第9話 朝の一幕
背に柔かい感触を感じながら、僕はふと目を覚ました。
「……知らない天井だ」
天井の木目に目をやり、一度は言ってみたかった台詞を呆然と呟きながら、内心あれ? と疑問が湧く。
……いや、なんか見覚えがあるな。ここは……203号室? でもなんで僕は寝て……ってそうだ! 突然気を失ったんだった!
思いながら、僕はガバッと身体を起こすと、窓から差し込む光により思わず目を細める。
……ん? マッサージを終えた頃はだいたい夕方だったはず。でも今は部屋が明るくなって──って朝になってる!?
僕は慌てて部屋を出て、1階へと目を向けると、そこにはテキパキと働くアナさんの姿があった。
彼女は僕の姿に気づいたようで、顔を上げ笑顔を向けてくる。
「あ、ソースケさん! よかった、目を覚ましたんですね」
「ごめんなさい! 突然気を失ってしまって。結果的にこうして一泊することに……」
「いえいえ、お気になさらず! むしろマッサージの効果を考えると、1泊くらいなんてことありませんよ」
言って変わらず人の良い笑みを浮かべるアナさんだが、そういえば遠目にも疲れた雰囲気がなくなったように見える。
……どうやらきちんとマッサージの効果があったようだ。
そう思い、少しだけ達成感を感じていると、ここでアナさんが再度口を開いた。
「ちょうどこれから朝食を取るところだったんですが、ソースケさんも一緒にいかがですか?」
「えっといくらで……」
「もう、お金なんてとりませんよ!」
「いや、それは──」
「でも困りましたねぇ……」
「えっ?」
「今日はうっかり朝ご飯を作りすぎてしまいまして。うーん、どうしましょう。私1人だと無駄になっちゃいます……」
そう可愛らしい芝居を打つアナさんの姿に、敵わないなぁと僕は苦笑いを浮かべた後「ご馳走になります……」と言葉を返し、こうして一緒に朝食を取ることとなった。
◇
1階に降りると、テーブルにはすでに2人分の朝食が並んでいた。
パンに、野菜に、ソーセージに目玉焼きと、こう言ってはなんだがかなりバランスの良く豪勢な朝食である。
「……おお、こんなに」
「普段はどのような朝食で?」
「パン1個とか、ジュースだけとかそんな感じでしたね」
「……まぁ、そうだったんですね」
……前世では仕事前に料理するのが面倒で、買い溜めていた惣菜パンを食べたり、それすらない時は野菜ジュースだけとかそんな生活を送っていたため、決して嘘ではない。
「だからこんな素敵な朝食は久しぶりですね」
言って僕はワクワクとした表情になる。
朝食の豪華さもそうだが、誰かに朝食を作ってもらったり、こうして一緒に朝食を取ったりしたのが、実家に住んでいた時以来数年ぶりだったこともあり、思わずそんな顔になってしまった。
そんな僕の姿を見て、何か思うところがあったのか、アナさんはウルウルと涙ぐんだ表情を浮かべながら口を開いた。
「おかわりもありますから、存分にお食べくださいね」
……苦労人だと思われたのだろうか。なにやらアナさんの視線から慈愛の心を感じる。
「あはは、ありがとうございます」
その視線を受け、思いのほか感情豊かな人だなぁと心の内で思いながら、僕は苦笑いと共にそう感謝の言葉を返した。
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