凱旋後のティータイム
帝都に凱旋したルクスは、しばらくは元老院が用意した数々の祝宴や祝典に参加させられて多忙な日々を過ごした。
そしてそれ等が一通り終わった後、彼は真っ先にクリーヴランド公爵家の邸を訪れた。
皇帝が臣下の邸に
同行した衛兵もルクスの希望により、やや離れた位置に配置されており、衛兵の大部分は邸を取り囲むように展開していた。
そのため今、ルクスの傍にいるのは大きな赤い薔薇の花束を抱えているフルウィのみだった。
「皇帝陛下、お忙しい中、当家にお越し頂けて光栄の至り」
そう言ってルクスを出迎えたのは、ファウスティナ・クリーヴランド。
この邸の主人である彼女は公爵家を代表して皇帝を邸に迎え入れた。
「あ、ああ。それはそうと、ファウスティナ、やはり怒っているか?」
銀河帝国皇帝であるルクスは、目の前の令嬢一人に珍しく狼狽えている。
「はて? なぜそのようにお思いになられているの?」
まるで試すかのようなファウスティナの返しに、ルクスは彼女が不機嫌なのを確信した。
「インペリウムに凱旋して、すぐにあなたの下を訪ねなかった、から」
やや気まずそうにしつつも、幾多の戦場を勝利に導いてきたルクスの頭脳が答えに辿り着いてしまった以上は、彼女の問いに答えないわけにはいかない。
そう覚悟を決めた彼の判断は正しく、ファウスティナの表情は少しだけ和らぐ。
「理解しておいでのようで何よりです」
「だ、だがな。これは仕方がないではないか。インペリウムに戻ってから今日までずっと席を外す
「本当かしら? 大方、宮殿での祝宴で美女に囲まれて祝杯でも上げていたのではないの?」
「そ、そんなに言うのであれば、あなたも宮殿まで足を運んでくれれば良かったのではないか?」
「ムッ! ルクスがまたここを訪れるって言ったのではありませんか! だから私はあなたが来てくれるのをずっと待っていたのよ!」
ファウスティナが再び機嫌を損ねてそっぽを向く。
その時だった。まだ成長期の小柄な身体で持つには大きすぎる薔薇の花束を抱えているフルウィが足元を滑らせて転びそうになってしまう。
「うわッ! ッと!」
寸での所で姿勢を正して転倒の危機は免れるも、ルクスとファウスティナの視線を一身に集めたフルウィは恥ずかしさのあまり抱えている薔薇と同じ赤色に顔を染める。
「も、申し訳ありません」
薔薇の花束で顔は隠れて見えないが、申し訳なさそうな弱々しい声で謝罪するフルウィに、ファウスティナは小さく笑う。
「ふふ。いえ。私こそ気付かなくてごめんなさいね。……ねえルクス、これはこの花束は私への贈り物かしら?」
「も、勿論だ」
ルクスは柄にもなく慌てた様子で、フルウィから花束を受け取ると、恐る恐るファウスティナに渡そうとする。
「女性に贈り物なんて、ルクスも成長したものね。昔のあなただったら絶対に何も持ってこなかったわ。まあ、せっかくフルウィ君が運んできてくれたんだから、受け取らないのも悪いし、ここは貰っておきましょうか」
そうは言いつつも、ファウスティナは嬉しそうに花束を受け取った。
薔薇を自身の顔に近付けて、花のかぐわしい香りを堪能する。
「良い香りね」
「……」
ファウスティナの反応を見て、内心で安堵の息を漏らすルクス。
その微妙な表情の変化は、傍目からは中々分かりにくくはあったが、常に彼の傍らにいるフルウィはその些細な変化を見逃さず、普段見られない主人の一面に思わず笑い出しそうになってしまう。
「さて。いつまでも立ち話も難だから、奥でお茶でも飲みながら話しましょう。ロバートが用意してくれているから」
ファウスティナに案内されて、ルクスとフルウィは庭園を一望できるバルコニーへとやって来た。
そこではルクスに負けず劣らずの美男子である執事のロバート・エインズワースが紅茶の用意をしていた。
ルクスとファウスティナは向かい合うようにテーブルにつき、ロバートが二人の前に紅茶を差し出す。
帝国屈指の名門公爵家の名に恥じない、高価なティーカップに高級な紅茶が注がれた。
途中、フルウィが何か手伝える事が無いかとロバートの様子を窺うような仕草を見せるも、ロバートのあまりに手際の良い仕事ぶりの前に介入する隙がまったく無く、結局見ている事しかできなかった。
「ところでルクス、しばらくはインペリウムに留まれるのかしら?」
「その予定だ。帝国全土の平定もおおよそ完了したからな」
「でも辺境じゃまだあなたに従わない中小規模の軍閥が残ってるんでしょ?」
「大した脅威にはならん。帝国の立て直しと平行して進める軍管区の再編計画が実現した暁には、それ等の軍閥もこの宇宙から消滅するだろう」
「なら安心ね。インペリウムに滞在するって言うなら、これからはもっと頻繁に会いに来てくれても良いわよ」
「当分は難しいだろうな。インペリウムには留まるが、宮殿からはおそらく離れられん」
「……そう」
残念そうな顔をするファウスティナ。
そんな彼女を見て、ルクスは逆に嬉しそうな顔を浮かべた。
「そんなにも私に会えないのが残念だというのであれば、ファウスティナの方から私を訪ねてくれても構わないのだぞ」
「え? ざ、残念って思い上がりも良いところだわ! 別にルクスに会えないのが残念とか寂しいなんて微塵も思っていないわよ!」
「ふふ。まあ、そういう事にしておこうか」
心底楽しそうに笑うルクス。
その顔を傍らから見ていたフルウィは、普段見せる事のない主人の無邪気な笑顔を目の当たりにして驚くのだった。
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