第12話 マッサージの価値と契約

「──と、スキル内容に関してはこのような感じですね。で、そんなスキルを手に入れたこともあって、更にマッサージを広めたいという思いが強くなり、この町にやってきた……と、まぁそんな感じになります」


 久々に長々と喋ったため、説明が終わったところで僕はフーッと息を吐いた。


 ……ちなみにだが、説明としてステータスを見せる際、『言語理解』の方は見えないようにしてある。

 こちらに関してはさすがに『エステ』以上に説明が難しいスキルだからだ。


 僕の説明を聞き、アナさんは神妙な面持ちで頷く。


「……なるほど」


 そして一拍置いて、再度口を開いた。


「ソースケさん……」


「は、はい」


「まずはお話いただきありがとうございます。そしてその上で一言だけ言わせてください」


 そう言うアナさんの物々しい雰囲気に、僕は思わずゴクリと喉を鳴らす。

 そんな僕を他所に、アナさんはスーッと息を吸うと──


「ぜっっっったいに人気になりますよ!」


 と興奮した様子でこちらへと顔を近づけてきた。


「あはは、ありがとうございます」


 そのあまりの圧に、僕は思わず軽くのけ反りながらそう言う。

 対してアナさんはハッとした様子で席に着くと、興奮を誤魔化すように咳払いをした。


「……すみません、取り乱しました。ただ私の実体験と、スキルの効果を考えれば、この町に、いやこの国中に広がること間違いないと思います!」


「そこまで……」


「それだけ破格の技術とスキルだということですよ。……と、そういえばまずはこの町に広げたいということですが、ということはどこかにお店を用意する感じでしょうか?」


「そうですね、そのつもりです。……ただ現状は元手もコネもない状態なので、とりあえずは職に就いて、宿代や開店にかかるを資金を貯めたいな──」


「それはもったいない!」


「──と言いましても、特に開店資金が全く足りていないので、そこを用意しないことには……」


 そう言う僕の言葉を受け、アナさんはうーんと悩んだ後、ふと何かを思いついたかのように、遠慮がちに口を開いた。


「あの、もしもソースケさんがお嫌でなければですが……うちに宿泊されますか? お代は結構ですので」


「いや、宿は元々ここで借りようかなと考えていましたが……その、タダって……」


 ……タダより怖いものはないというがまさにその通り。その提案に僕は少し不安を覚えてしまう。


 そんな僕の心の内に気がついてか、アナさんは慌てた様子で口を開く。


「あ、そんな怪しい提案ではありませんよ! ……そうですね、言い方が少し悪かったかもしれません。私からの提案は、うちでマッサージ店を開店しませんか? というものになります」


「ここで……マッサージ店を?」


「はい。こちらからはソースケさん用とお店用で2部屋お貸しします。そこで一時的にお店を開いて、その売上の一部を宿代として私がいただく……という形であれば、今すぐにでも開店できると思うんです」


「でも……特に最初は、宿代すら稼げない可能性もあります。それに今から道具を揃えれば完全に貯金がなくなってしまう。それで2部屋を借りてしまっては、もしかしたらアナさんに迷惑が──」


「もちろん私にもメリットがありますよ」


 ……なんだがこの前の僕みたいな言い回しだ。


「メリットですか」


「持て余していた部屋を使える。定期的に収入が入る。宿の名物が手に入る。……正直こちらのメリットが多すぎるくらいですよ」


「なるほど……」


 ……正直、魅力的すぎる提案である。


 信頼のおける人の元で宿を借りれるのもそうだが、何よりも今すぐにお店を始められるというのがでかい。


 そう考えを巡らせていると、ここでさらに追い討ちをかけるようにアナさんが口を開く。


「最初のお客さんに関しても、私のお友達を紹介できますので心配いりません。……少し癖の強い人もいますが、皆さんとてもいい人ですし……下世話ですが、何よりもお店に通えるだけの資金力があります」


 一拍置き、更に言葉を続ける。


「……ソースケさんのマッサージには、一度来たら抜け出せなくなるほどの中毒性があるので、きっと皆さん常連さんになってくれると思います。そこでお金を貯めつつ、更に私のお友達から口コミで広めていくというのが、その、コネのないソースケさんにとっても1番の近道となるのではないでしょうか?」


「……本当によろしいのですか?」


「はい、むしろこちらからお願いしたいくらいです」


 だがあまりにもこちらにメリットが多すぎる。そう悩んでいると、アナさんは少し恥ずかしげに表情を赤らめながら言葉を続ける。


「それでも遠慮があるようでしたら……その、たまにでいいので、また私にマッサージをしてください」


 そのあまりにもいじらしい姿に、何よりもあまりにも魅力的すぎる提案に、僕は悩んでいるのが馬鹿らしくなり、微笑みと共に右手を前に差し出した。


「ふふっ、わかりました。それでは是非よろしくお願いします」


「はい、お願いします。」


 言って、差し出した僕の手をアナさんが取り、ここに一つの契約が結ばれた。


「……とはいっても、流石に口頭だけではソースケさんは不安でしょう? なのでこれから商人ギルドへ行って、正式に契約いたしましょうか。もちろん契約書を作成して、お互いが納得いった上でです」


 ……会って間もないのに僕の性格をよくわかってらっしゃる。


「そうですね、そうしましょう」


「……その、今日もいつも通りお客さんはいないので、朝食を食べ終わり次第、早速向かいましょうか?」


「あ、はい。アナさんが問題なければ」


 ということで談笑を交えつつ残りの朝食をいただいた後、僕たちは宿の外へと出た。


 外へ出てすぐ、アナさんは宿屋の扉に掛けられた看板をOPENからCLOSEへと変える。


 その姿を見て、思い切りがいいなと思いつつ、彼女と共に商人ギルドへと向かう。


 そこで受付し、ギルドの人も交えて会話をし、作成された契約書に目を通す。


 しっかりと確認し、双方問題ないということで、なんとも簡単なことに契約が成立。


 こうして僕は思いがけず宿と店を手に入れることができた。


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2024/1/15 本日2話目です。ご注意ください!

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