな。それもなるべく早急に。


 心の中でそう考えながら、とりあえず今は僕の施術で疲れを癒そうと、それから1時間以上入念にマッサージを行っていった。


 ◇


 マッサージ終了後、熟睡していたアナさんを起こし、着替えをお願いする。

 そして彼女の着替えが終わり、それから少しの間のんびりと過ごした後、僕たちはまごころの外へと出た。


 なぜか。そう、実はこの後リセアさん含めた数名と、まごころのリニューアルオープンとその成功を祝してパーティーを行うことになっているのである。

 場所はコラド食堂で、主催はコラドさんとウィリアムくん。なんとその間貸切にしてくれているようだ。


 ちなみにパーティーとはいってもそう格式張ったものではなく、単に身内で飲み食いするだけのこと。

 そのため僕もアナさんもいつも通りの服装に身を包み、特に緊張することもなく食堂へと向かった。そして到着してすぐ、食堂入り口のドアを開ける。


「こんばんは」


「こんばんは〜」


 2人してそう声を上げながら中へ入ると、そこにはすでにリセアさんをはじめとした、数人の女性冒険者の姿があった。


 彼女らはアナさんの友人であり、かつ僕のお客さんであるため、僕たちが姿を現すなり、方々からフランクな挨拶が飛んでくる。


 それらに返事をしつつ彼女たちの元へと向かうと、今度は厨房の方から2種類の男声が聞こえてきた。


「おう! アナちゃん、ソースケ! よく来たな!」


「ソースケさん、アナさん、こんばんは!」


「コラドさん、ウィリアムくん。今日はこんな素敵な会をありがとう」


「ありがとうございます」


 アナさんに続き、僕も感謝を伝える。


 その後二言三言会話をし、彼らは厨房へと戻っていったため、僕たちはあらかじめ用意されたスペースへと並んで腰掛けた。


 そして周囲の女性たちに絡まれつつ時間を過ごしていると、少しして美味しそうな料理の数々が運ばれてくる。それらがある程度テーブルに並んだ所で、みんなきちんと席へと付き、各々ドリンクやお酒を手に持った。

 そこへコラドさんの一声で急遽参加することになったウィリアムくんがやってきて、同様にグラスを持つ。


 こうして参加者全員が集まった所で、誰の合図かわからないほどにごちゃごちゃとした「乾杯」の声の後、僕たちはパーティーを開始した。


 ◇


 あれからいったいどれくらいの時間が経過したのか、辺りはお酒で出来上がった女性たちの姿で溢れていた。


 ある者は歌い、ある者は眠り、またある赤髪の者は号泣しと、中々にカオスな場の中で、たいして飲んでいなかった僕とウィリアムくん、そしてアナさんだけは少々酔いながらも正気を保っていた。


 ……と。そんな中で、不意にウィリアムくんが口を開く。


「アナさん。少しだけこの場をお任せしてもいいですか?」


「……? えぇ、大丈夫よ」


「ありがとうございます。ソースケさん、ちょっとだけ2人でお話ししませんか?」


「ん? もちろんいいけど……」


 一体なんだろうかと思いながら、席を立つ彼の後をついていく。……どうやら厨房の更に奥へと向かうようだ。


 そのことに更に頭にハテナを浮かべながらも彼に続いて歩いていると、裏庭と呼べばいいのか、荷物置き場と言えばいいのか、とにかくこじんまりとした屋外のスペースへと到着した。


「すみません、寒くないですか?」


「うん、大丈夫」


「では、こちらへ……」


 その言葉に従い、ドア前の三段階段、その上段へと並んで腰掛ける。


「あの、いきなりすみません。……どうしてもソースケさん以外には聞かれたくなくて」


「なるほど。つまりはあの話題か」


「あはは、そうですね。あの話題です……」


 少しだけ肌寒い、されど心地良い夜風が吹く。

 そんな中で、ウィリアムくんは少しの沈黙の後、意を決した様子で声を上げた。


「ソースケさん。僕、今度アナさんに告白しようと思います」


「おお、ついに」


 言って目を見開く僕へと視線をやりながら、ウィリアムくんはなんとも言えない笑みと共に、呟くように言葉を続ける。


「……それで、たぶん振られちゃいます」


「ウィリアムくん……」


 その表情を見て、安易に「そんなことはない」とは言えなかった。きっと彼なりに考え、至った結論なのだろうから。


 ウィリアムくんは地面へと目をやりながら、再度口を開く。


「以前、告白するのがこわいって話をしましたよね」


「うん、聞いたね」


「僕はあの時、アナさんの傷に触れるのを恐れていました。もしかしたら、それで余計に彼女を傷つけてしまうんじゃないかって、そう考えて……」


 一拍置き、更に言葉を続ける。


「でも今思えば、それは言い訳でしかなくて、結局は僕に勇気が無かっただけなんでしょうね。……だって目の前に、一歩踏み込んで、アナさんの本当の笑顔を取り戻したソースケさんがいる」


「…………」


「だから……ものすごく悔しいですけど、振られるという事実を僕は受け入れてしまっているんです」


「それでも、告白するんだね」


「はい、しますよ」


 もしも振られると確信していたとしたら、果たして僕はどうするだろうか。……考えずとも答えはわかる。きっと告白などせず、なあなあで終わらせてしまうはずだ。


 だからこそ、僕は疑問から彼に問うた。


「それは……どうして?」


「そうすることで僕も前に進めるような、そんな気がしたからです」


「……眩しいなぁ」


「なんですかそれ」


 言って微笑んだ後、ウィリアムくんは一拍置いて再度声を上げた。


「……ソースケさん。今度時間がある時でいいので、慰め会を開いてくれませんか?」


「もちろん、パーっとやろうか」


「ふふっ、ありがとうございます」


 言葉の後、ウィリアムくんは柔らかい笑みを浮かべる。その笑顔に、やっぱり眩しいなぁと改めてそう思った。


 ◇


 その後思いの外世間話が盛り上がってしまい、気がつけば30分以上経過していた。


「……っと、少し話しすぎましたね。そろそろ戻りましょうか」


「だね。アナさんが心配だし」


 果たしてあの酔いどれの女性たちに囲まれて、アナさんは無事なのだろうか。


 そう心配の念を抱きながら、僕たちはみんなの元へと戻る。

 そして到着してすぐに「すみません、お待たせしました」と言おうとし──しかしそれを口にすることはできなかった。


 というのも、僕たちの眼前には酔い潰れて眠っている人の姿しか見当たらなかったからである。しかもその中には、なぜか豪快にいびきをかくコラドさんの姿もある。


 ……コラドさん、いつの間に!? ってか、アナさんは!?


 慌てて辺りを見回すと、テーブルに伏している彼女の姿があった。


 ……遅かったか!


 もしかして彼女も酔い潰れたのかと思いながら一歩二歩と近づいた所で、アナさんは唐突に顔を上げると、僕たちの方へと視線を向けてきた。


 その目は──完全に据わっている。


「ウィリアムくん」


「はい」


「……戻る?」


「奇遇ですね。僕も同じことを考えてました」


 言葉の後、まるで目の前の光景など無かったかのように背を向ける僕たち。そんな僕たちの背後から、聞き慣れた女声が届く。


「……どこへいくんですかぁ?」


 段々と近づいてくる足音。


 そして「……一緒に飲みましょうよぉ」という声がすぐ側から聞こえてきたかと思うと、ほどなくして僕たちの服がグイッと引っ張られた。


 ……あっ、これは逃げられない。


 そう確信した僕は、ウィリアムくんと目を合わせると、覚悟と共にうんと頷いた。


 ──かくしてはじまった3人での飲み会。


 この後すぐにウィリアムくんが酔い潰れたり、寝ていたはずの女性たちが目を覚まして僕に絡み出したりと、とにかく大変なことになったのだが……それはまた別の話である。


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最後少々駆け足になってしまいましたが、これにて1章完結です。振り返ると正直気になる箇所は多々ありますが、まずは1章ラストまで完走できたことを喜びたいと思います。


この後1章の登場人物一覧を挟んで、2章の投稿を開始します。

2章以降は急速に事業が拡大していきます。合わせて個性豊かなキャラクターも次々と登場しますので、今後ともよろしくお願いいたします!

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