四面楚歌
マルヴァンス星系の戦いに勝利したセウェルスターク軍は、その宙域に留まって残敵の掃討を行なっていた。
逃げ遅れたノワール軍の残存戦力は、撤退する事もままならずに迫り来るセウェルスターク軍の艦艇に応戦を余儀なくされて次々と撃沈されていく。
「二時方向から敵戦艦が接近してきます!」
旗艦ヴァリアントのレーダーが接近する敵戦艦を探知する。
しかしその艦は、船体の数カ所が破損しており、艦砲も幾つかは使用不能になっている。もはや、まともに戦闘できる状態には見えない。
「あれで逃げずに向かってくるとは、大した度胸ですな」
艦隊参謀長のフォックス中将がメインモニターに映し出された敵戦艦を目にしながら呟く。
「大人しくこちらの降伏勧告を受託してくれれば良かったのだが、従わない以上は仕方がないな。集中砲火を浴びせて沈めろ」
「はい陛下。仰せのままに」
ノワール軍の残存戦力はそのほとんどが壊滅するか逃走しており、戦場に取り残された艦艇はごく僅か。
そんな敵を殲滅する事は、セウェルスターク軍にとっては造作も無い事だった。
残敵は放置して、このまま前進しても良かったのだが、パリアの駆逐艦隊の猛攻からノワール軍が散り散りとなった影響で、ノワール提督の旗艦シャルルマーニュの所在が戦闘終盤から捕捉できなくなってしまい、撃沈されたのか、逃亡したのかが変わらなかったため、ノワール軍閥の指導者の生死を確認する必要が発生していたのだ。
「皇帝陛下、周辺を何度も精密スキャンしましたが、シャルルマーニュは確認できません」
「敵艦艇の残骸も確認させましたが、シャルルマーニュらしき艦を発見したという報告はありません。おそらく既に逃亡したものと思われます」
報告を受けたルクスは、ノワールは戦死せずに逃げ延びていると結論付けた。
「味方の兵を置き去りにして、自分だけ逃げ出すなんてノワールはとんだ卑怯者ですね」
ルクスの横に控えているフルウィが言う。
「まあ、そう言ってやるな、フルウィ。頭が倒れては組織は崩壊する。奴は逃げ延びた事で、己の軍閥を辛うじて生き残らせる事に成功し、我々の戦いはまだ続く事になる。組織を持続させるという意味では、ノワール提督の判断は正しい」
「ですが、手足が無くなっても、組織は崩壊すると思います」
「そうだな。だが頭と違って、手足は替えが効く。それが人類社会というものだ。良くも悪くもな」
「……」
フルウィは不満そうな顔を浮かべる。
奴隷である彼は、常に替えが効く手足の側に立っている。それはつまり自分が、ノワールに見捨てられた敵艦隊の将兵達と同じ、いやむしろそれ以下の立場にいる事を、運命付けられている事を意味している。
その考えがフルウィの脳裏に浮かんだ瞬間、彼の頭には不満や疑念が一気に広がった。
「……」
自分が何を考えているかと理解した途端、フルウィは頭を左右にブンブン振り回して雑念を振り払う。
奴隷の身で自身の境遇に不満や疑念を抱くのは、決して良い傾向とは言えない。少なくともフルウィはそう考えている。
「フルウィ」
「え? あ、は、はい!」
「お前が今、頭に思い浮かべた事は、あまり褒められたものではないかもしれない。だが、私としては、お前には善し悪しに関わらず、ありとあらゆる思考を巡らせる事を望んでいる。だから一度芽生えた気持ちを無下にするな」
「は、はい。分かりました」
ルクスの言葉の意図を図りかねてはいるものの、フルウィは一応返事をする。
ルクスとフルウィの会話が一段落ついたところで、艦隊参謀長のフォックス中将がルクスの前に立つ。
「皇帝陛下、各艦隊より残敵掃討を完了したとの報告が届きました」
「宜しい。各艦隊の被害状況を確認しつつ陣形を整えろ」
「針路はどこへ設定しましょうか?」
「惑星メロディング。そこにセットしろ」
惑星メロディングは、ノワール軍閥の最重要拠点となる星で、ノワール軍閥の首都とも言える星。
ここを征した時。それはノワール軍閥の終焉を意味すると言って良い。
ルクスの手は、着実にノワールの喉元へと伸びようとしていた。
◆◇◆◇◆
セウェルスターク軍がシャーム星域を横断し、ノワール軍閥の首都であるメロディングを進軍する最中、旗艦ヴァリアントに悪い知らせがもたらされた。
“近衛艦隊が反旗を翻し、カルキッシュ星系へと到達して、後方艦隊を攻撃した”
「これでは我々は、後方との連絡線を断たれて、敵地で孤立した事になりますぞ!」
ヴァリアント艦長ファウスト准将が声を荒げた。
シャーム星域の大部分は、未だ敵の手中にあり、彼の言う通り現状セウェルスターク軍は敵地のど真ん中に取り残された文字通りの四面楚歌という格好となっていた。
「分かっている。……まったく帝都の奴等は何をやっていたのだ。近衛艦隊の艦艇は全て抑えたのではなかったのか」
フォックス中将は静かながらも怒気の籠もった声で言う。
近衛艦隊の面々がセウェルスターク軍閥を快く思っていない事は周知の事実であり、彼等の離反は充分想定の範囲内だった。
だからこそ厳重な監視体制を築いて、今回の遠征に出たにも関わらず、いざ留守にしてみたら、この有り様では、彼が不満を抱いても仕方がない。
「魑魅魍魎が跋扈する帝都においてしょせん我等は余所者。帝都の内情に深く精通している連中に出し抜かれたとしても仕方がないさ」
「そう呑気にしてもいられませんぞ、陛下。現状我が軍は危機的状況にあります。帝都では近衛艦隊に同調する反乱分子による抵抗活動が続いており、アルビオン上級大将は帝都から離れられない以上、近衛艦隊は我々で対処しなければなりません。直ちに艦隊を反転させて近衛艦隊の迎撃に向うべきと思いますが、如何でしょうか?」
フォックス中将は近衛艦隊の迎撃を提案する。
近衛艦隊に敗れたという後方艦隊も全滅したわけでなく、その戦力は傷付きながらも未だ健在であり、彼等が全滅して組織的な抵抗が不可能になってしまう前に彼等を救援すべきと考えたのだ。
「しかし参謀長、ここで艦隊を反転させては、ノワール軍に背後を襲われます。いっそこのまま前進して、予定通りメロディングを落とす方が良いのでは?」
ファウスト艦長はフォックスとは逆の意見を提案する。
今のままでは、ノワール軍と近衛艦隊によって前後を挟まれるのは明白であり、不利な状態での戦いを強いられるだろう。
であれば、敵の態勢が整う前にメロディングを陥落させた方が良いと考えたのだ。
「皇帝陛下、如何対処致しましょうか?」
フォックスはルクスに決断を求める。
そして艦橋要員全員の視線がルクスに集まる。
その中で、ルクスは口を開いて命令を告げる。
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