皇帝の下に
惑星アウグスタへの大本営設置が軌道に乗り、帝国軍の再編成も順調に進む中、皇帝ルクスは自身直属の皇帝親衛艦隊と他に数個艦隊に対して遠征準備に取り掛かるように命令を発した。
これはルクス自ら親征に臨み、クテシフォン同盟を討伐する事を意味しているというのは大本営の誰もが察し、クテシフォン同盟との全面戦争を前にして大本営は活気に満ちた。
そんなある日、その日の公務を終えたルクスは私室にてフルウィとチェスをして束の間の休息を過ごしている。
「うぅ~」
チェスボードを前にして難しい顔を浮かべているフルウィ。
その様子から彼が劣勢にある事は誰の目にも明らかだった。
対するルクスは余裕そうな笑みを浮かべて、頭を悩ませているフルウィの姿を楽しそうに見ている。
「フルウィ、その調子ではすぐに持ち時間が切れてしまうぞ。やはりお前は持ち時間無しでやった方が良いのではないか?」
「いいえ、大丈夫です!」
険しい表情のままフルウィは、ルクスの申し出をきっぱりと断る。
一手一手指す度に長考していては持ち時間があっという間に尽きてしまうのは仕方のない事。
ルクスはハンデとして、フルウィだけ持ち時間を無制限にしても良いと何度も言っているのだが、フルウィはそれが不服なのか頑なに拒み続けていた。
「ふふ。そうか」
フルウィの姿勢を楽しげに見守るルクス。
しかし結局、フルウィは終始ルクスの掌の上で弄ばれて敗北するのだった。
「うぅ〜」
悔しそうな顔をしているフルウィは、ほぼ一方的な蹂躙が巻き起こったチェスボードを眺めている。
「随分と上手くなったな。ここまで苦戦させられたのは初めてかもしれん」
「ですが、まったくルクス様に歯が立ちませんでした」
「だからハンデをやると言っただろう」
「それで勝っても意味が無いじゃないですか」
「そんな事は無い。対等の条件下で戦おうとするその姿勢は立派だが、それに固執する事は無い。経過はどうあれ、結果が重要なのだ」
「……」
ルクスの言葉の意図がよく分からないのか、難しい顔をしながら首を傾げるフルウィ。
「それにフルウィの実力は日に日に上達している。いずれハンデ無しでも充分に私と対局できるだろう」
「本当ですか!?」
「勿論だ。お前は、いずれ私の右腕として活躍できるほどの才覚があると思っているのだからな」
「ぼ、僕がルクス様の右腕ですか!?」
「そうだ」
「で、ですが僕は奴隷ですよ」
「それを言うなら私は下級貴族の出だ。父と祖父が軍功を挙げて軍の要職に就いていたからこそ、上級貴族ともそれなりに付き合いはあったがな」
セウェルスターク家は田舎の星を統治する地方領主の家系で、帝国貴族の一員ではあったものの、その序列は決して高くはなかった。
ルクスの祖父と父は、親子二代で帝国軍に在籍して、数々の軍功を挙げる事で出世を重ねて軍の要職を歴任した経歴を持ち、ルクスが若くして第十三艦隊司令官となる下地を築いていた。
「それに時代は変わる。軍閥は消滅し、元老院は名ばかりと化し、貴族のほとんどは力を無くした。奴隷のフルウィが皇帝の右腕になったとしても何も不思議は無いだろう」
「……たしかにそうかもしれませんけど、僕に務まるでしょうか?」
「無論、今すぐには無理かもしれん。だが、先ほども言った通り、重要なのは経過ではなく結果だ。お前は賢いし、向上心もある。このまま成長していけば、私にとっても帝国にとっても非常に有用な人材となるだろう。だから今は焦らず、少しずつでも様々な事を学んで知識と見識を広げていけば良い」
そう言いながら、ルクスはフルウィの頭を撫でる。
「はい! 必ずルクス様のお役に立てるよう頑張ります!」
◆◇◆◇◆
皇帝親征の実施が囁かれてからしばらく時が流れた頃。
惑星アウグスタ付近の宙域には、銀河系各地からルクスの召集命令を受けて、膨大な数の艦艇が集結した。
これ等は、かつて敵対していた軍閥の残党や戦乱の中で発生した宇宙海賊の鎮圧などに当たっていた小規模な艦隊である。
各所の混乱は皇帝ルクスの威光の下で沈静化に向かいつつあり、ルクスは治安維持に必要な戦力以外はアウグスタへと集めて、皇帝の下に軍事力を集中させようとしていた。
「集まった戦力は皇帝陛下のご命令通りに再編・統合を進めて、新たに第五十一艦隊及び第五十二艦隊、第五十三艦隊を編成致しました。これ等も全てクテシフォン同盟討伐の任に当てます」
「宜しい。流石はドレルジーニ総監。見事な差配だな」
ルクスはアウグスタを中心とした軍制改革を進める傍らで、クテシフォン同盟討伐のための戦力を整えていた。
これ等の戦力は、皇帝及び大本営が抱える常備戦力となり、銀河系全域に睨みを効かす存在となるだろう。
「帝国全土の治安を維持するためにも各軍管区に戦力を配置する必要はある。だが、軍事力というものは中央集権の方が良いのだ。あちこちに過大な戦力を置いていたからこそ、かつての軍閥の台頭はあったのだからな」
「はい。過去の戦乱を繰り返さないためにも帝国軍の主要戦力は、この大本営に集約しておくべきでしょう」
現在の帝国軍は、治安維持の名目で大規模な戦力を帝国全土に広範囲に展開している。
長く続いた戦乱の時代の影響で、銀河系各地に自衛目的のための武装勢力が多数存在するためだ。
それ等は戦力としては微々たるものだが、クテシフォン同盟のように帝国にとって大きな脅威となるリスクもある。
そのため、ルクスは帝国の統制能力を維持するために艦隊を銀河系の各地に派遣していたが、主立った反抗勢力の掃討はクテシフォン同盟やブリトル星域の諸侯を除けば概ね完了しつつある。
こうなると、各地に派遣した勢力が新たな軍閥と化す可能性を考えなくてはならない。
「大本営による中央集権化。国内の平定が済みつつある今、我等が着手すべきはこれだ。そのためにも大本営総監である貴官の役割は、より一掃大きいものとなる。色々と手間を掛けるだろうが宜しく頼むぞ」
「御意。皇帝陛下と帝国のために!」
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