第48話 従業員について

「図らずも金銭に余裕ができましたが、早速従業員の募集をかけていく感じですか?」


「そうですね、その予定で考えています。ただ、少しだけ悩んでいまして──」


「といいますと?」


「ソースケさんは、この町の従業員事情をご存知ですか?」


「いえ、正直まったく……」


 言って僕は苦笑いを浮かべる。アナさんはいつも通りの微笑みの後、言葉を続けた。


「この町ではですね、主に2通りの方法で従業員を確保してます。1つは商人ギルドで募集をかける方法、もう1つは……少し言いにくいですが、奴隷を購入する方法です」


「奴隷ですか」


 前世のファンタジー物でもよく登場しており、スウェルティアの噂からこの世界にも存在することは一応把握していた存在である。


「はい。奴隷制度についても、おそらく詳しくはご存知ではありませんよね?」


 当然ほとんど知らないので、僕はうんと頷く。


「では簡単にご説明しますね」


 言葉の後、アナさんから語られた内容を簡潔にまとめるとこうだ。


 奴隷とは奴隷紋を刻まれ、売買の対象となっている人々のこと。奴隷は大きく3種類に分類できる。

 言葉通り凶悪な罪を犯したことで奴隷とされた犯罪奴隷、借金を払えず、親によって、もしくは本人が直接身を売る借金奴隷、そして不当に捕まり、奴隷に堕とされた不法奴隷。

 最後に、至極当然ではあるが奴隷にも人権があり、購入者は奴隷の最低限の生活を保障しなくてはならないという決まりがある。


 その内容を受け、僕は複雑な思いと共に口を開く。


「犯罪奴隷はわかります。借金奴隷も納得はできませんが理解はできます。ただ最後の不法奴隷は、言ってしまえば人攫いですよね?」


「そうですね。ただそういう人々が当たり前に存在するのが現実なんです」


「そういう人々を無くすことはできないと」


「もちろん人攫いが起きている現状をどうにかしようと動いている人や組織はたくさんいらっしゃいます。ただゼロにすることはどうしても叶いません。それに奴隷商館で販売される際、犯罪奴隷は説明があるのですが、借金奴隷と不法奴隷の場合は一緒くたにされているようです。さらに言うなら、奴隷紋が刻まれた段階で、その人が不法奴隷だと伝えることはその性質上できない。だから私たちもわからないんですよ、購入するまでは」


 奴隷制度自体をやめることは……と続けて問おうとし、やめた。結局それがなくともどこかで人攫いも人身売買も行われるのだろうし、なによりもそれをアナさんに言ったところでなんの意味もないからだ。


 それに人身売買自体は悲しいかな前世でも世界の、いや日本のどこかでも起きていたことなのだ。それが表立ったものではないから、僕はそう深くは考えずに、のうのうと生きていただけ。


 ……正直中々割り切れることではないけど、だからといって僕にそれをどうこうする力はない。結局今はそういうものだと理解する他ないか。


 僕は複雑な内情にそう結論付けると、再度口を開いた。


「……アナさんの悩みはどのようにして従業員を確保するかですよね」


 その言葉に、アナさんは頷く。


「現状はどうお考えですか?」


「金銭に余裕ができたので、今は奴隷の購入で考えてます。できれば不法奴隷の子で。奴隷にとっては、解放が望めない以上、買い手が最重要。……自惚れかもしれませんが、私ならその子にとって少しでも幸せな未来を見せてあげられるという自信があります。なんて、能力ではなくて感情論による決定ですけどね」


 確かに悪人に買われるよりもアナさんに買われる方が何倍もいいのは間違いないし、彼女なら奴隷の子を幸せにできるだろうと僕も確信している。


 しかし、そう言ったアナさんの表情は優れない。


「ただ、やはりその子の一生を背負うぐらいの覚悟が必要になるので、私にそれができるかどうかが少し不安です」


「なるほど……」


 確かに雇うのと買うのとでは訳が違う。どちらもある意味では人生を預かる行為であるが、その重みには圧倒的な差がある。


 ──僕ならどうするだろうか。


 POPPYにも従業員がほしいと思っている。

 現状の忙しさと、マッサージの技術を習得してもらうことなどなど、様々な事情を考えると、2択の場合奴隷の購入の方がいささか現実味がある。


 ……先程の言葉通りであれば、アナさんの中で奴隷を購入するということは、いわば子のように守るべき存在ができるという認識であろう。


 僕の中では、そもそも人を買うということに抵抗がある。だがその感情を除いて購入に至るのであれば、アナさんと同じように守るべき存在として大切にしたい、その人が幸せだと感じられる状況にしたいという思いがある。


 だが同時に、はたして僕にそれだけの甲斐性があるのかという不安もある。


 結局のところ、僕も彼女も思う所は似ているのだろう。


 ……その上で僕はどうするかか。


 考えに考え、1つの結論に至った僕は、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「僕は……奴隷の子を従業員として迎えようと思います。もちろんその方が技術を伝える上で都合が良いという打算的な考えもありますが、やはり僕もアナさんと同じように、僕がその子を購入することで少しでも救いになるのなら、そうしたい」


 一拍置き、言葉を続ける。


「確かに金銭面でも精神面でも、一生面倒を見る可能性があることに不安はあります。……ただ僕は、もし僕1人でどうしようもなくなったら、いやそうなる前に……アナさん。あなたや、知り合いの皆さんを頼ろうと思います」


 その言葉に、アナさんはハッとした様子で声を上げる。


「……そうでした。困ったら誰かに頼る。簡単なことのはずなのに、どうしてかまた1人で抱え込もうとしていました」


「僕も同じです。まず1人でどうするかに思考が向いていた。……やはり意識しないと、中々癖って抜けないんでしょうね」


「ふふっ、そうかもしれません」


 どこまでいっても購入者に責任がのしかかる事実は変わらない。だが、だからといってその全てを1人で抱え込む必要はないのだ。


 ──困ったら、困りそうな予感がしたら誰かを頼る。


 そんなある意味では当たり前のことを再認識しながら、僕たちは従業員として奴隷の子を迎える方向でいくことに決めた。

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