アルサバース星域
銀河帝国は、皇帝ルクスの下で挙国一致体制を構築しつつある。
だが、銀河系の全域にまで版図を広げた巨大帝国には、多くのしがらみや弊害が存在している。それを打破して新体制を築くには、どれだけ優れた為政者、どれだけ優れた政府を以てしても長い時と膨大な労力を必要とするものだ。
アルサバース星域。
銀河系の外縁部に位置するこの星域は、現在パール・ヴォロガセス公爵が治めている。
ヴォロガセス公爵家は、かつて銀河を我が物顔で闊歩した軍閥には及ばないまでも固有の武力を揃え、優れた政治手腕を以て帝国から親子三代に渡ってアルサバース星域の統治を任されてきた。
元老院の力が衰えて軍閥が勢力を拡大すると、莫大な献上品の見返りとして、ノワール軍閥の庇護下に加わり、セウェルスターク軍閥の勢いが増すと、次第にノワール軍閥に見切りを付けて皇帝に即位したルクスに味方した。
しかし今、ヴォロガセスは窮地に立たされている。
ルクスが軍事力を背景にした支配体制の強化に乗り出した事で、これまで培ってきた全てが平和と秩序の名の下に接収されようとしていたのだ。
イグティナ星系第三惑星クテシフォン。
ヴォロガセス公爵家が拠点を構えている星であり、アルサバース星域の政治経済の中心地である。
この星に皇帝の命令で派遣された総督、クリストファー・オーウェル上級大将はヴォロガセスの下を訪れた。
「第二十一艦隊司令官クリストファー・オーウェル上級大将です。この度は皇帝陛下よりこのクテシフォンの総督を拝命し、この地へ着任致しました」
短めの銀髪をしたオーウェルは、大柄な体格と悠然とした気品を持つ提督だった。
それは名門貴族の家に生まれながらも軍一筋に生きてきた彼の豪胆さが醸し出したものであったが、相対しているヴォロガセス公爵にはその様は傲慢に見えた。
武力と皇帝の権威を背景にして自分達の築き上げてきた物を奪い取りに来た盗人。そんな印象をヴォロガセスは感じた事だろう。
両者の歳はほぼ同じくらいの五十歳前後。
だが、オーウェルに比べると、ヴァロガセスは温厚で大人しそうな雰囲気を出していた。
「遠路遙々ご苦労でしたな、提督。しかしながら、如何に皇帝陛下の命とはいえ、この星に総督府を置くというのは些か納得がいきません。当家の施政に不備も失点は無いと自負しております。陛下と帝国にご迷惑をお掛けしたことも無かったはずです」
ヴォロガセス公爵家の三代に渡るアルサバース星域の統治は、混乱の時代故に多少の問題はあったものの、致命的な失敗は無かったと言っても過言ではないだろう。
また皇帝ルクスに対する礼節も怠ってはおらず、今回の処置はヴォロガセスには承服できなかった。
「皇帝陛下は銀河を等しく適切に統治したいのです。我等はそのために派遣されたに過ぎません」
「……では我々はどうなるのですか?」
「無論、これまで通りですよ。私の第二十一艦隊が派遣された目的はあくまで治安維持であり、総督という肩書きも必要に応じて行政権や司法権に介入して、各々の現場で起きたトラブルに対応するためのもの。あなた方の治世に落ち度が無ければ、我が艦隊はあなた方の剣であり、盾となりましょう」
「つまり私達は良き隣人、と考えて良いのですかな?」
「少し違います。我等は共に、皇帝陛下の忠実な臣下なのです」
「なるほど」
「ただし、ついこの前は陛下を差し置いて元老院に接近した事もあったとか。ただでさえ汚職塗れで法の裁きを待つばかりとなっている元老院との繋がりがあるという事実は、私はともかく、疑り深い連中が知ればどう思うでしょうか?」
「……私にどうせよと?」
「あなたの職務を忠実にこなし、私の職務遂行に協力してもらえれば、それだけで結構です。何の問題も無いでしょう?」
「……分かりました」
「では今後とも宜しくお願いします、公爵閣下」
オーウェルは不敵な笑みを浮かべながら、右手を前に差し出す。
それを見たヴォロガセスは一瞬躊躇しつつも、自らも右手を差し出して握手を交わす。
「こちらこそ、オーウェル総督」
皇帝ルクスによる新体制は、瞬く間に帝国全土にその根を張ろうとしていた。
しかし、それぞれの星域や星系の統治そのものは、現地の有力者や行政官に任せて現状維持させる事がほとんどだった。
急激な変化は混乱を招き、帝国の支配体制を脆弱にしてしまうと考えたためだ。
基本的には従来の施政を継承しつつ、それが正常に機能しているかを皇帝が任命した総督が監視する。
それにより現場の混乱を可能な限り抑えて、臣民の生活に悪影響を与えないようにしたのだ。
◆◇◆◇◆
第二十一艦隊の主要な艦艇は今、イグティナ星系第三惑星クテシフォンの衛星軌道上に集結している。
アルサバース星域の中心地であるクテシフォンの宇宙航路を掌握して、周辺星系の交通網の管理を円滑に行うためだ。
尤も今はまだ体制作りが整っていない事もあって、艦艇が民間船や商船の航路を塞いでしまい、交通網の麻痺を引き起こしたりもしているが。
第二十一艦隊旗艦トゥーランでは、艦隊の高級士官達が会議室に集まって今後の方針についての会議を開いている。
「アルサバース星域は辺境ながらも、それ故に帝国としては統治が難しいと言わざるを得ない。ヴォロガセス公爵家がまるで自分の王国であるかのように扱っているのもその証だ」
「とはいえ現在の帝国軍には、このアルサバースを完全平定するだけの力は無いのも事実。ヴォロガセス公爵家との友好的な関係の維持は必須だろう」
「勿論その通りだ。だが、ヴォロガセス公爵家が私兵集団を抱えて、我々とはまったく異なる軍事組織を抱えている以上、帝国にとっての潜在的脅威には違いない」
ヴォロガセス公爵家の武力は、第二十一艦隊の全戦力に比べれば、それほどの脅威とはならないだろう。
しかし、帝国軍以外の軍事力が他に存在する。その事実こそが帝国の支配体制に悪影響を及ぼしかねない。
このアルサバース星域に派遣された彼等第二十一艦隊の面々としては、決して放置できるようなものではなかった。
「だが、ヴォロガセス公爵家は元老院との繋がりも深い。我等としては、下手な事はできまい」
「そうだな。いくら陛下が元老院から政権を奪ったと言っても、我等の一存で、奴等の威光を無視できるようなものではない」
高級士官達がそんな話をしている時、パール・ヴォロガセス公爵との面会を終えたクリストファー・オーウェル上級大将が会議室に姿を現した。
「元老院などもう気にせずとも良いぞ。ちょうど先ほど皇帝陛下から連絡があった。元老院議長のガーディナー公爵は、元老院の持つ権限の全てを皇帝陛下に移譲するという宣言書に署名した。元老院の威光もこれで完全に消え去ったわけだ」
オーウェルの知らせを耳にした高級士官達は「おぉ」と感嘆の声をもらす。
「ですが司令、元老院の協力無しで、帝国全土を平定できるものでしょうか?」
「そのためにも我々にとって、ヴォロガセス公爵家との共生関係は必須事項なのだ。諸君等には思慮深い行動と判断を期待する。我等が帝国と皇帝陛下に栄光あれ!」
「「我等が帝国と皇帝陛下に栄光あれ!!」」
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