第26話 嬉しい悲鳴

 翌日。リセアさんの紹介ということで、2人の女性冒険者の予約が入ったため、その対応を行った。


 その翌日は3人の予約。次は5人と徐々にその数が増えていく。その内の何人かは、この前のリセアさんと同じように、そのまままごころに宿泊してくれたこともあり、全体的にかなり順調な滑り出しといえる。


 また施術を受けた皆がマッサージに満足をしてくれたこと、笑顔で帰ってくれたこともまた順調と感じられる一つの要因でもあった。


 ただそんな中で、ある意味嬉しい悲鳴というべきか、1つの問題が発生していた。


「……まずい。オイルが足りなくなりそう」


 そう。オイルの残量が、来店する女性の数に追いついていないのである。


 現在は毎日1つオイルを実体化しては、それを蓄えることである程度の数を確保している。


 当然ホットオイルで実体化しても冷めてしまうため、熱伝導率の高そうな容器を買い、アナさんに用意してもらったお湯で温めて使用している。

 それ自体も正直面倒ではある。スキルレベルが上がっていけば、いつか温度調整できるようになったりするのだろうか。


 ……って今はそんなことはいい。問題はオイルの量。あ、あとは予約も日に日に増えていくから、その辺りの管理もしっかりしないと。


 オイルの量は1日に実体化できる数が増えれば、当然なんとかなる。ではどうすればその数を増やせるかというと、実体化に必要な魔力量を減らせない以上、やはり魔力の総量を上げる他ない。


 ……となると、やっぱりレベル上げ? でもどうやったらレベルが上がるんだろ。


 思い浮かぶのはファンタジーの定番である魔物との戦闘。だが全体的に能力が低く、攻撃手段の1つもない現状を考えれば、できればそれ以外の方法でレベル、もしくは魔力総量を上げたい所である。


 ……とりあえずアナさんに相談してみよう。


 ここのところ宿泊者が増えたことでアナさんもかなり忙しそうにしている。ただ、今泊まっているのは全員冒険者のため、基本的に昼間は町の外に出かけてていないはずだ。


 ということでその時間を使い、僕はアナさんに質問してみることにした。

 いつものように向かい合って席に着き、その辺りの話をすると、アナさんはうんと頷き声を上げた。


「……なるほど、魔力量の向上ですか。となるとやはりレベル上げしかありませんね」


「ちなみにレベル上げの方法は──」


「魔物を倒して地道に……ですね」


 ……やっぱりそうかぁ。


 内心そう思いつつ、ここで1つの疑問が浮かんだためそれを問うてみる。


「あれ、でも冒険者以外の人はどうしてるんですか? きっとスキルによっては僕のように魔力量が大事になる人もいますよね」


「そうですね……冒険者ではなくても戦える人は自分で何とかしますが、それ以外の方となると……基本的には冒険者に付き添ってもらって、レベル上げをすることが多いでしょうか」


「なるほど、付き添いで。……ってことは、なんにせよ魔物との戦闘は避けられないということですね」


「そうなりますね」


 言って苦笑を浮かべるアナさん。対して僕はガクリと大きく肩を落とした。そんな僕を見兼ねてか、アナさんが再度口を開く。


「リセアにお願いしてみてはいかがでしょうか」


「……リセアさん? でもあの人たしかかなり高ランクですよね?」


 最近知ったのだが、リセアさんはこの町の冒険者の中でもトップクラスの実力を有しているらしい。


「そうですね。今はもうBランクですし」


 ちなみに冒険者のランクは1番下がFで1番上がSのようである。また基本的にCランクより上に上がるのはかなり難しいため、それよりも更に上のBランクともなれば最早異次元の存在ということになるようだ。


「なら1日雇うとなるとかなり高いんじゃ……」


「普通はそうですが……とりあえずリセアに話だけでもしてみましょうか」


「……そうですね。そうしましょう」


 ということでリセアさんに会うために冒険者ギルドへと赴くことになった。


 ちなみに出かける際、まごころの入り口は閉めることになっている。宿泊者がいるのにこれはどうなのかとも思うが、どうせ冒険者は夜まで帰ってくることがないため、おそらく大丈夫だという。

 あとはやはり個人経営となると、こうして時折宿を閉めて外出することもあるらしい。さすがに長時間ともなるとその限りではないが、基本的には入り口の扉に書き置きを残しておけば皆納得してくれるようである。


 この辺りはそういうものとして納得する他ないだろう。


 そんなこんなで僕はアナさんと並ぶようにして冒険者ギルドへと向かった。道中視線を向けられることはあれど、別段問題が起こる訳でもなく、スムーズに冒険者ギルドの前に到着する。


「ここが冒険者ギルド……」


 これまでの経験もあってか、何故だかその外観からも威圧感を感じてしまい、思わずごくりと喉を鳴らす。

 アナさんはそんな僕へ微笑むと、これといった緊張もなく「ではいきましょうか」と言い、ギルド入り口の扉を開けた。


 ──瞬間、突き刺さる荒くれ者の視線。


 ……ヒェッ。


 その圧に心臓をキュッとさせながらも、どんどんと突き進むアナさんの後ろを着いていく……のだが、ここで僕は少しだけ違和感を感じた。


 ……ん? なんか視線は向いてるけど、みんなビビってる?


 ビクビクしながらも辺りを見渡す。

 中には僕のお客さんもいてこちらに笑顔で手を振ってくれたりもするが、こちらに目を向ける冒険者たち……というよりも、冒険者の男たちの大半が何やら怯えている様子である。


 さすがにおかしいなと思い、アナさんにコソコソと問うてみる。


「あの、アナさんって実は強者だったりします?」


「ふふっ、流石にそんなことはありませんよ。以前お見せしたステータスの通りです」


「なら、この視線は……」


 その声に、アナさんは恥ずかしげに苦笑を浮かべる。


「えっと、以前私にしつこく迫ってきた冒険者の方がいらっしゃいまして。それで、その方をリセアがボコボコに……」


 ……だいぶオブラートに包んでそうな物言いだ。でもなるほどそれで。


 納得をしていると、続けるようにアナさんが口を開く。


「あとは知り合いに高ランク冒険者が多いのと、噂に尾ひれが付いて、その、余計に……」


「な、なるほど」


 ずっと疑問だったのだ。

 アナさんという美人がオーナーを務めるのにもかかわらず、何故彼女目当てで宿に泊まる人がほとんどいないのかと……なるほど、こういう事情があった訳か。


 まぁどんな理由にせよ、絡まれないならそれに越したことはない。そう少し安心しつつリセアさんを探すが、どうやらギルド内にはいないのか、彼女の姿は見当たらない。


 ということで受付さんに確認をすると、そろそろ帰ってくるはずと言われたため、僕たちはギルド向かいの飲食店で待っていることにした。


 飲み物を注文し、いつものように談笑をしていると、およそ15分ほど経った頃、リセアさんがやってきた。


「よ! アナ、ソースケ」


「リセアさん。すみませんお忙しいところ」


「ありがとう、リセア」


「んにゃ、大したことねぇよ」


 言ってニッと微笑む彼女へと目をやり……僕は驚きに小さく目を見開いた。


 ……あれ、なんだかさらに綺麗になってる?


 全体的に血色が良くなったのと、髪に艶が出てきているように見える。あとはボサボサだった髪もきれいに整えられており、滑らかに彼女の身体を流れている。


 そんな僕の視線に気づいたのか、リセアさんは恥ずかしげに頬を掻いた。


「……ほら、あれだよ。マッサージの後から、また外見に気を使うようになってな」


「とてもお綺麗ですよ」


「な、揶揄うんじゃねぇ!」


「本心です」


「……そ、そうか。あんがとな……ってんなことはいいんだよ! それよりもあたしを呼んだ理由を教えてくれ」


 リセアさんのその言葉を受け、僕は彼女に事情を伝えた。時折アナさんのフォローが入りながらも全てを伝え終わると、リセアさんはうんと頷く。


「なるほどな。ま、たしかにソースケの場合死活問題だもんな」


「そうなんですよ」


「んじゃ今からいくか?」


「えっ、そんなあっさり!? そもそも今帰ってきたばかりでは……」


「ソースケのお守りくらいなら大したことねぇよ」


「ちなみにおいくらで……?」


「いや、金はいらねぇ。正直仕事って程のことでもねぇしな。……つってもソースケは納得しねぇだろ?」


「よくお分かりで」


「んじゃ、代わりとして……あれだ、マッサージの予約をいくつか先に入れといてくれ」


「それ、お礼になります……?」


「今後いつ予約が取れなくなるかわからねぇ店を優先的に予約できる。十分得だろ?」


 言ってニッと笑った後、更に言葉を続ける。


「それにソースケのレベル上げは巡り巡ってあたしのためになるからな。だからそもそもそんな大層なお礼が必要になるようなことでもねぇよ」


「……わかりました。ではその条件でよろしくお願いします」


「おうよ」


 正直高ランク冒険者の時間的価値を考えると全く釣り合いが取れているとは思えないが、僕はありがたくその申し出を受けることにした。


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