ランブル星系の戦い
「何!? ノワール提督が戦死しただと!?」
近衛艦隊司令官オルガ・ヴァリルーシ大将は、驚愕のあまりに無意識のうちに席から立ち上がって声を荒げる。
近衛艦隊旗艦プラエトルの艦橋にヴァリルーシの声が響き渡ると、艦橋要員の兵士達は萎縮して気まずそうな表情を浮かべた。
「は、はい。さらにメロディング星系がセウェルスタークの手に落ちたようです」
「ノワールめ。存外と不甲斐ない奴だ!」
幕僚の報告を聞き終えたヴァリルーシの脳裏は、驚きから次第に怒りへと変わっていく。
「セウェルスタークは、シャーム星域全域に展開しているノワール軍閥に対して恭順を呼びかけています」
しかしその一方で、セウェルスターク軍から恭順を求める連絡は、近衛艦隊には届いてはいない。
それはつまり近衛艦隊を許す気は毛頭なく、セウェルスターク軍は近衛艦隊を叩き潰す考えだという事を示唆している。
「ノワール提督が戦死した今、各地のノワール軍の部隊がセウェルスターク軍に下るのは時間の問題です」
「……このままでは敵の手の中で孤立してしまうと言いたいのだろう。先日までのセウェルスタークのように」
「は、はい。申し上げにくいのですが」
「我等の旗頭はもはや存在しない。これ以上の戦争継続は無意味、か」
近衛艦隊はノワール提督を真の皇帝として担ぎ上げる事で、ルクスに反逆を起こす大義名分としていた。
しかしそのノワール提督が戦死した以上、近衛艦隊が掲げる大義名分は存在しなくなったと言っても過言ではないだろう。
「如何致しましょうか?」
幕僚の一人がヴァリルーシに決断を求めた。
このままセウェルスターク軍と戦ってルクスを討てば、少なくとも玉座は持ち主を失って近衛艦隊が再び権勢を取り戻す事もできるだろう。
だが、今の戦力でセウェルスターク軍に戦いを挑んだとして、勝利を得られるかというと微妙なところだった。
「……全艦、最大戦速! セウェルスターク軍を打ち破って、近衛艦隊の栄光を銀河中に知らしめるのだ!!」
ヴァリルーシは戦う事を決断した。
セウェルスターク軍に降伏して、敗軍の将として惨めな姿を帝国中に晒すくらいなら、華々しく戦って近衛艦隊の名誉を守ることの方が良いと考えたのだ。
◆◇◆◇◆
セウェルスターク軍と近衛艦隊は、シャーム星域の交通の要所であるランブル星系にて対峙する。
戦力としてはセウェルスターク軍が圧倒的有利であり、一見すると近衛艦隊に勝算があるようには見えない。
しかし、セウェルスターク軍はノワール軍との戦いを終えてから、まともな補給を受けていない事もあって、物資面でやや不安を抱えている。
敵艦隊を主砲の有効射程に捉えようとした直前、旗艦ヴァリアントに近衛艦隊から通信が届く。
ルクスはすぐに通信回線を開くように指示すると、司令官席に座る彼の正面に立体映像のテレビ画面が表示された。
その画面には、近衛艦隊司令官であるヴァリルーシの姿が映し出されている。
「第十三艦隊司令官ルクス・セウェルスターク提督、私はお前を弾劾する!」
「ふん。皇帝陛下、と呼ぶべきではないかね、近衛艦隊司令官オルガ・ヴァリルーシ提督」
「残念ながら私はお前を皇帝とは認めない」
「ほお。元老院から正式な承認を得て即位した私をか?」
「武力を以て元老院を脅して得た帝位などに、何の効力もありはしない」
ヴァリルーシの主張を聞いたルクスは小さく冷笑する。
「ユリアヌスを暗殺して、私をインペリウムへと迎え入れたのは一体どこの誰だったか」
「くッ! ……お前は栄光ある銀河帝国の誇りと伝統を穢した。この一点だけを取ってもお前は皇帝に相応しくない」
「帝国の誇りと伝統とは何だ? この広大な銀河の富と資源を、帝都に引き籠る元老院と近衛艦隊が好き放題に貪り尽くす事か?」
「黙れ! そのような無礼な発言は断じて容認できん!」
「お前達の専横により帝国は長い年月を掛けて痩せ衰えて、その果てに内戦状態に陥った。この期に及んでまだ貪り足りないというのか?」
「帝国が銀河系を統治し、社会秩序を安定させるために我等は為すべき事を為したまで! 帝国を盤石にする事こそが全人類の幸福へと繋がるのだ!」
「もう良い。どうやらあなた方とはどうあっても相容れないらしい」
ルクスはゴミでも見るかのような嫌悪感に満ちた視線をヴァリルーシに向ける。
対するヴァリルーシも似たような目をルクスに向けた。
「そのようだ。では後は砲火を以て決するのみ」
ヴァリルーシがそう言うと通信は一方的に切られて、メインモニターには捕捉している近衛艦隊の映像が映し出された。
「皇帝陛下、敵艦隊を有効射程に捉えました」
艦隊参謀長フォックス中将が一歩前に出て、そう報告をする。
それは戦端が開かれる合図でもあった。
「全艦隊に砲撃開始を命じろ」
両軍の戦力には大きな開きがあった。
セウェルスターク軍の方が圧倒的に優勢だったのだ。
また近衛艦隊の将兵の多くは、帝都インペリウムに根を下ろし、帝国の富を懐に抱えて私腹を肥やしてきた帝国貴族とその臣下達であり、実戦経験豊富なセウェルスターク軍の将兵と比べると明らかに質が劣っていた。
そのように、質と量のどちらもが劣っている近衛艦隊に勝ち目があるはずもなく、戦いはほとんど一方的な蹂躙のような様相を呈している。
「敵は無謀な突撃ばかりを繰り返している有り様です。おろらくは陛下御一人を撃てば勝てると踏んで、捨て身の攻撃に出ているのでしょう」
フォックス中将は嘲笑うかのような笑みを浮かべながら、私見混じりの報告を行う。
昔は皇帝直属の精鋭部隊として、銀河中に勇名を馳せた近衛艦隊も帝都インペリウムでの豪華絢爛な暮らしの中で、腐敗と怠惰に汚染されてしまっていた。
そんな彼等の戦いぶりは、実戦経験が豊富なフォックスなどには滑稽に見えてならなかったのだ。
そしてそれは、ルクスの目から見ても同様だった。
「ふん。ならばこちらは群がってきた虫を集中砲火を以て応えるまで。前衛中央部を少し下がらせて、敵を誘い込め。敵が自分達の攻勢が効いていると勘違いする程度にな」
「仰せのままに、陛下」
セウェルスターク軍の前衛中央部を担っているのは、ルクス子飼いの第十三艦隊。
歴戦の猛者揃いの第十三艦隊は、巧みな艦隊運動を展開して近衛艦隊を自身の懐近くまで誘導。
そのまま半包囲状態に持ち込んで、多方向からの集中砲火を浴びせる。
無数のエネルギービームの直撃を受けて炎上しながら沈みゆく敵艦を眺めながら、ルクスはおもむろに口を開く。
「フルウィ、よく見ておけ。新たな時代に適応できなかった者の末路を」
「新しい時代に、ですか?」
「古いモノにしがみつき、新しいモノに順応できない人間は、いつの時代でもああなる事が歴史の常。そしてそれは、いつ我が身の事となるかは誰にも分からない」
フルウィはルクスの言う事がよく理解できないようで、頭の上にハテナマークを浮かべたような顔をする。
その様を見たルクスは思わず笑い出して「戯れ言だ。気にするな」と呟いてこの話は終わりとなった。
近衛艦隊の艦艇は、ルクスが出した降伏勧告に一切応じる事はなく、戦闘を継続。
やがて全ての艦艇は撃沈されるか戦闘不能に追い込まれて、近衛艦隊司令官であるヴァリルーシも戦死した。
これによりランブル星系の戦いはセウェルスターク軍の勝利で幕を閉じるのだった。
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