皇帝親征

 ルクスの要請を受けた元老院は、第十七艦隊司令官アンドレス・ノワール上級大将を“国家の敵”と定める事を決議した。

 そして当のルクスも皇帝を僭称しようとしたノワールを討伐するために皇帝自ら出征する皇帝親征の実行を発表するのだった。


 ルクスの直轄である第十三艦隊とパリアの指揮する第一独立機動艦隊、さらに二個艦隊と四個小艦隊が動員される事となり、今銀河を二つに割る二大勢力による決戦の時が迫ろうとしていた。


 帝都インペリウムを出発した時、ルクスの下には戦艦八十七隻、巡洋艦一一〇隻、駆逐艦三十隻、フリゲート艦六十五隻の大艦隊が指揮下に置かれていた。

 しかし、シャーム星域へ向かう道中で、アバガル子爵の説得によりルクスへの恭順の道を選んだ旧ユリアヌス軍閥の諸侯が続々と馳せ参じ、その戦力はさらに膨れ上がっていく。


 第十三艦隊旗艦であり、今では皇帝御座艦という肩書きまで得たヴァリアントには、今回の遠征に参加する諸提督が集結して、皇帝の下で会議を開いた。


「ノワール提督は配下に強力な戦力を抱えていた。その力を背景に軍閥を起こしたわけだが、周辺諸侯の懐柔に失敗した事で勢力拡大が思うように進まず、今日こんにちに至る。その周辺勢力も今では続々と、我等が皇帝陛下に恭順の意向を示しています。やはり大艦隊による皇帝親征は彼等に強いインパクトを与えたようです」


 第十三艦隊参謀長ロデリック・フォックス中将がノワール軍閥の現状について説明をする。

 彼等が集まっている会議室のメインスクリーンには、シャーム星域の星図と武装勢力の分布図が表示されていた。


「ふん。ユリアヌスも最初からこうしていれば、シャーム星域を一気に掌握できたものを」


 嘲笑うような声で言うのは第一独立機動艦隊司令官パリア・マルキアナ中将。

 綺麗な銀髪に可憐な美貌を持つ彼女だが、その精神は猛々しい武人そのものであり、帝都インペリウムに留まって他軍閥の征討に自ら動こうとしなかったユリアヌスへの評価は低かった。


 パリアの言葉を聞いたルクスは、小さく笑みを浮かべると、自身の横に控えているフルウィを呼ぶ。

 そして彼を傍近くまで進ませ、周囲には聞こえない声で話し始めた。


「彼女はああ言っているが、なぜユリアヌスは私のように皇帝親征を行なわなかったか分かるか?」


「……今の僕達と違って、ユリアヌス軍閥はもっと多くの戦線を抱えていました。下手に帝都を離れては、元老院が他の軍閥になびいてしまうのを心配したのではないでしょうか?」


 やや不安気ではあるが、フルウィが自身の見解を述べる。


「私も同意見だ。流石だな」


 主人に褒められた途端、フルウィは小さな子犬が餌をもらって尻尾を振るかのように、嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「では、それを私が彼等に告げない理由は?」


「え? ……す、すみません。僕には、そのルクス様の深いお考えまでは……」


「……そうか。いや構わんさ。大した理由ではない。ユリアヌスにはできなかった事を私が成せば、それはユリアヌスよりも私の方がより優れた皇帝なのだと万民に印象づける事ができる。というだけの話だ」


「それは、以前にルクス様が話された権威の事にも通ずるのでしょうか?」


「そうとも言えるな。ユリアヌスの株を下げれば下げるほど、彼から玉座を奪った私の権威は高まるというものだ」


「なるほど。流石はルクス様です」


 二人がそんな話を小声で展開していると、パリアがルクスの名を呼ぶ。


「皇帝陛下、我等はまずカルキッシュ星系へ艦隊を進めるべきと考えますが、陛下は如何お考えですか?」


「ん? ああ。そうだな。カルキッシュは周辺星系へのアクセスが良い交通の要所だ。まずここを抑えて橋頭堡とするのが最善だろう」


 ルクスがそう言うと、第二十五艦隊司令官ジェームズ・キャンベル上級大将が発言の許可を求めた。


「恐れながら皇帝陛下、現在、ノワール軍閥は周辺勢力との小競り合いを続けております。ここは艦隊をそれ等の諸勢力の援軍に振り分けて、彼等を後押ししては如何でしょうか?」


 キャンベル上級大将は、元々ユリアヌス軍閥に属していた提督で、当時はシャーム星域方面の警戒を任されていた。

 そのためノワール軍閥の状況に最も精通している提督でもあり、今回の遠征軍に参加する事となったわけだ。

 彼は当時から、裏からノワール軍閥と対峙している諸勢力を物資面で支援する事で、ノワール軍閥を牽制してシャーム星域方面戦線を安定化させる事にも成功していた。

 しかしその一方で、中々全面攻勢に踏み切れないユリアヌスに不満を抱えてもいたのだ。


「貴官のこれまでの活躍は承知している。貴官が支援体制を整えたおかげで強化されたこの周辺勢力を、我々が後押しすればノワール軍閥の戦線を突き崩す事も可能かもしれない。しかしいくら大艦隊とはいえ、我々も無尽蔵に戦力を有しているわけではない。下手な兵力分散は、ノワール軍閥の戦線を充分に圧迫する決定打を欠く要因になりかねない」


「つまり一点突破を図る、という事でしょうか?」


「その通りだ。敵の戦力が周辺勢力との小競り合いで分散しているというのであれば、こちらとしても都合が良い。その分散している敵戦力を無視して一気に敵の本拠を叩く。これが私の基本構想だ」


「承知致しました。陛下のお考えに異論はありません。ただ一つだけお願いしたい事があるのですが……」


「言ってみよ」


「先鋒は私の艦隊にお任せ頂けないでしょうか?」


 キャンベルの発言で、会議室全体に衝撃が走る。

 先鋒は部隊の最前衛に位置し、敵の猛攻をその身で受ける危険な配置である。しかしそれだけに最も活躍の場が約束されている配置でもあり、提督達にとって先鋒とは武勲を立てるのに最も適した所だった。

 当然、誰もがその役目を欲しており、会議の場で堂々とそれを要求するキャンベルの豪胆さには誰もが驚いた。


「ユリアヌス軍閥の下からずっと私は、この戦線を任されてきました。その任が全うされる時が来たというのであれば、是非とも私の手で果たしたいのです」


「……まあ良いだろう」


 僅かに悩む仕草を見せた後、ルクスはキャンベルの願いを聞き入れた。


「ありがとうございます! 必ずや皇帝陛下のお役に立ってみせます!」

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