新天地アウグスタ

 惑星アウグスタは、帝都インペリウムからそれほど離れた星というわけではない。

 しかし、帝国軍が軍事拠点として開拓した星という事もあり、星の大部分が軍部の管轄下にあった。

 一応、民間人の住む区画も存在するが、それはアウグスタ勤務の軍人達を相手に商売を行なう商人達が築いた商店街を起源とする街で、規模としてはそれほど大きなものではない。


 皇帝大本営は、アウグスタ駐屯基地の中に設置されて、参謀本部などから多くの人員と資材が運び込まれた。

 アウグスタの上空にはインペリウムから移転してきた軍人達を乗せた宇宙船が何隻も飛び交っており、非常に慌ただしい光景が何日も続く。


 そんな中、ルクスは皇帝大本営に提督達を召集してクテシフォン同盟との戦いについての会議を開く。

 そこでは多くの提督達がクテシフォン同盟への大遠征を主張した。

 その多くは、アルビオンが反乱を起こした際に真っ先に恭順の姿勢を示した者達で、ルクスから罪に問われる事は無かったものの、ここで何らかの成果を挙げなければ未来は無いと焦りを感じていたのだ。


「諸君等の意見はよく分かった。私としてもこのままクテシフォン同盟を野放しにするつもりは無い。だが、アルビオンが軍内部に残した爪痕は決して小さくは無いのも事実。まずはこの大本営を中心とした軍の再編を急ぐべきだろう」


 ルクスがそう口にすると、白髪の老将ジャン・ローランドが挙手をして発言を求める。


「クテシフォン同盟討伐に時間を掛ければ掛けるほど、ブリトル星域などの火種が燻ってるところに与える影響は計り知れないものとなります。軍の再編は勿論重要ですが、同時並行してクテシフォン同盟への積極的な対応も必要となるかと」


「貴官の言う事は尤もだ。無論、クテシフォン同盟に何の備えもしないわけではない。第九艦隊司令官ジャン・ローランド上級大将、貴官を帝国元帥に昇進とする」


「はい?」


 あまりに突然の命令に、歴戦の名将も思わずポカンッとした表情を浮かべる。

 帝国元帥の地位は、これまで皇帝のみが就く事ができるというのが慣例であったが、ルクスは皇帝即位時には帝国元帥になる事は無かった。

 尤も皇帝が元帥となる事が規定されていたわけでもなく、銀河帝国の長い歴史の中では元帥が空位の時期もあり、とくに問題に思われる事もなかったが。


「それに伴って貴官を帝国軍の主力艦隊を統括する帝国艦隊最高司令官に任じる。そしてその最初の任務としてクテシフォン同盟の討伐を命じる」


 ルクスは自らは大本営を中心とした軍制の整備のためにアウグスタに残留し、ローランドを実戦部隊の最高指揮官に任じて派兵する事でローランドの言う同時並行を実現しようとした。


「これはあくまでも私が親征を行なうまでの繋ぎに過ぎない。無理をして勝つ必要は無い。とはいえ、ローランドが勝てると判断したのなら、私の到着を待つ必要も無いがな」


「承知致しました。陛下の御意に添えるよう全力を尽くします」


「期待している」


 ルクスはそう言うと一旦、諸提督を見渡した。


「それと私の直接指揮下にある第十三艦隊及び第一独立機動艦隊、それと他に三個小艦隊を解体・再編して、私の直属となる皇帝親衛艦隊を創設する」


 皇帝親衛艦隊は、皇帝ルクス直属とであると同時に大本営直属という立場にもなる。

 そのため有事の際の柔軟かつ迅速に展開できる即応部隊という性格も持つ。


「この皇帝親衛艦隊の司令官職には、ロデリック・フォックス中将に就いてもらう。それに伴って貴官も大将へ昇進とする」


「は、はい! 光栄であります、陛下!」


 フォックスは第十三艦隊の参謀長として長きに渡って、ルクスと共に様々な戦場を渡り歩いてきた人物である。

 ルクスとしてはこの司令官職の適任者はフォックス以外にはありえなかった。


「ローランド提督の帝国艦隊最高司令官就任と皇帝親衛艦隊は帝国軍の軍制改革の序章でしかない。現在の我が軍は、今ある制度をそのまま活用しているに過ぎん。ゆくゆくは今の時代、そして次の時代に即した体制へと変えていくつもりだ」


 参謀本部総長だったアルビオンの反乱、そして今回の大本営設置によって参謀本部が軍全体の作戦指揮を執る従来の仕組みは事実上崩壊した。

 皇帝がトップに立つ大本営が帝国軍全軍を監督する体制を整える事は、以前より元老院などを排除した軍事独裁体制の構築を目指すルクスにとっては自身の勢力基盤を固める上で重要な事だった。

 そして帝国の敵を打ち倒し、銀河を効率的に統治できる体制を作り上げる事も重要であり、皇帝としてルクスが行なわなければならない事業なのだ。


 ルクスの説明を一通り聞き終えたローランドは、再び挙手をして質問を求めた。


「陛下の御意は理解致しました。ただ、この大本営を主軸とした体制作りを進めるという事は、陛下はこのアウグスタに一時的にではなく、永続的に腰を据えるおつもりという事でしょうか?」


 それは巷で噂になっている、アウグスタへの遷都の真相を問うものだった。

 ただし、ローランドはあえて“遷都”という言葉を使わなかった。

 遷都ともなれば、国家規模の大事業となる。軍に関する事であればローランドも職務上知っておく必要はあるが、政治面経済面の話も絡む話までは踏み込めないと考えた。


「ふふ。流石に年の功には勝てんな。確かに私は帝国軍の中枢をこのアウグスタに移転するつもりでいる。一時的にではなく、永続的にだ」


「なるほど」


「それに、インペリウムは銀河で最も交通網が整っている星だ。軍による厳重すぎる警備を必要最低限にまで削ってやれば、物流もスムーズになって経済はより潤うだろう」


「……陛下の深いお考えには、ただただ感服するばかりです」


 そう言ってローランドは席についたまま軽く頭を下げる。

 そして彼は、ルクスの意図を理解した。

 インペリウムが軍によって厳重すぎる警備体制を敷かれている理由は、皇帝の宮殿インペリアル・パレスがあるからに他ならない。警備を必要最低限にするという事は、警備しなければいけない要素、つまり皇帝がインペリウムから離れるという事を意味している。

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