第37話 方針決定
さてまごころの扱いを宿屋から休憩所へと変えていくという方針になったが、はたしてそれだけで昔のまごころを超えることができるだろうか。
……いや、普通にこれだけじゃ無理だろうな。
確かにPOPPYから流れる利用者は増えるはずである。時間で管理する休憩所など少なくともこの町に存在しないため、マッサージ同様独占状態に持っていけるのも確かだ。
だからきっと噂が広まればある程度まごころのお客さんは増していくだろう。
ただそれだけで繁盛するかと言われるとやはり微妙である。それに休憩所にするならば、アナさん1人でもきちんと管理できるシステムを作る必要がある。ひとまずは人を雇わないことを前提として。
となるとやはりもう1つ、何かしらここに人が集まるような名物がほしい。
──今一度原点に立ち返ろう。
彼女の望みはまごころを昔のような繁盛店にすること、1階のスペースで皆が楽しげに会話している在りし日の光景を取り戻すことである。
つまり1階のスペースにもまた人が集まらなくてはならない。
それは宿泊客や休憩客が増えれば叶うものだろうか? いや、以前は料理という強みがあり、それを目当てにした客が集まり必然的に1階が賑わった。ただ現状それは難しい。
たとえば僕が日本の料理をアナさんに教えて、それを提供することで他との違いを生み出せるのではないか。そういう可能性も考えてみたのだが、全くもって残念なことに僕に日本の料理の知識はほとんど存在しない。
よくある異世界ものでマヨネーズを作り、異世界に革命を生み出すというものがあるが、残念ながら僕はその作り方すらまともに知らないのだ。
もちろん知識が皆無というわけではないのだが、それでまごころに賑わいを取り戻せられるほど人を集められるかというと正直疑問が残るレベルというわけだ。
前世の自分がいかに生活レベルが低かったのかと心の内で落ち込む。だがすぐに立ち直り、頭を悩ませる。
……ならいったいどうすれば?
考えても正直まったく何も案が浮かばないため、アナさんに色々と確認すべく僕は声を上げた。
「1階の席は全く使われてないということでしたが、利用者はゼロではないんですよね?」
「もちろん日にもよりますが、ゼロではありません。朝食や夕食をつけてくれる方もいらっしゃいますから」
「それって先程お話にあったPOPPYの利用客、たとえば一時的に待機場として部屋をとっていた人も同じですかね」
「えーっと、それは……あ、そういえば1階スペースで歓談している方はいらっしゃいました。まごころを待機場として利用する方や、あとは数分の待ち時間を1階で過ごす方同士で」
「歓談……その、具体的な内容はわかりますか?」
「そうですね……時折耳に入ってくる内容の限りでは、それこそPOPPYの施術や体の変化について、あとはなんてことない世間話でしょうか」
「つまり1階が一部POPPY客の憩いの場になっている……?」
そういえばこの世界の女性は友人同士集まって会話する場合、どこに行くのだろうか?
たとえば多くの冒険者や男どもの憩いの場といえば、基本居酒屋とかになるだろう。ならば、それ以外の人は?
そのことをアナさんに問うてみると、うーんと可愛らしく唸りながら声を上げる。
「私の場合はまごころに呼んで集まったりしますが、それ以外の女性となると……基本的には居酒屋以外の飲食店かそれぞれのお家でしょうか」
「ただこの町の飲食店って文字通り食事の場で、何時間も居座って歓談なんてできませんよね」
「はい、基本長くても1時間くらいしか滞在できないと思います」
「それにある程度お金もかかる」
「それは……飲食店なので」
たとえば以前リセアさんを冒険者ギルド向かいの飲食店で待っていた際、たった15分飲み物1杯の注文で会計は2人合わせて14リルだった。
もちろんその飲食店が好立地で多少値段が高いのもあるが、それでも15分の滞在で1人7リル。もしここに食事も付けたとなれば、おそらく約1時間の滞在で1人30リルかそれ以上の料金になっていただろう。
あくまでも勝手なイメージではあるが、前世でも、この世界においても女性はある程度おしゃべり好きである。実際POPPYにくる女性も、大半の人が僕と会話をしながらマッサージを受けていたりする。
ならばもしこんな場所があったらどうか。
──長時間居座っても問題なく、かつ女性が安心して集まれる、そういった女性にとっての憩いの場が。
僕は脳内で考えたそれをより鮮明にしていくように、ゆっくりと順を追いながらアナさんへと伝えていく。
全てを話し終えた所で、アナさんは小さく目を見開き、うんうんと頷いた。
「なるほど……正直盲点でした。たしかにそれなら人が集まるかもしれません。それに1階の席にも時間単位で料金を設定すれば、スペースの有効活用にもなる」
「たとえば一部席を部屋とセットにするのもありかもしれませんね。あとは別料金で飲み物を用意、飲み放題として料金に含む、飲食物持ち込み可にしてこちらの負担を減らすなどなど、飲み物関連だけでもいくらでも考えようはありそうです」
言葉にしていくことで、なんとなくだが形になってきた。アナさんの反応も上々、むしろある程度形になったことで色々な案が浮かんできたのか、僕の眼前で何やら考え込んでいる。
……その姿がどこか楽しげに見えるのは、僕の気のせいだろうかそれとも──
とにもかくにも、こうしてある程度の方針が決まった。
僕たちはそれをより一層確かなものにするため、その後もかなりの時間2人で話し合いを行うのであった。
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