第43話 順調な日々と4つの問題
あの賑やかなパーティーから1ヶ月ほどが経過した。
あれ以降まごころ、POPPYはどうかというと──変わらず順調であった。いや、順調過ぎるという方が正しいか。
とにかくまったく人が途切れない。
ある程度は人気になるとは思っていたが、正直ここまでになるとはまったくの予想外。そう思えるほどに、とにかくひっきりなしにお客さんが訪れる状況である。
それ自体は、元々のまごころの状況を考えれば大変喜ばしいことだ。大繁盛しているということは、アナさんの夢を叶え続けているということであるから。あとは下世話な話だが、それだけ多くの稼ぎが発生しているということでもある。
ただその大繁盛の裏で、現在僕たちは4つの問題を抱えていた。
──夜。全てのお客さんの対応を終えて片付けを行う中で、僕はその内の2つ、POPPY側が抱える問題について考える。
まず1つ目の問題。それは、まごころが繁盛したことで、マッサージ中に多くの人の声が聞こえるようになったことである。
別にまごころに来るお客さんが粗暴でうるさいとかそういう訳ではない。むしろアナさんの手腕もあってか、訪れる人数にしては驚くほどにみんなルールを守って利用してくれており、一人一人の声のボリュームはそこまで大きくはない。
ただチリも積もればというやつで、やはり目の前で、あれほど大勢の人が会話をしていれば、否が応でも203号室までその声が届いてしまうのである。
……これもある意味では嬉しい悲鳴だよなぁ。
そう思いながら、対策について頭を悩ませれば、2つの選択肢が浮かんでくる。
……203号室に防音対策を施すか、まごころから独立して、個人の店舗を持つか。
どちらにも利点はあるため悩むところであるが、もう1つの問題について考えれば答えは1択であった。
POPPYが抱える2つ目問題。それはあまりにも順調すぎて、お客さんを待たせすぎてしまうことである。
現在POPPYの予約状況はというと、なんと1ヶ月先まで一杯になってしまっている。この状況もまたそれだけ人気だということであり嬉しいことなのだが、これでは流石に待たせすぎである。となると──
「POPPYに従業員を増やす時が来たかもなぁ」
……もちろんそれはそれでいくつかの問題が発生するのだが、まぁ今はいい。
とにかくPOPPYにも人を増やすとなれば、必然的にまごころに防音を施すのではなく、独立し、個人の店舗を持つ方を選ぶことになる。
……なんて、色々考えたけど。
「まずはその前にまごころの問題の方をどうにかしなきゃってことで……よしっと」
POPPYの問題について振り返ったところで、ちょうど片付けが終わった。僕はいつも通りタオル類をまとめると、部屋を出る。
そのまま1階へと視線を向けると、そこには1人腰掛けるアナさんの姿がある。お客さんの姿は……ないな。
さすがに座席の利用者を24時間対応するのは不可能なため、現在まごころは基本21時で締め切っている。さらに言えばこの日は宿泊利用者がいなかったため、ただ今まごころの敷地内には僕と彼女しかいないという訳だ。
「今日もお疲れ様でした」
タオル類を所定の位置に運び、いつも通り彼女の対面へと腰掛けると、アナさんがそう声を掛けてくれる。僕は微笑みと共に言葉を返す。
「お疲れ様でした。いやーあいかわらず大盛況ですね〜」
「ふふっ、おかげさまで。本当、毎日がすごく充実してます」
言葉と共に、アナさんは変わらない柔らかい笑顔を向けてくれる。しかしその表情にどこか疲れを感じた僕は、探るように彼女へと問うた。
「でも、正直かなりしんどくないですか?」
「それは……」
そう言った後、アナさんは無言になる。言葉は無くとも、そこに浮かぶ苦笑いを見れば、彼女自身もかなり大変だと感じていることがわかる。
そう、これが3つ目の問題。まごころがあまりにも順調すぎて、アナさんの負担が大き過ぎるのである。
あのパーティーの日以降、アナさんの身を案じて、まごころもPOPPYと同様に水曜日を定休日としている。そして休みの日には、毎回必ず彼女にマッサージをするようにもしている。
しかしそれでも疲れが抜けきらないほどに、現状が忙しすぎるのである。
ならば定休日をもう1日増やすのはどうか。
当然そういう話も挙がったのだが、それはアナさん本人が嫌がったため無しになった。
せっかくたくさんお客さんが来てくれているのに、こちらの都合でこれ以上憩いの場を減らしたくない……というのが彼女の言い分だ。
確かにこれに関してはその通りだと思う。いや、むしろ現在の商売の内容を考えれば、理想としては毎日営業したいところである。
ただこのままでは、アナさんが体調を崩すという本末転倒な結果となってしまうのは間違いない。
……となると、やっぱり対処方法はあれしかないか。
「従業員を雇うこと……さすがにそろそろ考えなきゃですね」
「そうですね。ただ──」
言葉の後、彼女が眉根を寄せる。
そう。ここで4つ目の問題が乗っかってくるのだ。
「借金……ですよね」
「はい」
過去に彼女と共にPOPPYを経営していた人が、不当にアナさんへと押しつけた借金。その額100万リル。日本円にしておよそ1億円。その返済が毎月1万リルある。
これまでアナさんは貯金を崩して支払っていたが、それもそろそろ難しくなってくる。
さらに言えば、現状のまごころの利益だけでは月1万リルに届かない。POPPYも合わせれば返済は可能になるが……そんなギリギリの状況では、人を雇うことなど不可能であろう。
……借金。それも毎月1万リル。これがあまりにも痛すぎる。せめて月の返済額が半分以下にでもなればもっとやりようはあるんだけどなぁ。
考えれば考えるほど、アナさんに借金を押しつけた人間に怒りを覚える。だが毎度のことながらその怒り抱いたところで借金が減る訳ではないため、怒りを抑えつつ、僕は口を開く。
「今後のためにも、この借金の扱いをどうするか一度話した方がいいかもしれませんね」
「そうですね。……ソースケさん、一緒に考えていただけますか?」
「もちろん。2人で現状の最善を見つけましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
言って頭を下げるアナさん。
その姿を見て、1人で抱え込まなくなったのはいい傾向だなぁと思いながら、僕は考えを進めるためにいくつか彼女に問うていくことにした。
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2章は新キャラがたくさん出る予定です。
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