軍法会議

 軍部の中で元老院への不満が高まる中、元老院議長アダム・ガーディナー公爵がルクスへの謁見を求めて皇帝の宮殿インペリアル・パレスを訪問した。

 急な訪問ではあったが、ルクスはこれに応じてガーディナーを応接室へと通す。


「皇帝陛下、軍部で元老院への不満が日に日に高まっているとか」


「そのようですね」


「困りますな。政治は我等元老院に、そして軍部は陛下に、と取り決めた以上は、軍部をちゃんと纏め上げて頂かねば」


「発端は元老院の政治の不備です。都合良く責任だけ押し付けられてはこちらも困ります」


 ルクスの返しに、ガーディナーは眉を潜めて、両者の間には僅かな沈黙が生じる。


「……いや、口が過ぎましたな、どうかご容赦を、陛下。ただ元老院や市民の中には、以前のユリアヌスのように軍部が武力で弾圧を始めないかと危惧する者が少なからずおります。この事態の対応を早急に行なって頂かねば、状況は悪くなるばかりかと」


「それはご尤もです。対応の遅れは謝罪します。ですが、こちらとしても対応は慎重にせざるを得ません」


「もはやそんな悠長なことを言っていられる段階は超えております。元老院は軍部に対して早急なる事態解決を要請します」


「……分かりました。最善を尽くします」



 ◆◇◆◇◆



 数日後、皇帝ルクスは軍内部に混乱を招いたアルケイデス・ハーキュリー大佐を軍の規律を乱した罪で軍法会議に掛ける事を発表した。

 通常、帝国軍では軍法会議は非公開で行なわれるのだが、今回は世論の注目も集まっている事もあり、報道機関も入れて公開裁判にする事がルクスの勅命として決められた。

 また事の重大性を示すためなのか、軍法会議の法廷には軍の施設ではなく、皇帝の宮殿インペリアル・パレスの玉座の間にて御前会議方式で行なわれる事となった。


 軍法会議開会当日、玉座の間には大きく人が詰めかけていた。

 会議の当事者となるハーキュリー大佐、そして裁判官や弁護人などを務める軍人などの他に、傍聴者としてガーディナー公爵をはじめとする多数の元老院議員が集まっていた。


 開会予定時刻を時計の針が刻んだ瞬間、近衛兵のよく通る声が玉座の間に響き渡る。


「皇帝陛下のご入来である! 全人類の君主にして、銀河系の統治者、銀河帝国軍最高司令官にして、銀河帝国軍第十三艦隊司令官、帝国臣民の守護者、銀河帝国第二十一代皇帝! ルクス・セウェルスターク陛下!」


 近衛兵の高らかな声と共に、玉座の間にルクスが姿を現す。

 ルクスは玉座の前に立つと広間を見渡すように立って、堂々たる姿を一同に晒す。


「「帝国万歳! 我等が偉大なる皇帝陛下万歳!!」」


 広間に集まっている一同が立ち上がり、声を揃えて帝国と皇帝を讃える。

 

「帝国と臣民に永遠とわの栄光を」


 皆の声に応えるように、ルクスも声を掛ける。

 それを聞くと、皆は一斉に席へと座る。


 ここまでの流れは事前に示し合わせたものではなく、帝国の御前会議ではいつも行なわれている恒例の進行だった。

 なので今回の軍法会議が御前会議形式で行なわれる事を知った彼等は、ごくごく当然の流れ作業のように、口を揃えて帝国を讃えたのだ。


 ただし唯一、慣例に存在しない事があった。

 それはルクスが最後に口にした言葉である。

 本来であれば、この場面での皇帝の台詞は「帝国に永遠の栄光を」となる。しかしルクスは「帝国と“臣民”に」という言い回しをした。

 しかしこの場にいる者のほとんどは、些細な事としてとくに気にする様子も無い。


「では早速、軍法会議を始めるとしようか」


 玉座に座ったルクスは、すぐに開会を宣言する。

 軍法会議が始まると、会議進行の流れの説明やハーキュリー大佐の罪状の読み上げなど事務的な作業が続く。

 会議の空気が変わったのは、検察官を務めるルイス・トルーマン少将がハーキュリー大佐の糾弾を始めたところからである。


「ハーキュリー大佐の軽率な発言により将兵の多くが触発されて不満を爆発させている! ここ一週間だけでも将兵達による乱闘騒ぎの報告は二十件以上も届いているのだぞ!」


 トルーマン少将は生まれも育ちもインペリウムであり、元老院や今は亡き近衛艦隊とも繋がりの強かった。

 かつてはユリアヌス軍閥に属していたが、元老院や近衛艦隊がセウェルスターク軍閥に鞍替えした際にそれに続いた経緯で、今はセウェルスターク軍閥に所属している。

 そうした事情もあり、トルーマンは軍人というより官僚に近い人物であり、元老院の意思を代弁するかのようにハーキュリーに罵声を浴びせる。


 トルーマンの糾弾演説が一段落つくと、玉座に座る皇帝ルクスは、ハーキュリーに「何か言いたい事はあるかね?」と尋ねた。


「私は、私のその発言を間違いだったとは今も思っておりません」


「何だと!」


「貴様、この期に及んで!」


 傍聴席に座る元老院議員達が立ち上がって声を荒げる。


「傍聴席の方々は、ご静粛に願います」


 裁判官の声で広間には静寂が戻り、ハーキュリーは自身の主張を続ける。


「我々は帝国とそこに住む帝国臣民を守るための軍人です。しかし実際には、内戦は終息に向かいつつあるというのに、臣民の安らぎが戻る事はありません。それはなぜか!? 簡単です。帝国の再建を担う元老院の施策が全て帝国と臣民にとって有益ではないからです!」


 ハーキュリーの発言で再び傍聴席がざわめき出す。

 彼の主張に賛同する軍人達と彼の主張に反対する元老院議員達が主に声を上げている面々である。

 しかし裁判官が睨みを効かせている事もあって、先ほどのように大きく声を荒げる者まではまだ現れなかった。


「皇帝陛下、私はあなたの帝国と臣民を思うその御心に感銘を受けて、これまで陛下にお仕えし、幾多の戦場を駆け抜けてきました。しかしながら、今の陛下からは、あの頃のような気高いお志が感じられません」


 ハーキュリーの主張に、これまで静観を以て応じていたルクスは、小さく笑みを浮かべると「なぜそう思うのか?」と問い掛ける。


「元老院の施策は、大きく混乱を帝国中にまき散らしております。かつてユリアヌス軍閥が武力を以て帝国全土を平定しようとしていた頃と同じように。挙兵の時、陛下は仰せになりました。我々が戦うのは帝国のためだと」


「……」


「陛下の言われる帝国とは、一体何を指しての事なのですか? 帝国臣民ですか? それとも元老院でしょうか?」


「ええい! その者を黙らせよ!」


 ついに痺れを切らせた元老院議員の一人シトラーゼ子爵が席を立ち上がった。

 しかし次の瞬間、皇帝ルクスが玉座から立ち上がり、皆の視線は一斉にルクスへと向けられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る