第10話 マッサージの効果

 アナさんのご好意で豪勢な朝食をいただけることになった。

 ということで僕は早速アナさんの向かいの席へと腰掛けると、両手を合わせてボソリと呟いた。


「……いただきます」


「それは……?」


「故郷に伝わる風習です。食材となった自然の恵みと、料理を作ってくれた方への感謝を表していまして」


「まぁ、素敵ですね。では私も……いただきます」


 そう言ってアナさんも手を合わせる。


 ……本当かわいらしい人だなぁ。


 その姿に思わずそんな感想を抱いたりもしながら、僕たちは食事を開始する。


 テーブルに並ぶ彩り豊かな品々。

 どれから食べようか悩むところだが、僕は卵好きな自身の欲に従い、まずは目玉焼きからいただくことにした。


 ちなみに食事を取る際には意外にもカトラリーを使うようで、眼前にはナイフとフォークが並んでいる。


 ……確か中世以前のヨーロッパでは貴族含め手づかみで食事を取っていたはず。文明がそれに近くてもこうして差があるのは、やはり魔法の存在があるからだろうか。


 なんて内心で思いつつ、僕は普段使わないナイフとフォークに苦戦しながらもなんとか一口サイズに切り分けると、それを口へと運んだ。


「美味しい……」


 正直食品の品質は日本のものよりも数段落ちているだろうし、味付けも塩のみと非常にシンプルである。


 それでもこの家庭的であたたかみのある料理の味は、前世で1人で食べていたどんなものよりも美味しく感じた。


「ふふっ、よかったです」


 そう言ったアナさんの声に思わずそちらへと視線を向けると、なぜか目が合ってしまい、僕はすぐさま目を逸らす。


 ……もしかして、僕が食事しているところをじっと見ていたのだろうか。


 そう考えるとなんだか恥ずかしく思えてくるなと思いながらも、ここで僕はふとあることに気がついた。


 ……そういうば、だいぶ健康的な見た目になったような気がする。


 確かに先ほど2階から見た時も遠目に雰囲気が変わっているなとは思っていたが、こうして対面したことでその変化がより顕著に感じられる。


 なんといえばいいのか、全体的に血色が良くなった影響か、これまでの儚げな美人という印象が、健康的な美人のそれへと変化しているのである。


 そんなことを考えながら、無意識の内にもう一度彼女の方へと目を向けると、アナさんはとても楽しげな様子で口を開いた。


「わかります? マッサージを受けてから、肌がすごく綺麗になったんです! それに、長年悩まされていた目の下のクマまで薄くなったんですよ!」


 確かに彼女の言う通り美肌になり、クマも薄くなっているように見える。特にクマの方は、今のこの距離では全くわからないほどだ。


 ……たぶん青クマだったんだろうな。


 クマには赤青黒の3種類あるのだが、その中の青クマというやつはストレスや疲れによる血行不良が原因で現れるもの。

 今回のマッサージではその辺りが改善するようアプローチをかけたため、結果的にクマにも効いたのだろう。


 心の底から嬉しそうにアナさんは言葉を続ける。


「それに全身が凄く軽いし、頭痛もなくなりまして……あ、それからずっとあった心のモヤモヤまで軽くなったんです!」


 ……その辺り1日経った今も効果を感じて貰えているのならよかった。


 あとは心のモヤモヤか。おそらくマッサージの影響に加えて、スキル『エステ』のリラックス効果も効いたんだろうな。……ん? というよりも──


「モヤモヤ……なにかございましたか?」


 軽い気持ちでそう問うと、アナさんは露骨に目を泳がせながら声を上げる。


「あ、いや。あれですよ。どうやったらお客さんが増えるんだろうって」


 ……あまりにもわかりやすい嘘。何か言えない事情があるのだろうか?


 そう疑問が浮かぶが、とはいえ出会ったばかりでそこへ踏み込むのはなんだか違うような気がしたため、僕はひとまずその理由で納得しておくことにした。


 ということで「なるほど……」と言いながらウンと頷いた。

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