マルヴァンス星系の戦い

 ルクスの率いる大遠征軍は、シャーム星域のカルキッシュ星系へと侵攻。

 当初ここでは、ノワール軍による激しい抵抗が予想されていたが、現地に到着した時、セウェルスターク軍の眼前に敵の姿は無かった。


 セウェルスターク軍の迅速な侵攻に対して、充分な迎撃態勢を構築できないと考えてノワール提督はカルキッシュ星系を放棄して、部隊を後退させていたのだ。


 ルクスは予定通りにカルキッシュ星系に橋頭堡を築き上げて、艦隊をシャーム星域のさらに奥へと進軍させる。

 そして両軍は、ノワール軍が艦隊を布陣させていたマルヴァンス星系にて対峙する事となる。


 二つの大艦隊は、ほぼ正面から衝突する形で接近し、有効射程の長い戦艦から順次砲撃を開始した。

 無数のエネルギービームが、敵艦を仕留めようと漆黒の宇宙空間を行き交う。

 やがて両艦隊の距離が縮まると、巡洋艦、そしてフリゲート艦が戦闘に参加して、戦場は膨大な量のエネルギービームで彩られる事となる。


「全艦、怯まず進め! 敵艦隊の中央部に集中砲火を浴びせろ!」


 ノワール軍の最高司令官である第十七艦隊司令官アンドレス・ノワール上級大将は、自ら旗艦シャルルマーニュに乗艦して艦隊の指揮を執っていた。

 艦艇数では敵に劣っている事を承知しているノワールは、中心に火力を集中させる艦隊編成を行なって、強力な突破力を以て敵艦隊を打ち破ろうと試みていたのだ。


「司令、敵の前衛を務めているのは、あのキャンベル提督との事です」


 参謀長フランシェ中将の報告を聞いたノワール提督は、一瞬だけ怒気に満ちた表情を浮かべる。


「キャンベルか。あいつにはこれまで散々手間を掛けさせられたからな。ちょうど良い。ここで宇宙の塵にしてやるぞ!」


 これまでノワール軍閥の勢力拡大を阻む工作をしてきたキャンベルへの恨みを晴らすべくノワール提督は、さらに攻勢を強めるように指示を出す。

 ノワール軍の猛攻を一身に受けるキャンベルの第二十五艦隊は、司令官の粘り強い指揮もあって強固な防衛線を築いて、敵の攻撃を幾度も凌いでいく。

 しかし、ノワール軍の激しい猛攻を受けて、第二十五艦隊は徐々に押され気味になり出す。

 そんな中、旗艦シャルルマーニュのレーダーが後方から迫る艦影を捕捉した。


「レーダーに感あり! 六時方向より接近する艦影多数! これは、フリゲート艦隊と思われます!」


 索敵オペレーターの報告を受けて、シャルルマーニュの艦橋に戦慄が走った。

 セウェルスターク軍が以前に、ラヴェンナの戦いで新型フリゲート艦である駆逐艦で、多数の戦艦や巡洋艦を撃沈して勝利を掴んだ事は、既に銀河中に知れ渡っている事だったからだ。


「おそらくラヴェンナで暴れ回ったという駆逐艦とやらでしょう。近付かれる前に叩かねば、こちらの戦線が崩されてしまいます」


 フランシェの言う事に、ノワールも同意見だった。


「分かっている。そのために今回はフリゲート艦を多数動員したのだ。すぐにフリゲート艦隊を迎撃に向かわせろ! それから念のために第二巡洋艦戦隊を後方に移動させておけ。フリゲート艦隊が打ち漏らした敵艦を確実に片付けろ」


 ノワールは今回の戦いに際して、多数のフリゲート艦を用意していた。

 それを艦隊の周囲に展開する事で、どこから駆逐艦隊が奇襲を仕掛けてきたとしても、本隊が襲われる前に対応できる態勢を作り上げていた。


 敵の別働隊の迎撃をフリゲート艦隊に一任して、艦隊の主力はあくまで正面の敵艦隊に火力を向け続けた。


 やがてノワール軍は徐々に第二十五艦隊の戦線を切り崩していく。


「敵前衛艦隊の艦列が崩れました!」


 オペレーターの報告を受けて、ノワールは司令官席から立ち上がって前へと進み出る。


「この好機を逃すな! 全艦、前に進め! 敵の戦線を突破するぞ!!」


 ノワール軍は、更に速度を上げて前進する。

 そのまま第二十五艦隊の懐近くまで接近して、至近距離から艦砲射撃をくらわせた。

 第二十五艦隊の艦列は中央部を中心に崩れていき、艦隊は二つに引き裂かれていく。


 このまま第二十五艦隊を突破して、敵の戦線を全面崩壊へと導こう。

 そうノワールが考えたその時だった。


 第二十五艦隊は突如、速力を上げて前進。

 ノワール軍の左右側面に回り込むように展開した。

 これによりノワール軍は、セウェルスターク軍の第二陣、そして左右に分かれた第二十五艦隊によって半包囲される格好となってしまう。


「小賢しい真似を! 構うな! 全速前進して敵の第二陣を食い破るぞ!」


 ノワールの声が旗艦シャルルマーニュの艦橋に響き渡った直後、シャルルマーニュのレーダーが正面に新たな艦影を捉える。

 

「艦隊正面に敵影を捕捉! こ、これは、フリゲート艦です!」


 索敵オペレーターの報告を受けて、ノワールの顔は一気に青ざめる。

 

「ま、まさか、こっちが駆逐艦か!」


 突如、目の前に姿を現したフリゲート艦隊は、ノワールの予想した通り駆逐艦隊であった。

 このパリア・マルキアナ中将が指揮する第一独立機動艦隊は、最大戦速でノワール軍に急接近。その快速を活かして懐近くにまで迫ると、太陽魚雷アポロンぎょらいを発射してノワール軍の艦艇を攻撃する。

 

 至近距離から正面衝突した両艦隊は、通常の艦隊戦では見られないような狭い空間内で戦闘を展開した。

 こうなると、小回りが効き、機動性が高い駆逐艦の方に軍配が上がり、ノワール軍の大型艦艇は次々と太陽魚雷アポロンぎょらいの餌食となる。

 そして左右に分かれた第二十五艦隊もそれぞれが艦砲射撃で、ノワール軍の戦線を圧迫していく。

 さらにここに、第一独立機動艦隊の後方に控えている、ルクス率いるセウェルスターク軍本隊が前進して、ノワール軍を畳み掛けようと動き出した。


「前衛艦隊が崩壊しました! 敵艦隊がこちらに向かって急速接近!」


 オペレーターの悲鳴のような報告が艦橋に響く。


「ええい! 陣形を固めて防御を厚くしろ! まともに戦えば、あんな小舟の艦隊などに我等が負けるはずがない!」


 ノワール軍は防御陣形を整えて、駆逐艦の攻勢を正面から迎え撃とうとする。

 しかし、セウェルスターク軍は陣形を左右に伸ばして、ノワール軍を半包囲する体形をさらに強化した。

 これによりノワール軍は敵の集中砲火を浴びせられる事になり、戦況はセウェルスターク軍の優勢となる。


 この状況を、旗艦ヴァリアントの艦橋で見守っていたルクスは自軍の優勢に満足している様子だった。


「このまま駆逐艦隊を全面に押し出して敵陣を圧迫しろ。敵の戦線はもう崩壊寸前だ」


 それから僅かな時が流れた後、ルクスの言う通りにノワール軍の戦線は崩壊。打ち破られたノワール軍の各艦隊はセウェルスターク軍の攻勢を逃れながらそれぞれ撤退を開始した。


 ここにマルヴァンス星系の戦いは、セウェルスターク軍の勝利で幕を閉じた。

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