第53話 そして契約へ
「カンナさん」
「は、はい」
髪の隙間からいまだ感情の乏しい瞳でこちらへと視線を向ける彼女は、ピクリと身体を反応させた後、呟くように言葉を返してくれる。
僕はなるべく怖がらせないように優しい声音のまま口を開いた。
「僕は今、エステサロン『POPPY』というお店を1人で切り盛りしています。ありがたいことにいつもお客さんでいっぱいで、さすがに僕1人では対応しきれなくなったので、今日は従業員を求めてここにやってきました」
「従業員……」
「たださすがに何も伝えずに働いてくれというのもおかしな話なので、今から簡単な仕事内容と労働条件についてお伝えしますね」
「……へっ?」
「もしわからないことがあったらどんどん質問してください」
「は、はい」
彼女がうんと頷いたため、僕は順に説明していく。
とはいえこれといって特別な内容があるわけでもないし、労働条件と仰々しい言い方をしているものの、そこまで事細かに設定しているわけではない。
そのため伝えた内容としては業務内容、休日、賃金辺りの基本的なものばかりである。
「……といった感じですが──」
一通り説明を終えたところで眼前の2人へと改めて視線を向けると、カンナさん、そしてヴィオラさんまでもが目を丸くしていた。
……あれ、なんかおかしなこと言っちゃった?
そう思いながら横にいるアナさんの方を向けば、彼女は僕を微笑ましく眺めている。
その表情に余計疑問を覚えながら、視線をカンナさん、ヴィオラさんの方へと戻し、僕は声を上げる。
「……もしかして激務すぎましたか? あっ、それとも書類にまとめるべきでしたかね。では──」
僕が言い終わるよりも先に、ハッとした表情を浮かべた後、ヴィオラさんが声を上げる。
「い、いえ、そういうわけではなくて。少し驚いてしまっただけよ」
「驚く?」
「ほら、購入前にここまで詳細に情報を伝える人なんて今までいなかったから」
「えっ、そうなんですか」
双方の同意の上で購入、つまり奴隷の子側が納得しないといけない以上、このお店では誰しもがある程度詳細な情報を伝えているものかと思っていたのだが、どうやらそういうわけではないようだ。
小さく驚く僕に、ヴィオラさんは頷いた後言う。
「ええ。……それに条件が良すぎたのもあるわね」
ここで付け加えるように、アナさんが口を開く。
「ソースケさんが提示した業務内容とお給料って普通に仕事を探しても中々見つからないレベルの好条件なんですよ」
……確かにこの町の一般的な賃金よりは多少高く設定したが、精々一般人の中位程度の水準のはずだ。
「そんなに……?」
「特に奴隷の子相手ではまずあり得ない条件ね。確かに奴隷の生活を保障することは購入者の義務だけれど、大抵はそれだけ。奴隷に自由に使えるお金を、それもそこまでの金額を与える人なんて中々いないわ」
「中々いないということは、ゼロではないんですよね」
「……そうね。ただ自由に使えるお金を払われる奴隷には大抵何かしら秀でたものが、購入者に気に入られる何かがあるわ。容姿が良いのに性的な行為を禁じていないだとか、特別なスキルを有しているだとかね」
一拍置き、ヴィオラさんは言葉を続ける。
「だから条件が厳しくて容姿もわからない、現状ステータスだって開示していない子相手にそこまでの賃金を、自由を提示したのはあなたが初めてじゃないかしら。少なくとも私の商館では間違いなく異例の出来事ね」
アナさんへと視線を向ければ、彼女もうんと頷いた。
アナさんとの会話の中で奴隷についてある程度の情報を得てはいたが……まさか一般常識とそこまで大きく乖離していたとは。
リサーチ不足だなぁとは思う。ただ、その辺りの常識を知っていたとしても、僕は今と変わらない労働条件を提示していたはずだ。相手が誰であれ、そこは間違いないとはっきりと断言できる。
「それで……過去に類を見ない条件だと知って、どうするかしら。今なら訂正も可能よ?」
だから僕はヴィオラさんのその言葉に間髪入れずに答えた。
「訂正はしませんよ。今お伝えした条件で、僕はカンナさんを迎え入れたい」
「……そう。だそうよカンナ」
ヴィオラさんは彼女の横で口を噤むカンナさんへとそう声を掛ける。
カンナさんはその長い髪の奥で再び視線をキョロキョロとさせた後、僕の方へと視線を向けてくる。
……感情の乏しい瞳。
こちらを覗き見るその目には、やはりどこか灰色の世界を映しているように見える。
……アナさんみたいにスキルはないけど、なんとなくわかる。彼女の瞳に宿る感情は、きっと諦念だ。
その理由がなんなのかはわからない。
現状僕は彼女の提示した条件を受け入れ、ヴィオラさんやアナさんの言葉通りであれば少なくない賃金と自由を保障している。
その影響か、初対面の時よりかは瞳に光が宿ったようにも思うが、いまだ彼女には迷いがあるのか、頷く様子はない。
たとえば僕のことが生理的に受け付けないから、それだけの好条件だろうと買われたくないということであれば、諦める他ないだろう。
誰しも人の好みはあるだろうし、いくら切羽詰まった状況であろうと、この商館ではそれを理由に断ることが許されているのだから。
ただもしも彼女が悩む理由がそれ以外にあるのならば、できればそれを知りたいところである。
と、ここでこちらへと視線を向けたまま、カンナさんが口を開いた。
「……非才でわがままな私に、素晴らしい条件を提示していただき、ありがとうございます」
……あまりにも自分を卑下した言い方。
「それにソースケ様もとてもお優しくて、正直すぐにでも頷きたいほど、私には魅力的すぎる条件です。ただ──」
言葉の後、彼女は軽く俯く。
「なにか迷いがあるんですよね」
その言葉にカンナさんはうんと頷く。そんな僕たちのやり取りを、ヴィオラさんは静観している。
つまりは今行われているこの会話に、カンナさんの内情へと踏み込むことに、彼女が咎めるところはないということであろう。
それならばと僕は変わらぬ柔らかい声のまま言葉を続ける。
「もしよろしければその迷いを教えてほしいです。可能な限り、僕はそれを取り払う努力をしますから」
カンナさんは再びこちらをチラと見た後、呟くように声を上げる。
「私には……これといった才能がありません。ステータスは低くて……スキルだってなにも持っていない。そんな私に従業員が務まるか、提示いただいた好条件に見合った働きができるかがたまらなく不安です」
「なるほど」
とりあえず僕という存在が受け付けないという内容でなくてホッとする。
……ただそうか不安か。
どうすればその不安を取り除けるだろうか。
そう考えながら、僕は少しずつ言葉にしていく。
「カンナさん、僕の要望はヴィオラさんから聞きましたか?」
「はい。仕事に真摯に取り組めて、マッサージの感覚を掴めるような物覚えの良い子と」
「そうです。それが僕の求める要望。その要望を伝えた上でヴィオラさんはカンナさんを紹介してくれた。つまりあなたには相応の能力があるということだと思うんです。……ですよねヴィオラさん?」
「もちろん。あなたの要望を満たせる子の1人として、カンナを連れてきた。それは間違いないわ」
「カンナさんはそこに不安はありますか?」
「もちろん仕事に真摯に取り組みますし、物覚えが良いと周りから言われたこともあります。ただ、マッサージという未知の技術を身につけられるかどうかが……」
「きちんと仕事をしてくれて、物覚えが良い。なら僕が求める素養としては十分ですよ。それに僕は最初から完璧に仕事をこなせることを求めて、あの賃金や労働条件を設定したわけではありません」
「……そうなんですか?」
「あはは、そこまで鬼畜ではありませんよ。正直マッサージの技術を高いレベルで身につけようと思ったら、それなりに時間がかかります。だからハナから即戦力を求めてはいません」
僕はスキルでその過程を飛ばしている。はっきりいってチートだ。しかし本来はお客さんとの会話や触れた感覚から不調の原因を探り、それを改善する技術が必要である。
それは僕のようなチート持ち以外、一朝一夕で身につくものではない。
もちろん料金やメニューを見直したりしながら、なるべく早くお客さんと相対できるような状態にもっていくつもりではあるし、そのために彼女には頑張ってもらう必要がある。
ただそれはあくまでの労働条件の範囲内でのこと。僕は最初からそれ以上を求めてはいないし、それを求めるのは僕の理想とする働き方ではない。
はたしてそんな僕の内心が伝わったのだろうか、カンナさんは先程よりも少し不安げなされどどこか期待のこもった声音で僕へと問うた。
「ならあれほどの好条件を私相手に提示した理由はなんですか……?」
……もちろん理由は色々ある。でもやはり1番はこれだろう。
「POPPYが職場でよかったと心の底から思ってほしいからですよ」
一拍置いて僕は言葉を続ける。
「僕は昔、働くって生活費を稼ぐため、生きるために必要なことで、だから辛くて苦しくても仕方がないと思っていました。でもこの町に来て、アナさんやたくさんの人と出会って、POPPYを始めて、知ったんです。働くって、内容によってはそれが生きがいにもなるんだなって」
「生きがいに……」
カンナさんが呟くように声を上げる。僕はうんと頷いた後、再度口を開く。
「……POPPYで働いてもらう以上、僕と同じような思いを抱いてほしい。従業員のみんなが生き生きとしていて、笑顔の溢れる職場でありたい。みんなの夢を叶える、その一助となる場所でありたい。……その思いはどんな立場の子が相手でも変わりません」
「夢を……」
言葉の後、一拍置いてカンナさんはグッと唇を結んだ後、意を決した様子で口を開いた。
「ソースケ様。私には……夢がございます。奴隷になったことで、諦めてしまった夢が。……あなたと一緒にいれば、その夢は叶いますか?」
彼女の夢がなんなのかはわからない。でもこれだけははっきりといえる。
「絶対に叶う……なんてさすがに言えません。ただうちで迎える以上、その夢が叶うよう手助けはしますよ。もちろん僕のできる範囲にはなりますけどね」
言って微笑む僕を、カンナさんは心なしか光の増した瞳でじっと見つめてくる。
しかしそれも数秒のこと。彼女はすぐに居住まいを正すと、綺麗に頭を下げた。
「ソースケ様。改めて何もない私に素晴らしい条件をご提示いただきありがとうございます。正直いまだに私で大丈夫なのかという不安はありますが……精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします」
「双方同意……ということでよろしいかしら?」
その声に、僕とカンナさんは頷く。
「そう。では早速契約の方に移りましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
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遅くなりました。正直いまだ納得のいく内容にはなってませんが、さすがにこれ以上お待たせ訳にはいかないので、投稿いたしました。よろしくお願いします。
異世界エステ〜チートスキル『エステ』で美少女たちをマッサージしていたら、いつの間にか裏社会をも支配する異世界の帝王になっていた件〜 福寿草真 @fukujyu7575
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