第15話 メニューと値段設定

 ……思いがけず盛り上がってしまったな。


 結局、あの後脱線に脱線を重ねながら、1時間ほど話し込んでしまった。

 最初は店名や花言葉についての話だったのが、最終的には町のゴミ問題に関する話になっていたのだから謎である。


 ……まぁ、正直めちゃくちゃ楽しかったからいいけど。


 前世で家族も友人も、当然恋人もいなかった僕には、こうして談笑できる相手もいなかった。

 ……強いて言えば通っていたエステサロンの店員さんだが、それでも心を開いてプライベートまで話すようなことはなかったため、会話自体が楽しかったかと言われると正直微妙である。


 だからこそ、久しぶりにした談笑、それも行き当たりばったりで脱線しまくりのそれに、いい年こいてつい夢中になってしまったのである。


 ……っと、そんなことはいいか。


 さて、そんな会話を経て現在どういう状況かというと、『エステサロンPOPPY』のメニューと値段を決めている最中である。


 メニューについては、僕の方で事前にある程度考えておいた。……といっても、基本前世のエステサロンのメニューをパクッ──否、参考にしているので、考えたというと少々語弊があるが。


 まぁそういう訳で、メニューに関してはそれでよかったのだが、値段に関してはそうはいかない。


 というのも、僕はいまだこの世界に来たばかりであり、この辺りの物価についてほとんど知識を有していないからである。


「……うーん、難しい所ですね」


 僕の書いたメニュー一覧を見ながら、アナさんはそう声を漏らす。同様の紙に目を向けながら、僕もうんと頷く。


「そうですねぇ。高級路線でいくのか、安価に提供するのか」


「正直マッサージの効果や希少性を考えるのなら、高級路線で行くべきだと思います。ただそれでは、一部の裕福な方にしか広まらず、結果お金持ちの贅沢品のような扱いになってしまうかもしれません」


「とはいってもあまり安価に提供しても、僕1人では対応しきれないし、何よりも客層が不安ですし……あ、あとはオイルが足りなくなってしまう可能性もありますね」


「そうなんですよね。となると、やっぱり現状は庶民がギリギリ手に届くくらいの値段設定がベストでしょうか」


 そう言った後、一拍置いてアナさんはさらに言葉を続ける。


「となると全身のオイルマッサージで100リル? いや、さすがにそれだと庶民には厳しいでしょうか……」


 リルとはこの国の通貨単位であり、1リルでおよそ100円くらいのイメージだ。

 アナさんの会話に出てきた全身のオイルマッサージは60分計算であり、値段が100リル。つまり約1万円である。


 前世を思い返すと、単なるオイルマッサージにしては少々高めの設定といえる。


「なら全身で70リルはどうでしょう?」


「70リル……確かにそれなら庶民にも手が届くと思いますが、あれだけの効果で70リルは少々安すぎる気が……」


 比較として挙げると、ここ宿屋まごころが1泊20リルらしい。宿としてはかなり安い気もするが、立地やサービスを考えると案外妥当な値段のようだ。


 さらに加えると、いわゆる高級宿が1泊100リル以上とのことなので、70リルというのは高級宿の最低ラインにかなり近い値段設定ということになる。


「開店した後、宿屋まごころの部屋代以外はほとんどお金がかからないので70リルでも十二分に利益が出ますし、なによりもこれ以上高いとやっぱり一般に広まらないかなと……」


「そうですね……ソースケさんの言う通り、広めることを考えるとこれくらいが妥当なのでしょうか」


 ……とは言いつつも、やはり70リルというのは庶民には高すぎるのは間違いない。いくら口コミで広がっていったとしても、いきなりその値段を払ってくれるかといえば、大体の人が躊躇することだろう。

 さらに言うと今回想定しているお客さんは女性である。この世界ではたとえば冒険者の4割が女性と、個人で稼ぐ女性も少なくはないのだが、やはり男に比べると職に就いている絶対数は少ない。

 そうなれば、70リルを捻出するのはさらに厳しいといえるだろう。


「もしもアナさんがお客さんの立場なら、70リルを払ってでもきてくれますか?」


「私は間違いなく行きます。おそらく数ヶ月に1回とかになってしまいますが、それでもお金を貯めて必ず……そう思えるほどに、マッサージの虜になってしまったので」


「ありがとうございます。でもマッサージの効果を考えるなら、理想は1ヶ月に1回は来ていただきたい」


「それは……さすがに厳しいですね」


「ですよね。となると……やっぱりメニューを細分化するべきかもしれませんね」


「細分化……ですか」


 現状考えていたメニューは、オイルマッサージの全身と半身、もみほぐしの全身と半身のみであった。

 あまりメニューを増やしすぎても、マッサージを知らないお客さんを悩ませてしまうかと思い、この4種類だけで考えていたのである。しかし──


「アナさんの今のお言葉の通りなら、きっとお客さんも1度来ていただければ、リピーターになってくれる。それならまずはその1度目を体験してもらうために、安価に通えるメニューを増やすべきかなと思ったんです」


「たとえば手だけ……とか、そういった形でしょうか」


「そうそう、そんな感じです」


「なるほど……」


「マッサージなら部位ごとでもそれなりに効果を実感してもらえると思います。まぁ当然、ある程度まとめてやった方が高い効果が得られるのは間違いありませんが……」


 言って苦笑いを浮かべると、アナさんは疑問を抱いたようで口を開く。


「最初にお話していた客層についてはいかがでしょうか。やっぱり安価なメニューがあるとその辺りが少し心配です」


 安価に提供した際の不安材料についてだが、オイルの残量、僕1人で対応できるか、客層のどの場合についてもある程度解決できそうな案が一つある。


 その内容を彼女に伝えると、アナさんは納得といった様子で頷く。


「なるほど紹介制ですか……」


「はい。来てくれたお客さんの情報を管理しておいて、紹介制にするのがいいかなと。お客さん側でも下手な人を紹介して、もしもうちが無くなったら……という考えになってくれれば、よほど悪いことにはならないと思いますし。まぁ、確かに広がりにくくはなりますが、僕が対応できなくては意味がないですし、なによりもやはり安全には変えられないので」


 ──と、そんな感じでアナさんと会話を進めていくこと、およそ30分。ついに『エステサロンPOPPY』のメニューと値段が決定した。


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 ・オイルマッサージ


 マッサージ(手) 10分 10リル

 マッサージ(足) 10分 20リル

 マッサージ(肩) 10分 20リル

 マッサージ(上半身) 30分 40リル

  以降10分10リル加算

 マッサージ(下半身) 30分 40リル

 以降10分10リル加算

 マッサージ(全身)60分 70リル

 以降15分10リル加算


 オイルマッサージ初回半身30分30リル、全身60分60リル



 ・もみほぐし


 マッサージ(上半身) 30分 30リル

  以降10分10リル加算

 マッサージ(下半身) 30分 30リル

 以降10分10リル加算

 マッサージ(全身)60分 50リル

 以降15分10リル加算


 もみほぐし初回半身30分20リル、全身60分40リル


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 まずはオイルマッサージの方だが、こちらは会話の通り細かく設定していった。あとは少しでも半身や全身の体験をしやすいように初回のみ割引を設定。


 対してもみほぐしの方は細分化はせず、初回割引を適用するのみとした。理由はいくつかあるが、1番はお客さんがもみほぐしばかり選んでしまうと、僕の身が持たないからである。


 決してオイルマッサージが楽という訳ではなく、あくまでも相対的に見るとだ。


 と、そんなこんなでこうして店名、メニュー、値段と一通りの準備が完了した。

 あとは開店に際して必要なものを購入していけば、ほとんど開店準備が完了することとなる。


 ……というわけで早速買い物に行こうかと考えたが、時計を見ると、時刻はすでに12時をとうに過ぎていた。


「……だいぶ話し込んでしまいましたね。もうこんな時間」


「すみません、アナさん。お仕事の方は……」


「ふふっ、今日の午後はそこまでやることがないので大丈夫ですよ。……それにしても、今からお昼ご飯を作っていたら遅くなってしまいますね」


 言葉の後、アナさんはハッとした表情で手を合わる。


「ふふっ、どうせならこのまま外食にしましょうか! すごく美味しいお店があるんですよ!」


「美味しいお店……」


 料理上手な彼女が言う美味しいならば信用できる。それに異世界で外食をした経験は、来てすぐに買った串焼きのみ。


 ……うん、だいぶ気になるな。


 そう考えた僕は、彼女の提案に賛成をし──こうして僕たちはアナさん行きつけの料理店へと向かった。


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2024/1/17 間に合えば本日もう1話投稿します。

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