第17話 ウィリアムくん

 談笑していると、すぐにウィリアムくんが戻ってきた。

 どうやらお昼休憩をとって、アナさんが言っていた僕の紹介とやらを聞きに来たようだ。


 アナさんが移動して僕の隣に座り、向かいに彼が座る。


 ……これ、お見合いかなんか?


 思わずそう思ってしまうような独特の空気感の中、ついにウィリアムくんは意を決した様子で問うてくる。


「それで彼は……」


「この方はソースケさん。今うちの宿に宿泊されている方よ」


 その紹介を受けてか、ウィリアムくんはほんの少しホッとしたような表情になった後、ふと何か疑問を覚えた様子で声を上げる。


「ということは、宿のお客さん……? ……あれ、でも今までお客さんとうちに来たことありましたっけ」


 呟くような彼の声に、アナさんは少し悩んだ様子の後、微笑みと共に口を開いた。


「お客さんではあるけど、うーん、ソースケさんは少し特別……かしら」


「と、特別……」


 再びあの絶望顔に変わるウィリアムくん。眼前で「つまり同棲……え、同棲? アナさんが同棲? え……結婚?」とそう呟いている。


 アナさんの天然もあり、ものの見事に勘違いしているようである。そんなことは梅雨知らず、アナさんは楽しげに言葉を続けた。


「──そう、うちを間借りしてお店をやることになったの」


「……………ん?」


 アナさんの言葉に、ウィリアムくんは深い沈黙の後に首を傾げる。そして自身の疑問を解消すべく、確認するように口を開く。


「と、特別って……その、彼氏とかではなくて?」


 彼のその声に、アナさんはキョトンとした表情になった後、ふふっと可愛らしい笑みを浮かべた。


「まだ出会って数日よ? そんなすぐに付き合ったりしないわよ」


 その声に、全くもってその通りと僕もうんうんと頷く。


 ウィリアムくんはそんな僕たちの姿をキョロキョロと見た後、露骨にホッとした様子で声を上げた。


「…………なーんだ、そういうことかぁ」


 言葉と共に、ウィリアムくんは椅子からずり落ちそうな勢いで全身に入っていた力を緩めた。


 ……ほんとわかりやすくて面白い。


 そう思いながら柔らかい笑みを浮かべていると、ここで彼はハッした様子で僕へと向き直る。


「あ、ソースケさん、そのごめんなさい。先ほどは嫌な態度をとってしまって」


 ……嫌な態度ってあの泣きそうな顔で睨みつけてきたことだろうか。


「そんな、全然気にしてないよ。そりゃ、突然知り合いが謎の男と一緒にいたら困惑するのは当然だしね」


 そう言った後、一拍置いて言葉を続ける。


「改めて自己紹介でもしようか。僕はソースケ。路頭に迷っていたところをアナさんに救われて、それからなんやかんやあって間借りしてお店をすることになったただの田舎者だよ。よろしくね」


「あ、僕はウィリアムって言います。ここのお店で料理人をやっています。夢は──」


 言ってチラとアナさんを見た後、すぐに視線を戻す。


「──じ、自分の店を持つことです。よろしくお願いします」


 言葉と共に手を差し伸べてきたため、僕はその手を取り握手をする。

 そんな僕たちの会話を何だか微笑ましげに見つめていたアナさんであったが、ここで話が一段落したからか、彼女が口を開いた。


「さっきまで一緒にソースケさんのお店の詳細を決めていたの。でもお昼を作るにしては遅い時間になってしまって……それでどうせなら1番美味しいお店を紹介しようと思ってここにきたのよ」


「それは、ありがとうございます。……一緒に詳細を決めたというのが少し気になりますが。それで、ソースケさんは一体どういうお店を?」


 その言葉を受け、僕はウィリアムくんにエステサロンPOPPYという名とともに、その詳細を簡潔に伝えていく。

 おおよそ伝え終わったところで、ウィリアムくんはうんと頷いた。


「──なるほど、何とも新しいお店ですね。たしかにそのマッサージというものなら、宿の一室でも営業できそうです」


 と、そんな会話をしていたところで、ジュージューという何かが焼ける音が聞こえてきた。

 そちらへと視線を向けると、どうやら注文した料理ができたようで、コラドさんが両手に料理を抱えながらこちらに向かってくる。


「おう、できたぞー」


「わ、ありがとうございます」


 コラドさんがテーブルに優しく料理を置く。


 ちなみに今回注文したのはオーク肉のステーキである。表示メニューを見た時は少々不安に思ったが、しかしその不安も目の前で肉汁をキラキラと輝かせるお肉を前にしたら、一瞬で無くなってしまった。


「美味そう……」


 そう言いながら僕がステーキに目を奪われているその眼前で、コラドさんが口を開く。


「んで、ウィリアム。この様子だとソースケと仲良くなれたのか?」


「そうですね、仲良くなれました」


 言って微笑む彼の姿を見て、コラドさんはどうやら先ほどまで勘違いしていたことに気がついたようで、ニヤリと何かを企むような表情で声を上げた。


「そうかそうか、ならその調子で想い人のア──」


「わーーーー!!!!」


 コラドさんの声に被せるように、ウィリアムくんが声を上げる。その姿にコラドさんは豪快に笑った。


「ガハハ、まぁなんだ、頑張れや!」


 そしてそう言いながら、バシバシとウィリアムくんの背を叩くと、僕の方へと向けて「ソースケ、さっきは悪かったな」と一言残し、厨房の方へと戻っていった。


 ……まるで嵐のような人だなぁ。でも、どうやら怖い人ではなさそうだ。


 思いながらその姿を見届けた後、僕はウィリアムくんへと視線を向けて笑った。


「いい職場だね」


「えぇ、僕にはもったいないくらいに。……さぁさ、熱い内にどうぞお召し上がりください」


 その声を受け、僕はすぐさま視線を目の前のステーキへと向ける。そしてナイフとフォークで切り分けた後、それを口へと運ぶ。──その瞬間、旨みの暴力が口内を駆け巡った。


「うっま……」


 そのあまりの美味さに、僕は思わずそう声を漏らしてしまう。そしてそのまま、2口、3口と口へ運んでいく。


 ──と、ここで不意に視線を感じ、前、横へと顔を向けると、そこにはこちらを微笑ましげに見つめる2人の姿があった。


 ……これじゃ、だれが最年長かわからないな。


 心の中でそう思いながら、僕は恥ずかしげに苦笑いを浮かべた。


 ◇


 そんなこんなで会話しながら食事を進めていくと、唐突に「あっ」と声を上げた後、ウィリアムくんが立ち上がった。


「すみません、僕はそろそろ仕事に戻りますね。ソースケさん、また今度お店について聞かせてください」


「もちろん」


「あ、それと……」


 言葉と共に、ちょいちょいと手招きするウィリアムくん。

 立ち上がり、彼のそばへと寄ると、ウィリアムくんは僕の耳元へと口を近づけ、囁くように声を上げた。


「……あの、アナさんとは本当に何もないんですよね?」


「うん、何も」


「……今後も?」


「それはなんとも……」


 僕の声に、ウィリアムくんは落ち込んだ表情を浮かべる。その顔に、相変わらずわかりやすいなぁと思いつつ、僕は言葉を続けた。


「あはは、冗談だよ。まぁ、正直先のことはわからないけど、今は絶対にそんなことはないから。……だからウィリアムくんも、早いうちに告白しときな」


「なっ、なんでわかって……!?」


「……いや、わかりやすすぎるからね」


「そ、そんな……」


「とにかく、誰かに取られる前に急ぎなよ」


 言って、彼から離れる。ウィリアムくんはそんな僕の言葉に「はい……そうします」と神妙な面持ちで頷くのであった。


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 2024/1/18 間に合えば本日もう1話投稿します。

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