強襲作戦

 マルヴァンス星系の戦いに敗れたノワール提督は、メロディング星系まで後退して戦線を立て直そうとしていた。

 シャーム星域各地から動員可能な艦艇をかき集めて、先の戦いの参加戦力に比べると質と量ともにかなり劣るが、それなりの戦力を集結させる事に成功した。


「老朽艦や民間の武装商船まで集めはしましたが、残念ながらマルヴァンスの時よりも艦艇数は大きく下回っています」


 第十七艦隊参謀長フランシェ中将は、やや不安を滲ませた表情を浮かべつつも淡々とした口調で報告を行う。


「仕方がないさ。だが、心配は要らん。どうせ敵は袋の鼠だ。近衛艦隊が奴等の退路を塞いだ今、我等は最初の攻勢のみ防ぎ切れれば良い。違うか?」


「仰る通りかと」


 近衛艦隊が、セウェルスターク軍の後方艦隊を撃退した事で、セウェルスターク軍は帝都との連絡線が断たれた事になる。

 これによりセウェルスターク軍はシャーム星域のど真ん中で孤立した。


「今は一隻でも多くの艦艇が欲しい。とにかく武装した船なら何でも構わんから、全て召集しろ」


「はい、閣下」


 補給線が断たれているセウェルスターク軍は時間が経てば経つほどに物資が少なくなって弱体化していく。

 ノワールは、ただ敵が弱くなるのを待てば良いのである。


 この防御を主軸にした戦略は、元々フランシェ中将が提案したものであり、マルヴァンス星系の戦い以前から、彼はこの方針を主張していた。

 しかし、正面からセウェルスターク軍を打ち破る事に拘ったノワールによって却下されていたのだ。


「ヴァリルーシがもっと早く到着していれば、このような事態にはならなかったものを」


「仕方がありますまい。彼等はセウェルスタークの監視の目を掻い潜りながら、兵と艦艇を確保していたのですから」


「インペリウムを治めている指揮官はたしかアルビオンとか言ったか?」


「はい。ユリアヌス軍閥からセウェルスターク軍閥に寝返った提督と聞いております」


 ルクスが遠征軍を率いて出立した後、帝都インペリウムの留守を預かっているのは、帝国軍参謀本部総長クロード・アルビオン上級大将だった。

 内政面は元老院とルクスが選んだ行政官が共同で行なっているが、戦時下である事もあって、事実上の統治はアルビオンに委ねられていると言って良かった。


「さしづめガキ大将の子分と言ったところか。セウェルスタークを討ったら、次はそいつも討ち果たしてくれるわ」


 ノワールが反撃の決意を固めていたその時、旗艦シャルルマーニュに警報音が鳴り響く。

 続いて索敵オペレーターが「敵艦隊を捕捉!」と報告した。


「遂にここまで来たか。思っていたよりも速いな。まあいいさ。全艦隊、戦闘用意! 敵を正面から迎え撃つ!」


 ノワールは正面から決戦を挑む事を決意する。

 というよりも、そうするしかなかった。

 セウェルスターク軍の進撃が予想以上に速かったために、万全の迎撃態勢を整える事ができなかったのだ。


 ノワール軍が戦闘隊形を取るのを、旗艦ヴァリアントの艦橋にて確認したルクスは小さくほくそ笑む。


「敵の陣容はまだ整っていないようだな。今が攻める好機だな」


「しかし陛下、こちらも強行軍で脱落した艦艇が多数出ております。ここまで到達できた艦は、およそ八割と言ったところかと」


 艦隊参謀長フォックス中将は、現状の戦力を確認しながら報告を行なう。

 セウェルスターク軍は、軍事常識を遙かに上回る速度で進軍してノワール軍を叩こうとしていた。

 しかしその行軍は、艦の機関部にかなりの負荷を負わせてしまい、脱落艦が出てしまうのはやむを得ない事だった。

 とくに小型で、戦艦や巡洋艦に比べると長距離移動に難を抱えるフリゲート艦や駆逐艦は同行を断念させたほどである。


 「むしろ二割で済んだのであれば安いものさ。このまま突撃して、ノワール軍を一掃するぞ!」


 両軍は正面から正攻法による艦隊戦を展開する。

 無数のエネルギービームが双方の間を交差し、強大な熱量を以て敵艦を葬り去る。

 激しい攻防はしばらく一進一退の様相を呈するも、強行軍の影響もあってか次第にセウェルスターク軍が押され気味になっていく。


 旗艦シャルルマーニュにて艦隊の指揮を執るノワールは、自軍の優勢に機嫌を良くして、このまま一気に敵艦隊を殲滅しようとする。


「全艦、陣形を密集させろ! 敵艦隊中央部に集中砲火を浴びせつつ前進して、敵艦隊を分断する!」


 勢いを味方に付けたノワールは、このまま大胆な攻勢を掛けて一気に勝利を掴み取ろうとする。

 今のノワール軍は、各地から寄せ集めた混成艦隊であるため、入念に整えられた指揮系統を必要とする緻密な作戦計画を遂行するのは非常に困難な状態にある。

 そのため、積極的な攻勢を掛けて短期決戦で勝負を着けなければ、少しずつ自軍が不利になっていく事を理解していたのだ。

 だからこそノワールは、この好機を逃すわけにはいかなかった。


 ノワール軍の攻勢の前に、セウェルスターク軍の戦線は左右に分断されていく。


 その戦況を旗艦ヴァリアントの艦橋から確認していたルクスは「作戦を次の段階に移せ」と落ち着いた様子で指示を出す。


 ルクスの命令が配下の各艦隊に通達された瞬間、セウェルスターク軍は左右に分かれる形で進軍を開始。

 ノワール軍を左右から挟み込む形に展開した。

 その動きは、先のマルヴァンス星系の戦いでキャンベル提督が披露した艦隊運用を、セウェルスターク軍全艦隊で再現した格好だった。


「同じ手に引っ掛かるとは、ノワールも迂闊な男ですね、ルクス様」


 自軍の優勢にご機嫌な様子のフルウィは嬉しそうに声を上げる。


「フルウィ、よく覚えておけ。戦争に限らず、物事を思い通りに進めようとする上で重要なのは、主導権を他人に渡さず、こちらが握り続ける事だ」


「主導権、ですか?」


「戦力低下を覚悟の上で強行軍に及んだのは、その主導権を得るためだ」


 各地から艦艇をかき集めて戦力の再編成を図っている最中に強襲を掛ける事で、ルクスはまだ戦線が整っていない敵に攻勢を掛ける事に成功した。

 こうなるとノワールとしては、出てボロが出る前に短期決戦で決着を着けるしかないと考えるようになった。

 元々ノワールは先のマルヴァンス星系の戦いに敗れた事で、求心力を失いつつあり、長期戦を行なう事にはどうしても離反者が出るリスクが付きまとっていた。


 艦橋のメインモニターに映し出されている、集中砲火を浴びて無惨な姿と化していく敵戦艦の様子を眺めながら、ルクスは言葉を続ける。


「こちらが主導権を握った事でノワールは、短期決戦を挑むしか無くなり、冷静さを失った。その果てがあの醜態だ。……尤も退路を断たれた以上、短期決戦に持ち込まねばならなくなったのは我々も同様だがね」


 左右両面から集中砲火を浴び続けたノワール軍の艦艇は次々と撃沈されていき、遂にはノワール軍の旗艦シャルルマーニュも被弾。

 主砲に直撃を受けて、ビーム砲のエネルギーが暴発。

 続いて二発目、三発目の砲撃がシャルルマーニュの船体を貫いた事で、艦は内部から吹き飛んで爆沈。

 ノワール提督は艦と運命を共にした。

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