第2話 町と出会い

 周囲から聞こえてくる様々な音にビクビクとしながらも必死に走ること十数分、ついに僕は視線の先に町の姿をとらえた。


「ようやく着いた……よね?」


 眼前に広がるそれを見て、僕が疑問に思ってしまうのも仕方がないといえるだろう。

 なぜならば僕の目に映るのは、いわゆる家や街道といった町を表すようなそれではなく、ドンとたたずむ大きな門と、中世都市を思わせる堅牢な城壁だったからである。


 ──いわゆる城塞都市というものだろうか。


 前世では海外旅行などほとんどしたことがなかったこともあってか、まるで海外や創作上のファンタジー世界を思わせるようなその景色に、走って息を切らしていることすら忘れてしまうほどに僕は深く感動を覚えた。


「異世界……日本のものとは全く異なる町」


 ぼーっと見つめるその先では、町に入ることを望む人々が列を成しており、複数の門番がその対応に当たっている。これから僕もあの列に加わり、門番の許可を貰わなくてはならない。


 その事実を考えると少しだけ緊張したが、町へ入る際の対応については親切な神様の手紙に記載してあったため、よほどのことがない限りは問題なく入場できるだろう。


 と、僕はそんなある意味フラグのような考えを抱きながら、列に加わるため町へと近づいた。


 ◇


 結論から言うと、結局何の問題もなくスムーズに町に入ることができた。あまりにも簡単すぎて拍子抜けするほどに。


 町へ来た理由の簡単な説明、入場料の支払い──お金はいくらかかばんに入っていた──そして過去の犯罪歴等がわかるという水晶に触れる。たったそれだけである。


 水晶に触れる際はどうなるのかわからず少し緊張したが、良くも悪くも普通の人生を送ってきた僕に引っかかるものは何もなかったようだ。

 その事実にホッとしながらも、なんだが無為な人生を送ってきたのだと突きつけられているようで少しだけ悲しかったのは内緒である。


 それにしても──


 辺りを見回し、僕は想定外の光景に少々驚く。


 ……町のつくり的に中世ヨーロッパ程度の文明を想像していたんだけどな。


 町並みはいわゆる中世ヨーロッパにありそうな石造りの建物ばかりである。そこまでは思っていた通りだったのだが、街道の脇に等間隔に並ぶ街灯など、所々から高度な文明の気配を感じるのである。


 これが魔法の力なのかなぁと、そう魔法の凄さと前世との違いを認識したところで、僕の興味は町並みやそこを行く人々へと向いた。


「いやーすごいなぁ」


 語彙力のない感想をこぼしながら、ゆっくりと歩きつつ町を眺める。


 石造りの家々にカラフルな髪色と多種多様な人種。中にはいわゆる獣耳を生やした人もいるのだが、そのあまりの自然さから一目でコスプレではないことがわかり、ここが本当に異世界なのだと強く実感する。


「本当に……来たんだなぁ」


 ポツリと言葉を溢しながら、ふと周囲の話し声に耳を傾ける。ざわざわと騒がしいながらも届く言葉の数々。それは当然日本語ではないのだが、ごく自然に、意味を持って僕の耳へと入ってくる。

 続いて近くの看板等に目を向ければ、今まで歩いている中ですでにわかっていたことではあるが、こちらも何と書いてあるか感覚的に理解できた。


 ……これ『言語理解』がなかったら完全に詰んでたなぁ。


 などと冷や汗をかくようなこともありながらも、そのままキョロキョロと見回しながら歩く。

 途中言葉が通じるかの確認も兼ねて屋台の串焼きを買ったりしたが、それ以外特に何か行動を起こすでもなく、のんびりとした時間を楽しみながら過ごしていると、ここで突然野太く荒々しい声が聞こえてきた。


「おう! あんちゃん!」


 一体なんだろうかとその声に反射的にそちらへ目を向けると、そこには背に大剣を担いだ大柄な男の姿があった。


 いわゆる冒険者というやつだろうか、175cmの僕が見上げる程大きな身長と、全身を包む力強い筋肉、そして何よりも顔に大きな傷のあるその姿は、日本では到底お目にかかれないほど威圧的で近寄りがたい雰囲気を醸し出している──のだが、どういうわけかその男はその見た目に反してやさしい笑みを浮かべている。


 ……ていうか、僕に話しかけてきてる?


 そんなどこからどう見ても悪人である男に突然話しかけられて驚きはしたが、さすがに人通りも多いここで悪さをするようなことはないだろうと考え、ここ何十分間の高揚感の後押しも受けながら僕は言葉を返した。


「えっと、僕でしょうか?」


「そうだよあんちゃん。おめえ見た感じ田舎から出てきたばかりだろ?」


「よくわかりましたね」


「そりゃあんだけきょろきょろと楽しそうに町を眺めるやつなんか田舎者かどこぞの貴族のボンボンぐらいだろうからな!」


 言って強面の男は見た目通りの大きな声で笑う。未だ警戒心は抱きつつも、つられて僕も小さく笑った。


 男は言葉を続ける。


「どうだこの町は」


「とてもいい町ですね。活気があふれていて、目を輝かせた人がたくさんいて」


 辺りを見回しながら、僕はそう本心を口にした。


 町に入る前に読んだ神様の手紙には町への入り方などは詳しく書かれていたが、さすがにこの町がこの世界でどの程度大きな町なのか、どういった役割のある町なのかは書いていなかった。

 それでも一度周囲へと目を向ければ、酒場のような場所で冒険者のパーティーが夢を語っていたり、街道のそばに商品を並べた数多くの屋台から活気のある声が聞こえてきたりするのだ。


 もちろん僕が見ているのはこの町の表層で、少し街道から外れただけで全く違う様相になる可能性はある。それでも今目の前に映る景色は、前世で時折感じていた機械的で冷たいものではなく、活気と夢に満ちており、僕の心を躍らせるような良い町であることは間違いなかった。


 改めて辺りを見回し、熱気に小さく微笑む僕の姿を見ながら、目の前の男は嬉しげに大きく頷いた。


「そうだろうそうだろう! いやー、俺の見立て通り、やっぱりあんちゃんは見る目があるな!」


「ははは、そうですかね……っと!?」


 言いながらアハハと小さく笑っていると、ここで突然男が僕の肩にぶっといその手を回してきた。


「い、いきなりどうしました?」


 突然のことに驚きつつ近くにある男の顔へと視線を向けると、男は変わらず豪快な笑顔のまま声を上げる。


「よし偶然出会ったよしみだ、一杯奢ってやろう」


「え!? い、いや悪いですよ」


「気にすんな!これでも稼いでるんだぜ?」


 言ってガハハと笑う男。しかしその男の纏う革鎧、大剣の質、何よりも近づいたことでわかる男の身汚なさや悪臭を考えると、とてもではないがその言葉を信じることはできない。


 ……もちろんこれがこの世界で稼いでいる冒険者のスタンダードである可能性もゼロではないため、それを言葉にしたりはしないが。


「いや、でも……」


 男の臭気と肩に手を置くその力の強さに少しだけ顔を歪めつつ、行くのを躊躇うような姿を見せていると、男は少し恥ずかしげな笑みを浮かべながら言葉を続けた。


「こんなナリで言うことではねぇんだがよ……俺はこの町が大好きなんだよ。だからあんちゃんにももっと好きになってもらいてぇんだ」


「町を思う気持ちはとても素敵ですが、ちょっと今回は──」


 ここまでの会話を考えれば、見た目に反して実は良い人という可能性もある。とはいえ異世界で初対面の人についていくのはどうかと思い、さすがにそろそろ断ろうかと声を上げ──と、ここで男は辺りを見回した後、先ほどまでの人の良さはどこにいったのかと思うほど露骨にイライラした様子で、僕の肩に手を置いたまま歩き出した。


「ごちゃごちゃ言わずに、おらさっさと行くぞ!」


「いやいやいーです……って力強ッ!」


 ずるずると引き摺られる中で逃げようともがくも、まるで岩のような筋肉で覆われた男の手から逃れることはできない。

 それならば誰かと辺りを見回すも、異世界では日常茶飯事とばかりにこちらに干渉しようとする人はいない。


 ……くそっ! 高揚感に流されて安易に会話をするんじゃなかった!


 もがいても逃れられず、誰1人助けてくれる様子もない現状に、さすがにこれはまずいと冷や汗をかきながら過去の自身の行動を嘆いていると──ここで突然、こちらに走り寄るような音と共に、可憐な女声が聞こえてきた。


「何をしてるんですか!?」


「うるせ……げっ」


 その声に、男はそちらへ視線を向けながら怒鳴り声を上げようとし──その姿を認識した途端、明らかに分が悪そうな表情を浮かべた。


 僕もつられるように声の主へと目を向けると、そこには20代中頃だろうか、ダークブラウンの髪を結い上げた美しい女性の姿があった。


 ……綺麗な人。でも──


 身長は150中盤ほどかそれほど高くはなく、華奢でありながらもどことなく色香を感じるその肢体を包む服装は、この世界ではごくありふれた麻でできたもの。


 その姿はかなりの美人ではあるがごく一般的な女性という印象であり、何らかの権力者や戦闘力に優れた存在には全く見えない。


 つまりなぜ冒険者で力もあるであろうこの男がここまで恐れているのか、僕には全く理解できなかった。


「何をしているんですか?」


 女性がもう一度声を上げる。力強い声音でありながらもその姿には正直威圧感のようなものはない。にもかかわらず、男は僕の肩に置いていた手を緩めた。


「な、なにも変なことはしてねぇよ! た、ただこのあんちゃんに酒を奢ろうと──」


 なにやら弁明するように男が声を上げるが、それでも女性が表情を一切変えずに見つめていたからか、男は僕の肩をポンと軽く叩くと──


「す、すまん兄ちゃん、酒を奢るってのは無しな! じゃ、俺は急いでっから……!」


 と焦りながら言葉を捲し立てた後、逃げるように僕の側から離れていった。

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