第55話 研修開始
その後の会話にもやはりぎこちなさはあった。しかし元々奴隷商館でもカンナとデイジーの仲は良好だったようで、店に着く頃には比較的スムーズにコミュニケーションを取れるようになっていた。
帰宅後、僕たちは4人でテーブルを囲み食事を取る。
まごころの業務形態を考えると毎回できるわけではないが、お客さんの入り次第ではこうして集まれる時間を作りたいところだ。
ちなみに4人で食事を取ることについても最初カンナたちは渋っていた。
どうやら奴隷には主人と並んで何かをすることを咎めるような教えがあるようだ。
ただこうしてみんな仲良くが僕たちのスタイルであるし、そこを変えるつもりはない。……まぁ、その辺りは少しずつ慣れていってもらうしかないか。
さて、食事中の会話でも話題に上がったのだが、明日からいつも通り営業が始まる。そのため食事後、アナさんは早速デイジーに教育を施すようだ。
購入してすぐに忙しいのは申し訳ないところだが、今日だけは我慢してもらうほかないだろう。
ただデイジーにはアナさんと同じスキル『生活魔法』がある。それもレベル3。
……実はそれがアナさんが購入の際に提示した条件の1つなのだが、まぁこの力があれば彼女が即戦力になるのは間違いないだろう。
それにまごころの業務内容には、料理を除けば高い技術が必要となるものはない。
だから彼女が仕事を覚えさえすれば、明日から多少はアナさんの負担も減るはずである。
……その辺りいったいどうなるか。明日の営業が楽しみだな。
食事中、みんなと会話をしながら僕は内心1人そう思った。
◇
食事を終えると、アナさんは早速デイジーを連れていった。
「張り切ってるなぁアナさん」
「デイジーも気合い十分ですね」
「だね」
「……微笑ましい光景ですね」
「うん、ずっと見ていられるね」
真剣に、されど時折笑顔を見せながら指導を行う2人の姿を、僕とカンナはのほほんとしながら見つめる。
ちなみに彼女に使っていた丁寧語だが、これも距離を感じるということでやめることになった。もちろんデイジー相手にもだ。
やはり呼び捨ての件もそうだが、突然変えるとなると相応の違和感はあった。ただ仲良くなるためだとアナさん含め3人に言われてしまえば断ることなど不可能なため、なんとか頑張っているのが現状である。
……それにしても、カンナからよそよそしさが無くなったのはよかったな。
信頼してもらえたのか、元来彼女にも高いコミュ力があったからなのか、はたまたこれが呼び捨てタメ口の効果なのか。
はっきりとその要因はわからないが……まぁ、なんにせよこれほど嬉しいことはない。
僕は心のうちでうんうんと頷いた後、視線をカンナの方へと向けた。
「さてと。そろそろ僕たちの方も始めていこうか」
「はい、お願いします。ソースケ様!」
「……とはいっても、商館で話したように僕が行うマッサージは作業の流れを覚えてもらうだけでは仕事にならない。流れや知識を覚え、その上で経験を積んでようやく身につくものだからね」
「はい!」
ハキハキとした良い返事をするカンナに好感を覚えながら、僕は再び口を開く。
「とりあえず今僕が考えている修得までの流れを伝えるね」
言葉の後、僕は1つずつ説明していく。
ちなみに僕がカンナに話した内容を簡潔にまとめるとこうだ。
①マッサージを体験してもらいながら、効果等を説明する。
②知識を覚えてもらいつつ、僕のヘルプと施術風景の観察。(常連さん相手かつ許可をもらえた場合のみ)
③僕、アナさん、デイジー辺りが協力しながら特訓。
④実際にお客さん相手に実践。(こちらも許可をくれた常連さん限定)
⑤とりあえず安価な価格で施術開始。
⑥成長と共に徐々に値段を上げていく。
「──という流れを踏みつつ、だいたい半年から1年でカンナを1人前のセラピストにする……というのが今僕が考えてるプランだけど、どうかな?」
「半年から1年……そんなに猶予をいただけるんですね」
「まぁそれだけ技術の修得が感覚的で難しいということでもあるけどね」
「難しい……」
呟きながら、カンナは不安げに眉を顰める。
僕は柔らかく微笑みながら言葉を続けた。
「カンナ、大丈夫だよ。たとえ修得に想定より時間を要したとしても、僕は君を見捨てたりはしない。だから焦らずにゆっくり着実に技術を身につけていけばいい」
「ソースケ様……はい、私頑張ります!」
眼前でふんすと両拳を握る彼女の姿に僕は笑顔でうんと頷いた後、チラと時間を確認する。
……まだ時間あるな。カンナの体調も……うん、悪くなさそうだ。それなら早速カンナの教育に移りたいところだけど──1つだけ気掛かりな点があるんだよな。
僕は内心そう思いながらも、とりあえず確認してみればいいかとカンナへと問いかけた。
「さてと、まだ時間はあるし実際に体験してもらいたいところなんだけど、ここでいくつか確認したいことがあってね」
「確認ですか?」
「うん。だからまず僕が行うマッサージの詳細を簡単に説明するね」
言葉の後、マッサージの流れや効果を簡潔に説明する。もちろんオイルマッサージの場合は、服を脱いで裸になってもらうこと、肌に直接触れることも含めてである。
その説明をカンナは真剣に聞く。そして僕の説明が終わった所で、僕の懸念する所に気がついたのか、なるほどと頷きながら口を開く。
「……それがマッサージの中身なんですね」
「そう。で、それをできればカンナに経験してほしいんだけど──」
そう。ここで1つの問題が発生する。
それは彼女が定めた条件の1つ『性的、暴力的等不要な接触の禁止』にこのマッサージが適用される可能性があるということである。
もちろんマッサージそのものについては、一切性的な接触ではなく、あくまでも施術の一環である。
当然暴力的でもなければ、業務を覚えやすくするために実際に体験するという名目上、不要な接触でもない。
ただ彼女の肌に直接触れることになるのは事実であるし、なによりもつい数時間前に出会ったばかりである。
……はたして彼女がこの接触をどう思うか。
僕は変わらず真剣にこちらを見つめる彼女に、言葉を続ける。
「──もちろん嫌なら拒否してもいいよ。仮に体験しなくても技術は身につけられるし、何よりもマッサージは相手に癒しを与えるものであって、嫌々受けてもらうものではないからね。だからカンナがどう思うか、今の率直な意見を教えて欲しい」
出会ったばかりの相手、それも立場上は主人という立ち位置の僕相手に、ありのままの考えを伝えてほしいというのも中々に酷なお願いなのかもしれない。
ただこればかりは今後教育を進めていく上でどうしても確認が必要な部分であるため、できれば取り繕うことなく素直に教えて欲しい所である。
はたしてそんな僕の思いは届いたのか、カンナは少し思案した後、ゆっくりとその思いを口にしていく。
「……ソースケ様。私がソースケ様に購入されることを選んだ要因はいくつかありますし、中には利己的な考えもございます。……ただ一番の決め手は誠実そうなソースケ様の人柄と、アナ様との信頼関係を目にしたことです。今更私を騙したり、私を害すような行いをするとは考えておりませんよ」
言って柔らかく微笑んだ後、一拍置き彼女は再度口を開く。
「──だから是非施術を体験させてください。そして私にマッサージの素晴らしさを教えてください!」
言葉の後、僕へと深々と頭を下げる。
そんな彼女の力強い思いと共に──こうしてカンナにマッサージを体験してもらうことになった。
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