帝都に巣くう魔物

 皇帝ルクスが大本営を惑星アウグスタに設置して以降、銀河帝国軍の中枢はルクスと共に続々と帝都インペリウムから惑星アウグスタへと移転を開始した。

 また帝都に深く根ざしているわけでもない新興の商人や実業家は、遷都の噂が真実だった事に備えてアウグスタかその近隣の星に支店の手配をしたり、皇帝の後を追って移転を計画する者まで現れている。


 とはいえ数百年に渡って、銀河の中心地として栄えてきたインペリウムがそう簡単に衰退の道を歩むはずもない。

 インペリウムの経済活動は今も銀河最高峰の規模を誇っている。

 

「シスキアの田舎軍人風情がよくも我が一族の計画を狂わせてくれたものだ」


 そう言いながらルクスへの憎悪を膨らませているのは、厳つい顔つきをした老人だった。

 彼の名はバスク・アマルフィ。銀河中を股に掛ける星間貿易会社、数多くの宇宙船を建造する造船会社、銀河規模の超大手銀行など様々な業界で重鎮の座を占めているアマルフィ財閥の大総裁である。


「せっかくの顧客だった軍閥のほとんどは潰されちゃうし、隠れ蓑だった元老院まで骨抜きにされて、お祖父様の目論みも潰えて大変ねえ」


 椅子に腰掛けるバスクの右手に、自身の手を重ねるうら若き女性。

 彼女はイレーナ・アマルフィ。バスクの孫娘であり、若干十八歳にしてバスクの後継者に指名されている才女だ。

 身の丈ほどもある長い銀髪は艶やかで綺麗ながらも、無造作に伸びているためにバスクの椅子やバスクの身体に垂れ下がっている。


「笑っていられるような状況ではないぞ。あの田舎軍人は、銀河の全ての力と富を皇帝の下に集約しようとしている。だがそれでは困るのだ」


「軍閥同士を争わせて、彼等に武器を売りつけて、金を貸し付けて、搾り取るだけ搾り取ったところで私達アマルフィ一族が全てを総取りする。それが先代の大総裁レオン様の立てた計画ですものね」


「その肝心の軍閥がほとんど潰されてしまっては貸した金も回収できん」


 軍閥同士によって帝国が内戦に突入して以降、戦争が膠着状態に陥ったのにはこのアマルフィ財閥の暗躍があった。

 彼等はほとんどの軍閥に接近しては武器を販売したり、軍資金を貸したりとする事で、軍閥達の勢力バランスを調整していき、軍閥同士の共倒れを図っていたのだ。


 しかし、セウェルスターク軍閥のあまりに急速すぎる台頭は、陰から緩やかに帝国の支配権を奪おうとするアマルフィ財閥にとって相性が悪すぎた。

 アマルフィ財閥が手を打つ前にルクスは瞬く間に皇帝の座を手に入れて、その勢いで有力軍閥を潰していったのだ。


「お前に任せていたクテシフォン同盟への支援は順調なのだろうな?」


「勿論よ。先日のアルビオン提督の反乱にはちょっと驚いたけど、おかげでクテシフォン同盟にはそれなりの支援の段取りができたわ。お祖父様も人が悪いわね。アルビオンの反乱計画くらい事前に知ってたんでしょ。ちゃんと教えて欲しかったわ」

 

「あれだけ裏で動かれたのだから、お前も自力で気付くだろうと考えていたが、どうやらお前にはまだ早かったようだな」


「お祖父様の意地悪!」


 頬を膨らませて、わざとらしく可愛らしい仕草をしながら言うイレーナ。


「そんな事より、クテシフォン同盟との繋がりを田舎軍人どもに気付かれたりはしないだろうな? 近頃はあのトルーマンとかいう小物が色々と嗅ぎ回っていると聞くぞ」


「私を信用して。抜かりは無いわ」


「よし。ではクテシフォン同盟の方はお前に任せる」


「ありがとうございます、お祖父様」


 イレーナは妖艶な笑みを浮かべながら頭を下げる。


 クテシフォン同盟の盟主であるヴォロガセス公爵と通じていたバスクとイレーナは、彼等を利用する事で皇帝ルクスによる新体制に対抗しようと考えていた。

 ヴォロガセス公爵が密かに私設艦隊を建造して、軍備を整える事ができたのもバスクの支援があったからこそなのだ。


「ところでお祖父様、ブリトル星域の諸侯はどうなさるおつもりですの?」


「あやつ等にいくら支援の手を伸ばしたところで、どうせ大して役には立たんだろう。せいぜい徒党を組んで田舎軍人の注意を分散させる程度が限界だ」


「では支援は打ち切られるのですか?」


「いいや。注意を分散させるだけでもいないよりは良い。支援は減らすが、完全に打ち切る事は無い」


「分かりました」


 最近、戦火の火種が燻っているブリトル星域もその裏ではアマルフィ財閥の暗躍があった。

 元老院議員などの逃亡を支援したりして、ブリトル星域には多くの人と富が集まった。

 だが結局、纏め役を担う人物が現れなかったために、軍事勢力としては極めて脆弱なものとなっていた。

 こうなってはバスクも支援の手をクテシフォン同盟の方に集中させた方が良いと考えるのは仕方がない事だろう。

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