皇帝大本営

 アルビオンの野望によって始まった一連の政変は、皇帝ルクスの手によってあっさりと鎮圧された。

 ルクス子飼いの第十三艦隊及び第一独立機動艦隊によって参謀本部所属の将兵や帝都の有力者、元老院議員などが逮捕・拘禁されて、帝都の大掃除とも言えるような苛烈な措置が取られた。


 そんな中、ルクスはある重大な発表を行なう。


「クテシフォン同盟の脅威から帝国を守るためには、インペリウムからでは距離があり過ぎる。また先日の事件による混乱も沈静化しきっていない現状で、この国難を乗り切るのは非常に難しい。よって私は惑星アウグスタに皇帝大本営を設ける事を決定した。参謀本部の機能も全て大本営に移行し、総長の地位は私が兼任する」


 皇帝大本営とは、帝国軍が戦時下などに設置する緊急時の最高統帥機関である。

 参謀本部を初めとする軍部の高級機関の全てを皇帝の下で一元化する事で、帝国軍の意思統一を促し、戦争遂行能力を向上させる事を目的としている。


 この発表は、周囲に少なからず波紋を呼んだ。

 大本営制度は以前から存在するが、効率化を優先するその性格上から軍務の範囲を越えて、政治等の領分にも足を踏み入れてしまい、元老院との対立を生んでしまった事も度々ある。

 そのため元老院との不和を嫌う歴代の皇帝達は、戦争が終結するとさっさと大本営を解体するのが常となっていた。

 しかし、度重なる政変の末に力を失った元老院に何の遠慮もする必要が無い皇帝ルクスは、惑星アウグスタに大本営を置いてそのまま首都機能をアウグスタに遷都せんとするのではないか、と。


「アルビオンが帝都中に陰謀の手を伸ばしておいたおかげで、帝都の有力者の多くに堂々と捜査の手を伸ばす事ができました。これで彼等も下手には動けないでしょう」


 そうルクスに報告するのは、かつてハーキュリー大佐の軍法会議の際に検事を務めたルイス・トルーマン少将である。

 軍に身を置きながらも元老院や帝都の有力者との繋がりが深い彼は、元老院等を追い込むための楔としてルクスに重宝されていた。


「実に素晴らしい。反乱分子の鎮圧も君の指揮のおかげで迅速に進んだと報告を受けている。正直に言って期待以上の成果だ」


「お褒め頂き恐れ入ります」


「そこでだ。今回の功績を評価し、君を中将へと昇進させる」


「光栄であります!」


「それだけではない。君には新たに新設される帝都防衛司令部の長官職に就任してもらいたい」


「帝都防衛司令部の、長官、ですか?」


「かつての近衛艦隊から余計なしがらみや特権を削ぎ落とした部隊と考えてくれれば良い。前車の轍を踏まないためにも麾下の戦力は必要最低限な上に政治面への権限は皆無だ。帝都防衛司令官の主な役目は、文字通り帝都を外敵から守り、帝都の治安を維持する事。そして帝都に監視の目を光らせて不穏な動きがあれば、すぐに大本営に知らせる事だ」


「つまり私は帝都における陛下の目と耳ということですか?」


「そうなるな。引き受けてもらえるかな?」


「勿論であります! このトルーマン、必ずや皇帝陛下のご期待に応えてみせます!」

 


 ◆◇◆◇◆



 トルーマンが退出した後、ルクスはしばらく書類の山と格闘する。

 そして仕事に一区切りが着く頃に、フルウィがティーセットを手にして現れた。


「ルクス様、少し休憩をされては如何ですか?」


「ん? あぁそうだな。そうするとしよう。ちょうど一段落付いたところだ。良いタイミングで来たな」


「それは良かったです!」


 嬉しそうにニコッと笑うフルウィだが、ここで彼が現れたのはまったくの偶然というわけではない。

 フルウィは事前に、ルクスの下に書類の山を運ぶ際に軽くではあるが書類の物量と中身を確認し、ルクスがどのくらいの時間でどのくらいの量を裁けるかを予想し、そこからのこのタイミングを狙って現れたのだ。


 ルクスがフルウィの用意した紅茶を一口呑むと、フルウィは口を開く。


「宮殿内では、皆がルクス様がアウグスタに遷都せんとするおつもりなのかを噂してますよ」


 ルクスの奴隷として皇帝の宮殿インペリアル・パレスの中を駆けずり回っているフルウィは、ルクス以上に宮殿内での噂話などに精通するようになっていた。

 そこから入った情報をルクスに伝える事もフルウィの隠れた仕事の一つだった。


 フルウィの話を聞いたルクスは「そうだろうな」と言いながら小さく笑う。


「それでフルウィはどう思っているのだ?」


「……ルクス様は遷都をお考えだと思います」


「なぜそう思う?」


「惑星アウグスタは交通の便が良いのは勿論ですが、元々が軍事拠点として整備された星です。星の大部分を軍部が押さえているのであれば、新帝都に向けての都市開発もスムーズに進められますし、インペリウムのように元老院や貴族が特別大きな根を張っているという事もありません」


 フルウィの話を楽しそうに聞くルクスは「他には?」と重ねて問う。


「先日ルクス様は多くの技術官僚テクノクラートを登用されました。しかもその大半が建築部門です。これはルクス様が何か大きな開発事業を行なうための下準備であったのではないかと思います」


「ふふふ。正解だ。流石だな。よく周りを見ている」


 ルクスに褒められたフルウィは満面の笑みを浮かべて「光栄です」と答えた。


「確かにお前の言う通りだ。しがらみが多いインペリウムは、この巨大な帝国の中心としては効率が悪すぎる。一度全てを清算する必要がある。それにこの戦乱の中で荒廃した銀河を立て直すためにも新帝都開発は良い起爆剤となる。私が登用した技術官僚テクノクラート達は、新帝都の開発が一段落付けば、銀河中に飛び回って新時代に相応しい都市を築き上げる事だろう。新帝都開発で培った技術を手にな。そうして新たにできた都市群を結ぶ星間航行ネットワークを整備すれば、この銀河は一つの強固な経済網によって結びつけられる事だろう」


「そこまでお考えでしたか、流石はルクス様です!」


 自分の考えよりも更にその先を見据えているルクスに、フルウィは素直に憧れと尊敬の眼差しを向けた。


「本当はもう少し緩やかに進めるつもりだったのだが、アルビオンのおかげでクテシフォン同盟との戦争が思いのほか長引いてしまった。これを逆に利用して、今回の大本営設立に踏み切り、計画を前倒ししたわけだ」


 とはいえ、これほどの大事業ともなれば反発の声は決して少なくは無いだろう。

 そしてその反発により、開発が遅れるような事になれば、戦後復興が大幅に遅れる事を意味しており、やがて皇帝ルクスへの反発に繋がる恐れもある。

 しかし、諸侯や軍閥の貪欲さや野心によってバラバラに引き裂かれた帝国を立て直すためには、従来のシステムをそのまま継承するだけでは不可能だとルクスは理解していた。

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