帝国の元老

 帝都インペリウムが連日に渡る祝典で賑わいを見せる中、元老院議事堂では元老院が開会されていた。

 しかし議員の中には祝杯と称して、酒を議場に持ち込む者が続出しており、中には開会前から既にほろ酔い状態の者までいる始末だ。


「これより元老院を開会します。今日の議題は、帝国の再建と復興についてです」


 元老院議長アダム・ガーディナー公爵が開会を宣言する。

 すると、議席に座っている高齢の議員が挙手をして発言を求めた。

 彼の名はオメル・バルブス侯爵。

 名門侯爵家の当主である彼は、ガーディナーにも並ぶ古株の元老院議員であり、元老院に議題を提出して議員達を召集した張本人だった。


「帝国全土の平定を目前にした今、民衆の上に立つ我等は戦後を見据えた政策の議論を進めていかなくてはなりません」


 バルブスの発言に、他の議員達は静かに頷く。

 元老院は帝国における最高統治機関であり、その事は皇帝であるルクスも同意している。

 ノワール軍閥が滅びて、内戦も終息に向かいつつある中、元老院の重要性はいっそう増したと言える。

 その意識が議員達の熱意を掻き立てていたのだ。


「現在、銀河系の主要な惑星は軍部の管理下にあります。これを元老院より派遣した総督の監督下に戻す事で、帝国本来の姿を取り戻す。そこから上がる富は、帝国を立て直すために必要な財源となるでしょう」


 軍閥同士の争いが激しくなるにつれて帝国の主要な星々は、軍部による直接統治が主流を占めていた。

 それは多くの軍閥が内戦を生き抜くための財源となり、各軍閥が独立国家のように機能する要因となった。

 バルブスはこれ等の星々を元老院の手に戻す事で、元老院の力を回復させようと考えたのだ。


「バルブス議員の提案に異議のある者はいますか?」


 ガーディナーが議員一同を見渡しながら問い掛ける。

 だが、誰一人として異議を唱える者はいない。


「すぐにも総督を務めるのに相応しい人材を集めましょう」


「その人材には軍部との縁が薄く、なおかつインペリウムに住む名家の者を選ぶのが宜しいかと」


「正論だな。銀河の統治に、軍部や田舎者を関わらせては再び世は乱れる。やはりここは伝統ある高貴な血筋の者が任に就くべきだろう」


 元老院議員の多くが国家運営において重視するのは、能力や実績ではなく身分や家柄だった。

 元老院は銀河帝国が誕生するよりもずっと前から存在し、銀河系の統治の中核を担ってきた。

 その事を誇りに思う議員達は、これまでの軍閥同士の内戦を、伝統と格式を持たない者が権力を握るから起きた事態と考えていた。そしてそれは元老院こそ至高の存在とする選民思想を育んでいく事となる。


 こうして銀河中の主要惑星を治める多数の総督は、そのほとんどが帝都の有力な貴族から選ばれる事が決まった。

 それはつまりこの総督の地位を求めて、多くの帝国貴族が元老院に贈賄を行なう事を意味しているが、それが公になる事は無いだろう。

 このようにして元老院は長きに渡って銀河中の富を牛耳ってきたのだ。



 ◆◇◆◇◆



 元老院で決議された事は、書類に纏められて皇帝の宮殿インペリアル・パレスのルクスの下へと運ばれた。

 如何に政治は元老院が行なうという取り決めが為されているとはいえ、国内政策の実施には名目上の国家元首である皇帝の署名が必要だったのだ。


「元老院は皇帝を政治の舞台から摘まみ出す考えらしい」


 執務室のデスクで書類を確認したルクスは自嘲気味に笑う。

 歴代の皇帝達が政務を行なってきたこの執務室は、皇帝の仕事場に相応しく豪華な調度品と装飾に彩られていたが、政治の実権が元老院の移行した今となってはその豪華さもルクスには虚しく滑稽に思えてならなかった。

 書類から目を離し、辺りを見渡したルクスは、不要な物は売り払うなりして処分しようか、などと考えたほどである。


 そんなルクスに対して、軍務でたまたまルクスを尋ねていたパリアは不満を口にする。


「皇帝陛下、帝国の秩序を取り戻すために命を懸けて戦ったのは我々です。だと言うのに、なぜ陛下は全てをあんな俗物達にあっさりと引き渡されてしまったのですか?」


「挙兵の時に言っただろう。我等は帝国のために戦うのだと。決して帝国を我が物とするために戦ったのではない」


「それは理解できます。ただ兵の中には元老院のやり方を不満に思う者も少なくなりません。そんな所に、このような元老院決議を発表されては、兵達の不満が爆発しかねないと思うのですか?」


「ふん。真っ先に爆発するのは君では無いのかね?」


「……ご冗談を。いくら私でもそこまで浅はかでは、ありま、せん」


 頬を赤くして視線を逸らすパリアは、何とも歯切れの悪い返しをする。

 どうやら自信を持ってルクスの指摘をはね除けられないらしい。


「いずれにせよ。今現在、帝国の政権を担っているのは元老院だ。私にはどうする事もできん」


「では皇帝とは、一体何なのですか?」


「帝国と臣民を守る指導者、と言ったところかな」


「元老院は今や帝国と臣民にとって有害な存在ではないでしょうか?」


 パリアの問い掛けに、ルクスの目は一気に鋭さを増す。


「貴官はその発言が何を意味しているのか分かっているのか?」


「無論です。これを元老院への不敬罪だと仰るのであれば、どうぞ私を捕らえるが宜しい。ですが、これだけははっきりさせておきます。私は帝国と臣民のために戦うあなたに忠誠を誓ったのです。帝国でも、まして元老院でもありません」


「貴官の忠義には心より感謝する。そしてその信念には必ず応える事を約束しよう」


「え? へ、陛下、それは?」


「意味は想像に任せる」


 意味有り気な笑みを浮かべるルクス。

 それに対して、ルクスの内心を察したパリアは同じく意味有り気な浮かべ返し、姿勢を正すと敬礼をする。

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