毒巣に蝕まれた帝国

 ノワール軍閥、そして近衛艦隊を打ち破ったセウェルスターク軍は、帝都インペリウムへの帰還の途に就いている。

 インペリウムを目前にし、もう少しで帝都の重力圏に入ろうかと言う頃、ルクスは供も付けずに一人で旗艦ヴァリアントの第一観測室に身を置いていた。


 広大な宇宙空間での戦闘では、敵を探すための目の役割を担うのはレーダーだが、電波妨害が激しいなどの理由でレーダーが万能とは言えない状況も多々ある。

 そうなった時、敵をいち早く捕捉した方が戦いを有利に運べる戦場では、人間による目視も重要な意味を持つ。


 戦闘時には多数の観測員が詰めているこの観測室も戦闘態勢はおろか警戒態勢すら解除されている今は無人状態であり、ルクスはただじっと眼前に存在するインペリウムという星を眺めている。


「こんな国、存続させて一体何になるというのか」


 そう呟くルクスの視線は、どこか軽蔑のような感情が含まれているようだった。


 やがてルクスが左手首に付けているリスト・デバイスが無機質な音を奏でる。

 それは通信が入った事を知らせる着信音だった。


 少しだけその着信音を無視して、インペリウムを眺めていたルクスは、静かに目を閉じると左腕を動かして胸の辺りまで上げる。

 右手でデバイスを操作すると、着信音は止まって代わりにフルウィの声がデバイスから聞こえてきた。


「ルクス様、一体どこにおられるのですか!? 勝手にいなくなられては困ります!」


 ご立腹な様子のフルウィの声を聞いたルクスは小さく笑みを浮かべる。


「ふふ。すまん。艦橋で待っていろ。すぐに向かう」


「絶対ですよ! すぐに来て下さいね!」


「ああ。分かっている」


 そう言って通信を切ると、ルクスはすぐに観測室を後にした。



 ◆◇◆◇◆



 ルクスが凱旋した帝都は、街を挙げてのお祭り騒ぎという有り様だった。

 元老院は、ノワール軍閥及び近衛艦隊討伐を祝うために国費を投じた式典を催していたのだ。

 街全体を豪華絢爛に装飾し、帝都の住民には一時金を下賜されて、インペリウムは帝国の繁栄ぶりを凝縮したかのような華やかさに満ちる。


 かつて帝国では、戦争の勝利の際に似たような式典を催す事が度々あり、その時は最大の見世物として近衛艦隊が帝都の上空を航行する軍事パレードを行なっていた。


 しかし、その近衛艦隊はもうこの世には存在しない。

 そのため近衛艦隊の代わりに凱旋したばかりの第十三艦隊を初めとするセウェルスターク軍の各艦隊が帝都の上空を飛翔して帝国の威光を臣民に見せつけるのだった。


 皇帝の宮殿インペリアル・パレスに入城したルクスは、元老院議長アダム・ガーディナー公爵を初めとする多数の元老院議員の出迎えを受けた。


「皇帝陛下、我等元老院一同、この度の大勝利を心よりお祝い申し上げます」


 ガーディナーがそう言って頭を下げる。

 それに続いて彼の後ろに控えている議員達も頭を下げる。


「実に素晴らしい祝典だな」


「即席ではありますが、帝国の栄華を万民に示し、陛下の勝利を讃える上で至高のものをご用意できたと自負しております。祝宴の場を設けております故、どうぞこちらへ」


 ガーディナーに促され、ルクスと彼に続く諸将は皇帝の宮殿インペリアル・パレスの奥へと歩みを進める。


 ルクス達がやって来た広大な広間には、元老院議員や大企業の重役、高級官僚に帝国貴族が豪華な衣装に身を包んで集まっていた。

 正に帝国の支配階級がここに集結している、と言った風である。


 彼等はルクスの姿を目にすると、右手に持つグラスを天に向かって掲げ「皇帝陛下万歳!」と叫ぶ。


 皆から喝采の声を一身に集めるルクスは最奥に設けられた玉座に座り、諸将は窓際にて宮廷料理人が作った高級料理を食べながら談笑に興じる。

 広間の中央では、楽団の演奏に合わせて着飾った紳士と淑女がダンスを踊っている。

 贅を尽くしたこの祝宴は、先ほどガーディナーが口にした通り、帝国の栄華を象徴しているかのようであった。


 その華やかな宴を玉座から眺めていたルクスは、すぐ隣に控えているフルウィにワインを持ってくるように指示を出す。

 如何に宴の最中と言っても皇帝であるルクスは玉座に座る置物のような存在であり、みだりに動き回る事はできない。


 フルウィは広間で料理やワインを運んでいる奴隷からワインを一つ受け取ると、すぐにルクスの下へと戻ってワインの入ったグラスを渡す。


 そのグラスを受け取ってワインを一口飲んだ時、ルクスは内心で、この祝宴の中では皇帝は奴隷よりも不自由らしい、と自嘲気味に笑う。


「お気に召しませんでしたか?」


 ワインを飲んだ瞬間に表情が変わったので、フルウィは不安そうな顔を浮かべる。


「いいや。そんな事は無い。それよりもせっかくの機会だ。私に構わず好きに料理を食べてくると良い。ずっと味の薄い軍用食ばかりで飽き飽きしているだろ」


「い、いいえ! 僕は奴隷ですので、あのような高貴な方々がお召し上がりになる料理を食べるわけには、」


 フルウィがやや強めの口調でルクスの提案を断ろうとしたその時だった。

 彼のお腹が豪快な音を立てて、空腹を訴える。


 育ち盛りのフルウィが銀河でもトップクラスの腕を持つ宮廷料理人の作った香ばしい料理の香りを嗅げば、食欲が刺激されないはずが無い。

 腹の音を聞かれたフルウィは、顔を真っ赤にして恐る恐るルクスの顔を見る。

 

 その様を見て、ルクスは思わず笑い出した。


「わ、笑わないで下さいよ、ルクス様」


「ふふ。すまん。では私に、今度は何か料理を運んできてくれ。そんなに多くは要らんから、美味そうな物を幾つか見繕ってな。ちゃんと味見をして慎重に吟味しろ」


「味見? ……は、はい! 頑張ってルクス様の舌を唸らせる料理を見つけます!」


 料理を堪能するのではなく、主人に食べてもらう料理を厳選するために味見をする。

 そういう大義名分を得たフルウィは、壁際のテーブルに並ぶ料理に手を伸ばしては食していった。

 それは今まで食べた事が無いような美味なものばかりで、フルウィは感激のあまり涙が出そうにもなった。


 フルウィがルクスの下を離れた後、入れ替わるように豊かな長い銀髪をした女性提督パリア・マルキアナ中将がやって来た。


「あまり楽しそうではありませんね、皇帝陛下」


「理由は言わずとも分かっているだろう?」


「ええ。勿論です。ノワール軍閥を討ったと言っても、まだ陛下に従わない中小勢力は少なからず存在します。内戦は終わったわけではないというのに、これだけの国費を投じた盛大な祝宴は、物資と資金、そして労力の無駄、とお考えなのでしょう?」


 全てお見通しと言わんばかりに、パリアの鋭い赤色の瞳がルクスを見据える。


「民心を繋ぎ止めるために娯楽を提供する、という意味では、この祝典にも意味はある。だが、それにも限度がある。元老院はどこまでいっても銀河の全ては自分達のものと思い込みから抜け出せないらしい」


 国庫に納められているお金は、本来、帝国の安定と臣民の平穏を維持するために使われなければならない。

 にも関わらず、元老院などの帝国の支配層は、このような事に平然と国費を湯水のように垂れ流していく。


「帝国は根本的なところに毒巣を抱えているようですね」


「しかしその根は広く、そして深く張っている分、もはや帝国はその毒巣が無くては生きられない。まったく無様なものさ」


 ルクスは嘲笑うかのような笑みを浮かべながら、この広間に集まって談笑に興じる帝国の支配者達を見渡すのだった。

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