新たな動乱
銀河帝国は、セウェルスターク軍閥の躍進によって内戦が終息へと向かいつつあった。
そしてセウェルスターク軍閥という強力な味方を得た元老院は、戦火で荒廃した帝国を立て直すために様々な政策を実施する。
しかし様々な権益や利権が絡み合った元老院の政策は、どれも現実的なものとは言えず、銀河の各地では混乱や不満の声が日に日に高まっていた。
それでも内戦の頃よりも平和な分まだ良いという考えが民衆の間では主流であり、政策面への不満が表沙汰になる事はほとんど無かった。
だが、それを一変させる事態が発生する。
第十三艦隊所属の戦艦エルキュールの艦長アルケイデス・ハーキュリー大佐が兵達に語った「我々は一体何のために命懸けで戦ったのだ? 帝国と臣民のためか? それとも元老院のためか?」という台詞である。
この台詞は、あっという間に第十三艦隊の将兵の間に広がって波紋を呼ぶ事になる。
元老院は、皇帝ルクスや軍部の政治介入を嫌って、軍部から行政に関わる諸権限を奪い取るような政策を実施していた。
いくらルクスの承認を得ているとはいえ、元老院の横暴なやり方に不満を感じていた将兵達は、ハーキュリー大佐の言葉で一気に不満を燃え上がらせていく。
こうして軍部に不満を高まる中、帝国軍参謀本部総長クロード・アルビオン上級大将が皇帝ルクスの下を訪れた。
公的な謁見でもなかったため、場所は玉座の間ではなく、落ち着いた雰囲気をした、こじんまりとした応接室が選ばれた。
ルクスに向かい合うようにソファに座るアルビオンは、フルウィが用意した紅茶を一口飲むと、すぐにも本題に入る。
「皇帝陛下、状況はあまりよくありません。将兵達の不満は日に日に激しさを増しております。不満を爆発させた兵士による乱闘騒ぎなども多発していると憲兵本部から報告が上がっています」
「そうか」
「……小さな乱闘騒ぎで済んでいる内はまだ宜しいでしょうが、いずれこのままでは済まなくなるかと」
「暴発を抑える事はできないと言いたいのかね?」
「参謀本部も全力を注いではいますが、軍全体に不満が拡大した場合、もはやどうにもなりません。憲兵本部は事の発端であるハーキュリー大佐に何らかの処罰を課す事で、頭に血が上った兵士達の目を覚まさせるべきと申しております」
「ハーキュリー艦長は実績豊かで兵達の信頼も厚い男だ。下手な処分はかえって事態を悪化させる恐れがある」
ハーキュリー艦長は第十三艦隊所属の艦長として長きに渡ってルクスに仕えてきた軍人である。
彼の事はルクスも当然知っており、彼が兵達から如何に慕われているかも承知していた。
「尤も兵達から信頼されているからこそ、彼の発言が兵達の心を大きく動かしたと言えるのだろうがな」
「でしょうね。とはいえ私とて彼の発言に、何の共感も覚えないという事はありません」
アルビオンは元々ルクスがユリアヌス軍閥を討って政権を奪取した後、軍部高官の地位をもらう事を条件に彼に従う事を決意した。
その条件は、参謀本部総長の地位を得た事で達成されたが、軍部が冷遇されている今の状況下では、彼が思い描いていた事と現実には若干のズレが生じていると言わざるを得ない。
「貴官も将兵に混じって乱闘騒ぎに参加するかね?」
「陛下ほど若ければ、そうしたかもしれませんね。ですが、もうそこまでの元気はありませんよ」
「まだ三十を超えたばかりだというのに、老人のような事を言うものだな」
「陛下も三十を超えれば、二十代が如何に英気に満ちていたのかを実感できますよ。……まあ、それはそれとして、状況は切迫しています」
「宮廷の力が衰えるのと反比例するように軍部は権限を拡大させて膨張した。やがて多数の軍閥が形成されて帝位を求めて争うようになり、帝国は内戦状態に突入した。今の帝国は宮廷と軍部のパワーバランスを模索する大事な時期を迎えていると言って良い」
ユリアヌス軍閥やノワール軍閥などの幾つもの大規模な軍閥が倒れて、帝国軍はその力の多くを失った。
しかし、軍閥が力を付けるにつれて軍部に広がった驕り高ぶりは未だに健在であり、元老院との融和を図るルクスにとっては厄介な存在だった。
一つ対応を間違えると軍部と元老院の対立を誘発して、ようやく纏まりつつあった帝国は再び戦火に包まれるおそれがある。
ルクスとしては慎重に事を運ばざるを得なかった。
「では今しばらくはこのまま静観されるという事でしょうか?」
「そうだな。貴官には苦労を掛けるが、将兵がこれ以上暴発しないように目を光らせておいてもらいたい」
中々の難題だ、とアルビオンは考えるが、皇帝の命令ともなれば彼の回答は一つしか無い。
「承知致しました。それで、ハーキュリー大佐の件はどのように?」
「それは私の方で対応する。また後日に公表しよう」
「分かりました。ですがいつまでもこのままでは、兵達を抑える事をお約束はできませんよ」
「分かっている。なるべく早く対処するさ」
「そのお言葉を聞けて安心しました。では私はこれにて失礼致します」
ソファから立ち上がると姿勢を正したアルビオンは、ルクスに対して敬礼をして、その場を後にする。
アルビオンが扉の向こうへと姿を消すと、ルクスはテーブルに置かれているティーカップを持ち上げて紅茶を飲み干す。
空になったティーカップを元あったところへ置くと、フルウィがお代わりを淹れようとする。
紅茶を注ぐフルウィに、ルクスが不意に話し掛けた。
「今の帝国の形は維持する事に大した意義は無い。そうは思わないか?」
「……ですが、帝国が栄えなければ、いつまでも戦乱の時代が続いてしまいます」
「人類の誕生と共に銀河帝国が存在したわけではない。永い歴史の中で数多の国が栄枯盛衰を繰り返し、そして今は銀河帝国の時代を迎えているに過ぎん」
「ではルクス様は、このまま帝国が滅亡するとお考えなのですか?」
「帝国が今のまま進むのであれば、近い未来にはそうなるだろうな。だが、それはあくまで帝国が今の状態を維持した場合の話だ。私は皇帝として、この帝国を存続させるのではなく、帝国を作り替える。それにより人類社会は再び繁栄の時代を迎える」
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