ピレーヌ星系の戦い
銀河帝国軍とクテシフォン同盟軍は、ピレーヌ星系外縁部にて正面衝突して激しい攻防を繰り広げている。
大艦隊同士の艦砲の撃ち合いは凄まじく、短時間の戦闘で多くの艦艇が撃沈され、多くの将兵の命が失われた。
「思いの外、敵も粘り強いな」
ローランド元帥は不意に敵軍をそう評した。
いくら敵よりも数が劣っているとはいえ、寄せ集めの混成集団が相手であれば時間が経てば経つほど敵艦隊の陣形などにも綻びが出ると考えていたのだ。
「敵将クゼルークがよほど優秀な人物なのかもしれませんね」
総参謀長オリヴィエ大将がそう返すと、ローランドは小さく笑う。
「だが敵も戦局を動かすだけの決定打を欠いている。おそらく敵のあの粘り強さは辛うじて維持しているものでしかないはずだ」
「ではこちらから攻勢を強めて敵艦隊を圧迫しますか?」
「いいや。逆に艦隊を少し後退させろ。敵が寄せ集めなら、この誘いを受けて隙を見せるかもしれん」
ローランドの指示により帝国艦隊は戦闘陣形を維持したまま後退し始めた。
これを目にしたクテシフォン同盟軍艦隊の一部は、自軍の攻撃で敵が逃げ腰になっていると錯覚し、前進して攻勢を強めた。
艦隊の一部がクゼルークの命令を待たずに勝手に突出した事で、クテシフォン同盟軍艦隊の戦線は崩れ出し、ローランドの狙い通り隙を見せる格好となった。
「よし! 全艦隊、敵艦隊中央部に集中砲火を浴びせろ! 続いて駆逐艦隊を敵陣に突入させ、一気に敵艦隊の戦線を突き崩すぞ!!」
ローランドが全艦隊に砲撃命令を飛ばす傍らで、オリヴィエは後方で待機させていた駆逐艦隊各部隊に敵艦隊の具体的にどこへ攻勢を掛けるかの指示を出した。
それは敵の戦線を崩壊させる上で実に効果的なポイントを的確に突いたものであり、ローランドの指揮する帝国艦隊本隊の攻勢と合わせて、クテシフォン同盟軍艦隊の戦線は一気に崩壊へと追い込まれる。
元々が寄せ集めの艦隊なだけに、一度混乱が起きるとそれはあっという間に全艦隊に拡散していき、クゼルークはその収拾に奔走する。
しかし、彼自身もこれほどの大艦隊を指揮した経験が無く、広がり続ける混乱を収拾するのは困難を極めた。
「全艦隊、一時後退! 前衛の艦隊から順次下がらせろ! 我が本隊は前に出て、味方の後退を援護するのだ!」
クゼルークの迅速かつ緻密な指揮により、艦隊の後退は辛うじて進められていく。
しかし、敵を目前にしての後退は至難の業であり、ましてその敵がすぐ手近なところから大攻勢を掛けている最中とあっては、それを受け止めつつ味方の後退を支援するクゼルークの率いる本隊の負担は尋常なものではない。
「二時方向より敵駆逐艦隊が急速接近!」
索敵オペレーターの声が艦橋に響き渡り、クゼルークの脳裏に戦慄を走らせる。
「ヒュダック提督に迎撃させろ!」
クゼルークはすぐに指示を出すも彼の傍に控えている幕僚の一人が待ったを掛けた。
「いけません。ヒュダック提督は敵本隊の攻勢を食い止めるのが精一杯で、とても動けるような状態ではありません」
「やむを得ない。旗艦艦隊を前に出して、敵の攻勢を食い止めるしか」
「ですがそれでは、本艦に集中砲火が集まってしまう恐れがあります。もしクゼルーク提督にもしもの事があれば、我が軍は崩壊してしまいます」
もはや動ける部隊はクゼルークが直接指揮する旗艦艦隊のみだが、これを最前線に投入してしまうのは大きなリスクを伴う一手だった。
「それも分かるが、既に崩壊の危機にあるのだ。打てる手は全て打つしかあるまい」
「……承知致しました」
渋々ながらも幕僚は、クゼルークの考えを肯定した。
しかし、クゼルークも何の手も打たないわけではない。
「ティグラット提督に、後退した前衛艦隊を再編させて、遊撃隊として敵の側面を攻撃させろ。それで少しは敵の攻勢も弱くなるはずだ」
帝国艦隊が本隊と駆逐艦隊に分かれて攻勢を掛けてきたように、クゼルークも自軍を本隊と遊撃隊に分けて迎撃する事で、帝国艦隊の攻撃の勢いを削ぎ落とそうと考えた。
この遊撃隊の編成と指揮を任せたティグラット提督は、クゼルークが長年に渡って共に軍務に励んできた人物であり、この戦いでは背後からの奇襲を防ぐ後衛艦隊の指揮を担っていた。
さらに負傷兵の収容や損傷艦の回収及び修復、各艦隊への補給等も統括しており、後退してきた前衛艦隊がこれという混乱を起こしていないのもティグラット提督の采配によるところが大きい。
クゼルークの指示を受けたティグラットは即座に行動を起こす。
後衛艦隊と後退した前衛艦隊を再編成して遊撃隊を構築する。しかもそれを行ないながら艦隊を移動させて、帝国艦隊に攻勢を掛けるポイントに布陣。
準備が整うとすぐに攻撃に転じて、攻め寄せる帝国艦隊に痛烈な打撃を与えた。
「展開から攻撃までが早すぎるな」
ティグラットの指揮ぶりを見て、ローランドはそう評価した。
その意見にはオリヴィエも同意するが、彼はローランドほど落ち着いてはいない。
「いくら何でも呑気過ぎますぞ。あの遊撃部隊のおかげで我が軍の足は鈍ってしまいました」
「だが敵は、こちらが怯んで隙を晒したというのに、それには見向きもせずに逃げの一手だ」
「ええ。敵遊撃部隊も最初の一撃以外は攻勢に積極性が無く、いつでも撤退できる構えです」
「こちらが陣形を整え終わる頃には敵は去っているか」
「おそらくは」
「……ならば目の前の敵を全滅させようなどと欲をかく事は無い。我が軍の目的はこの星系に橋頭堡を築く事なのだから」
「しかし、敵の大部分は未だに健在な上に、我が軍は手痛い損害を受けました。ここで敵を逃しては今後の戦いに支障が出ないでしょうか?」
「下手に長期戦に持ち込み、仮に敵を全滅させられたとしても、我が軍も今以上に大きな損害を受けてしまう。そうなっては結局、今後の戦いに支障を来すだろう。であれば、ここは当初の目的を達成する事を優先すべきだ」
彼等の予想通りこの後、クテシフォン同盟軍艦隊はピレーヌ星系から撤退していった。
しかし、ローランドをこれを追撃しようとはせず、敵艦隊が星系外に出た事を確認すると、すぐに惑星バーリスへ向かって橋頭堡となる基地建設を始めた。
こうして銀河帝国軍とクテシフォン同盟軍の最初の戦いとなるピレーヌ星系の戦いは帝国軍の勝利で終了となる。
しかし、戦闘で失った艦艇数に目を向けると、銀河帝国軍の方が多くの損害を被っており、この戦いでの勝利が戦局全体にどれほどの影響を及ぼしたかは微妙なラインだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます