軍資金

 ピレーヌ星系の戦いに関する報告は、すぐにローランド提督から惑星アウグスタにいる皇帝ルクスの下へもたらされた。


「手始めとしては、まずまずといったところか」


 報告を聞き終えたルクスはそう短く感想を述べる。

 初戦の勝利を掴む事ができた事はたしかに喜ばしいが、敵戦力の大部分は取り逃がした上に、自軍には大きな損害を被ってしまった。


「ハーキュリー准将、ローランド提督への補給と増援艦隊の手配を頼む。クテシフォン同盟は思っていた以上に手強い相手のようだ」


「承知致しました、皇帝陛下」


 そう言いながら敬礼をしたのはアルケイデス・ハーキュリー准将。

 以前は第十三艦隊所属の戦艦エルキュールの艦長を務めていた軍人で、元老院批判を行なって軍部と元老院の対立を決定的なものとし、皇帝ルクスによるクーデターの火付け役を担った人物だ。

 現在は皇帝大本営の後方支援や兵站を担う後方局の局長を務めており、今回のアルサバース星域への遠征作戦での補給計画を任されていた。


「しかしながら陛下、些か厄介な事態が起きております」


「分かっている。戦費の問題だろう」


 これまでセウェルスターク軍閥は、根拠地だった惑星シスキアの豊富な財力を後ろ盾として戦費を調達してきた。

 セウェルスターク軍閥の勢力が拡大して以降は、傘下に取り込んだ諸侯や有力者などからの資金提供を受け、今では銀河帝国の税収も資金源としているが、度重なる戦乱と惑星アウグスタの開発事業などから流石に資金繰りに不安が現れつつあった。

 またルクスは民衆の支持を得るために減税政策を打ち出しており、それが国庫に少なからず負担を掛けていた事も一因である。


「排除した元老院議員とその協力者から接収した財産もありますので、今すぐに問題になる事は無いでしょう。しかしクテシフォン同盟との戦いが長引く事を考えますと……」


「やはりヴェニス銀行の融資が得られなかった事が響いているか」


 ルクスが口にした“ヴェニス銀行”とは、帝都インペリウムを中心に活動する銀河有数の大手銀行であり、セウェルスターク軍閥がユリアヌス軍閥を討ち果たす前後からルクスを資金面から援助していた銀行である。

 ルクスが元老院との対立を表面化して以降も資金援助は続いていたが、クテシフォン同盟との戦争には一切出資しないと言い出したのだ。


「ヴェニス銀行の幹部には、アルサバース星域出身者が幾人かいると聞きます。よもや裏で両者が繋がっているという事は無いでしょうか?」


「可能性は否定できんな。念のために、帝都防衛司令部には監視の目を付けておくように指示してある」


「そういえば経理局では、戦時国債の発行も検討されているとか」


 戦時国債とは、戦争遂行のための戦費を調達するために発行する債券の事だ。

 これまでにも多くの軍閥が戦費調達のために、支配領域の臣民に向けて多くの戦時国債を発行してきたが、セウェルスターク軍閥は戦時国債の発行を行なった事は一度も無かった。


「戦時国債の発行はリスクが大き過ぎる。インフレを招いて物価は上昇し、臣民の生活を圧迫する。それに戦後は国債の返済で、財政は圧迫され続けて戦後復興を滞らせるだろう」


「陛下のお考えは理解できます。とはいえ目前に財政難が控えているのを黙って見過ごすわけにもいかないかと」


「分かっている。私の方でも色々と掛け合ってみる」


「宜しくお願い致します、陛下」



 ◆◇◆◇◆



 惑星アウグスタの都市開発が急速に進む中、金策に奔走するルクスの下に帝都インペリウムから来訪者がやって来た。


「久しぶりね、ルクス」


 そう軽快な声で挨拶をするのはファウスティナ・クリーヴランド。

 長く綺麗な金色の髪に、宝石のように美しい青い瞳をした美女は豪華なドレスに身を包んでルクスの前へと姿を現した。


「いつも邸に引き篭もっていたあなたが邸どころかインペリウムを出て、このアウグスタまで足を運ぶとは流石に驚いたぞ」


「ふふ。私だってたまには旅行くらいしたいわ」


「旅行、か。こんな殺風景な星でなくてももっと観光に適した星はいくらでもあるだろうに」


 やや意地の悪そうな表情を浮かべて言うルクスに、ファウスティナは頬を膨らませて不満そうな顔をする。


「もう! あなたに会いに来たのよ! わざわざ言わせないでよね!」


「ふふふ。すまんすまん」


「まったく。人がせっかく良い知らせを持ってきてあげたのに!」


「良い知らせ?」


「ええ。聞いたわよ。今回のクテシフォン同盟との戦争にヴェニス銀行からの融資が受けられなかったんでしょ」


「ああ。そうだな。おかげで資金繰りに苦労していたところだ」


「そうでしょうね。だから我がクリーヴランド公爵家が融資してあげるって話を持ってきたのよ!」


「ふぁ、ファウスティナが融資をしてくれるのか!?」


「これでも名門公爵家だからね!」


 自慢げに語るファウスティナ。

 かつては歴代皇帝を輩出した皇帝一族の血も受け継ぐ名家中の名家であるクリーヴランド公爵家は、軍閥のような固有の武力こそ持たないものの、豊富な財力と貴族社会における強固な人脈と影響力を兼ね備えている。

 元老院や帝国貴族の力が大きく衰えたと言っても、それは決して侮れない規模を誇るだろう。


「いいや。せっかくの申し出だが、断らせてもらおう」


「な、何でよ!?」


「私はあなたを政争の渦中に巻き込みたくは無い。そもそも私が皇帝を目指したのもそれが一番の理由だ。だと言うのに、それを曲げてあなたの力に縋ろうなどと本末転倒も甚だしいではないか」


 そう言ってファウスティナに背を向けるルクス。

 だが、ファウスティナはそんなルクスに迫ると、彼の両肩を掴んで強引に自分の方を向かせた。


「ルクス!」


「…………な、何だ?」


 ファウスティナの急な言動に、ルクスは思わずキョトンとする。


「あなたはこれまでずっと私を庇って、守ってくれた。でもね。守られてばかりなんて嫌なの。私もあなたを守りたい! あなたに頼ってもらいたい! だから少しくらいは私に甘えなさいよ! 分かった!?」


「あ、あぁ。分かった」


 これでは頼る。甘える。というより尻に敷かれると評した方が適切なのではないか。

 そんな事を考えずにはいられなかったルクスだが、ここまで熱の入ったファウスティナには何を言っても無駄という事を彼はよく知っている。


 クリーヴランド公爵家の財力と影響力は、ルクスの作る新体制の構築にとても役立つ事は明らかであり、目下の課題だった資金不足も一気に解決する。

 これまであえて明確な協力を求めなかったファウスティナの登場は、ルクスにとって最高の切り札となるだろう。


「いかんな。何だかファウスティナが女神か何かに思えてきた」


「何を言ってるのよ! 私はあなたの勝利の女神よ! もっとありがたく拝みなさい!」


「はいはい。分かりましたよ、我が女神様」

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