政権奪取

 軍法会議が実施されている玉座の間の様子は、ルクスが手配した報道機関によってリアルタイムで中継されている。

 そして会議の最中に、ルクスが玉座から立ち上がると、広間は静まりかえり、中継を見ている視聴者までもが固唾を呑んで皇帝を見守った。

 こうして銀河中の人々は、皇帝ルクスの一挙手一投足に注目して、銀河は奇妙な一体感で包み込まれる。


「私にとって帝国とは、そこに住まう臣民であり、人類社会そのもの。元老院はあくまでも帝国の統治機構の一つに過ぎん。その元老院が政治の舵取りを担うのは当然の事。そして帝国軍とは帝国の安定と臣民の平穏を守るためのもの。さて、ここで一つ焦点となるのは、果たして元老院は政治の舵取りを正しく行えているのか、という点だ」


 ルクスは一歩二歩と前へと進んで話す。

 彼の発言に、検察官を務めるトルーマン少将が異議を唱える。


「恐れながら、皇帝陛下。それは今回の法廷の趣旨には関係無いかと」


「そうかね? ハーキュリー大佐の発言の真偽を計る事もまた大佐の責任を追及する上で重要と思うが?」


「……」


「ではまず私の方で証人を何人か手配しているので、彼等の話を聞くとしようか」


 それからはルクスが手配した証人が入室して証言台へと立つ。

 彼等は帝国各地から集められた一般人である。


「最近、新しくやって来た総督は、急に税を上げ出すから私らの暮らしは悪くなる一方で困ってるんですよ」


「この前まで宇宙海賊から私達を守ってくれてた軍人さん達が今の総督に追い出されて、宇宙海賊の動きが活発になっています。これじゃあ夜も安心して寝られやしない」


「これまで私達の地元じゃ軍隊さんと何とか良い関係が築けていたと思うんですが、元老院から派遣されたっていう新しい総督に、めちゃくちゃにされて、こっちは大混乱さ。正直、元に戻してもらいたいね」


 出てくる証言のほぼ全ては、元老院が家柄などの能力・実績とは全く関係無いところから選んだ総督達への非難だった。

 全員の証言が終わる前に、トルーマン少将は席を立って声を上げる。


「こ、こんな証言は無効だ! 明らかに元老院を貶めようという意図が見られます!」


「彼等は臣民の意思を代表して、今ここに来てくれているのだよ。その勇気と誠意に対して、言い掛かりをつけるのは止めてほしいものだな」


「しかしながら、彼等の意見が帝国全土に住まう臣民の総意という根拠は?」


「この法廷の様子は帝国中に中継されている。この中継を見ている全ての臣民が、彼等の意見を肯定するか否定するかで、自ずと明らかになろう。謂わば帝国中に住む臣民全員が証人だ」


「……」


 トルーマン少将は言葉を詰まらせる。

 帝国各地で、元老院が選んだ総督達が現地住民とトラブルを起こしている事は当然知っており、このままでは元老院側に非があるという方向に話が進みかねない。


「し、しかしながら、臣民の意見を一々聞いて回る暇はありますまい。事態解決のためにも我等は早急に当法廷に決着を付ける必要があるかと」


 トルーマンがそう意見を述べると、ルクスはすぐにも畳み掛ける。


「では、彼等の証言を事実と仮定して審議を進めるとしよう」


 ルクスがそう言った事で、法廷の流れはほぼ決した。

 それからは元老院の政策の不備をひたすら上げ続ける形で話が進み、トルーマンも傍聴席に座る元老院議員達も初めからルクスの狙いがこれだったのだろうと察する。


「このような事態に至り、帝国は再び混乱の渦中へと落とされようとしている。皇帝としてこれを看過する事はできない」


 ルクスの演説が広間に響き渡る中、広間の隅にて法廷の様子を見ていた第十三艦隊参謀長のフォックス中将は、静かにその場を退出。リスト・デバイスを起動させると、どこかへ通信を繋いだ。


 その間も法廷は進み続けて、ルクスは判決を下す。


「私はここにハーキュリー大佐の無罪を宣告する。そして当法廷は、大佐の勇気ある発言を無駄にはしない。今回の騒乱の原因である元老院には、帝国の国政におけるあらゆる権限と権利の停止。そしてそれらは全て銀河帝国皇帝の下へと委譲する!」


 それは元老院に対する宣戦布告にも等しいものだった。

 元老院の持つ政治権能の一切を皇帝に委譲するという事は、元老院はもはや帝国の統治機関ではなくなってしまう事を意味するのだから。

 しかし傍聴席に座る元老院議員は、動かずに沈黙を保っていた。

 いつの間にか傍聴席の周りに武装した兵士が展開している事に気付いたからだ。

 下手に動けば、周りの兵士に制圧される。最悪殺されるかもしれない。そんな悲惨な末路を本能的に感じ取ってしまった彼等に抵抗する術など無かった。


 その一方で、別件で始まった軍事法廷に端を発する宣言など後から幾らでも対処のしようがある。

 そう考えて、わざわざ身の危険を犯してまで動く必要は無い。そう思った議員も少なくなかった。

 しかし彼等の考えが甘かった事はすぐに明らかとなる。



 ◆◇◆◇◆



 帝都インペリウムの都心部には現在、多くの帝国軍地上部隊が闊歩していた。

 彼等は臣民に外出の自粛を訴え、既に屋外にいる者には屋内への避難を呼び掛けている。


「帝国臣民の皆様、我々はこれより皇帝陛下の勅命により帝国に蔓延る害虫の排除に取り掛かります! 臣民の皆様に危害を加えるつもりは毛頭ありませんが、もしもの事態に備えて屋内退避を要請します!」


 地上部隊を指揮する司令官は、あらゆる手段を用いて民衆に呼び掛けつつ、部隊を四方八方に展開した。

 目標は元老院議事堂や議員個々の私邸、さらに元老院の息が掛かっている帝国の主要機関である。


 地上部隊がインペリウムの都市部を制圧する傍らで、宇宙港や惑星の軌道上には第十三艦隊の艦艇が展開して宇宙船の出入りを完全に封鎖。議員がインペリウムを脱出するのを阻止する構えを見せる。


 軍事法廷に出席せずに私邸にて中継を見守っていた議員はなす術もなく次々と軍に拘束されていく。しょせん軍人ですらない彼等が銃を突きつけられればそうするしかないだろう。


 そんな中、ある若手議員は複数の兵士に銃口を向けられながらも毅然とした態度で抗議する。


「無礼な! 辺境の田舎軍人は礼儀を弁えないどころか法すら曲げる気か!」


 彼の主張を聞いた指揮官は、手にしていた銃を下げると不適な笑みを浮かべて口を開く。


「これは失礼を。我々はただあなた様に、議員として帝国のために役立って戴きたいだけなのです」


「な、何を偉そうに!」


「これは皇帝陛下の勅命です。もはやあなた方がどうこうできる段階の話では無いことはお察しいただけますな」


「……くぅ」


 つまり元老院は軍部によって完全に掌握された。元老院と軍部の微妙なパワーバランスは軍部が全ての力を独占するという形で解消されてしまったのだ。

 こうして銀河帝国には、かつてのユリアヌス軍閥の頃よりもさらに軍事独裁色の強い、新たな政権が誕生する。

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