軍事独裁体制

 皇帝ルクスが玉座の間にて軍法会議を開いている間に、帝都インペリウムの主要機関と元老院関連の施設の全てはルクスの命令を受けた地上部隊によって占拠された。

 帝都中に武装した兵隊が闊歩して、臣民は不安を抱えながら、軍の動向を黙って見守る事しかできなかった。


 辛うじて帝国軍が乗り込む前に、私邸から脱出した帝国貴族もいたにはいたが、都外へ逃亡しようにも宇宙港は帝国軍によって封鎖されている。

 自家用宇宙船を所有している貴族も大気圏外に逃れたところで、インペリウムを封鎖している第十三艦隊と第一独立機動艦隊によって逃げ道を塞がれて投降を余儀なくされた。


 帝都中が帝国軍の管理下に置かれて情勢も大方安定し出した頃、先ほどの軍法会議にて検察官を務めたルイス・トルーマン少将がルクスに謁見を求めた。

 軍人とはいえ、彼は元老院側に属していた事もあり、彼の両脇には見張りの兵士が張り付いて、持ち物検査も入念に行なった上で、トルーマンは玉座の間へと通される。


「時代の変化とは恐ろしいものだな。時代が時代なら貴官もより高みに至れたであろうに」


 トルーマンは下級貴族の出身ではあったが、生まれも育ちも帝都であり、近衛艦隊や元老院とも人脈を形成していた。

 彼等の地位や権力が万全な時代であれば、数年後にはより高位の官職に就く事もできただろう。

 だが、今となってはその人脈も経歴ももはや足枷にしかならない。


「恐れながら陛下、私は変化したこの時代でもより高みに至る機会はあると考えております」


「ほお」


「私は確かに近衛艦隊や元老院と深い繋がりを持っていました。しかし、ユリアヌス軍閥を裏切って陛下に味方した際にも申し上げたように、私がこれまで帝都で培ってきたものは軍人の職務上必要だったというだけで、決して私利私欲のためではありません。今回の軍法会議でも検察官を引き受けたのは、ハーキュリー大佐の行為が帝国の安泰を損なうと思ったからこそです」


「つまり貴官は、自身を職務に忠実だっただけと申すのか?」


「はい。お疑いでしたら、どうぞ気の済むまで私の身辺調査をされるが宜しいかと。決してやましいものなど出ては来ないはずです」


 トルーマンのまるで開き直ったかのような主張に、ルクスは清々しさすら感じた。

 軍法会議の前に、彼の経歴等は一通り調べさせていたルクスは、彼の身辺にとくに不審な点が無いという報告は既に受けていた。

 そう簡単には見つけられない何かをどこかに隠しているのか、本当にやましい事など無いのかまでは流石に分からないが。

 

「……いいや。その必要は無い。で、私に拝謁を求めた理由を聞こうか?」


「私を陛下のお傍近くで、仕えさせてもらいたいです。……無論、相応の働きは致します。これまで表沙汰になっていなかった、元老院が裏で行なってきた不正の証拠の幾つかを提供致します」


「元老院の不正の証拠、か」


 それはルクスにとって非常に魅力的なものだった。

 元老院の不正が明るみになれば、臣民に対して今回の騒動を正当化する良い材料になるからだ。


「しかし貴官がその証拠を持ちながらもこれまで告発せずにいたのは、どういうわけかね? 貴官自身にも世間に知られては困る事情があった、と勘ぐられても仕方がないと思うが?」


 そうは言いつつも、ルクスに本気で問いただす気が無いという事に、トルーマンはすぐに気付いた。

 ルクスは、問いを投げて、目の前にいる人物が自身の手駒になるのに相応しい人材かを検分しているのだ。


「ご冗談を。元老院や近衛艦隊が帝都を牛耳り、まして以前はユリアヌス軍閥が幅を利かせていました。不用意な告発などしては身の破滅。証拠も全て処分されて、私は犬死にするだけです。であれば告発できるタイミングを何年掛けてでも待つ方がずっと利口というものです」


「ふん。ぬけぬけとよく言う。まあ良い。その証拠とやらを手土産として受け取り、貴官を私の幕僚の末席に加えよう」


「感謝致します、陛下」


 トルーマンは深々と頭を下げる。



 ◆◇◆◇◆



 トルーマンから元老院がこれまで行ってきたという不正の証拠を受け取ったルクスは、憲兵隊を動員して議員の検挙を開始した。

 また議員との癒着があり、不正に荷担していた貴族や有力者まで検挙の対象となり、帝都の大掃除とも言える皇帝の命令は、多くの反発と不信感を集める。

 しかしその一方で、元老院に幻滅していた大多数の帝国臣民の多くは喝采を以て皇帝の事業を讃えた。


 そんな中、帝国軍参謀本部総長クロード・アルビオン上級大将が皇帝ルクスの下を訪れた。


「帝都の大掃除も大方は完了したと言って良いでしょう。しかしながら元老院が銀河中に張った根は未だに健在であり、各地で混乱の火種として燻っております」


「分かっている。主要な星系には信頼できる者を総督に任命して派遣する。彼等が睨みを効かせてくれれば、事態はやがて沈静化するだろう」


 中央政府の掌握に成功したルクスは、帝国全土に対して覇を唱える絶対君主となった。

 しかし、広大な帝国の全てを一人の皇帝が統治するのは現実的に考えて不可能だろう。こんな不安定な情勢下にある今は余計にだ。

 そこでルクスは、政治的経済的に重要な星系に、総督を派遣する事で各地の要所を抑えつつ、周辺星系にも睨みを効かせようとした。


「しかしそれは一時的な施策に過ぎないでしょう。その後の展望はどのようにお考えで?」


「貴官が以前に提出した軍管区再編計画を実行する。そして新たに設けられたそれぞれの軍管区司令官に行政権と司法権を委譲していくつもりだ。これで帝国は真の意味で軍事独裁体制が確立される。君の望み通りにな」


「なるほど。纏まりを失ったこの国を立て直すには、強力な指導力を持った強権政治に活路を見出すしかありませんからな。陛下のお考えに感服致しました」


 そう言いながらアルビオンはゆっくりと頭を下げて、ルクスに対して礼を尽くす。

 尤もそれは単にルクスの手腕を評価してのものではない。

 帝国全土が軍による統治で治められるとなると、帝国軍参謀本部総長であるアルビオンの地位と権力は必然的に向上する。

 若く野心に満ちた彼にとって、それは望ましい未来だったのだ。

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