戴冠式

 皇帝の宮殿インペリアル・パレス

 帝都インペリウムの都心部のほぼ中心に位置し、銀河帝国皇帝の居城であるここは、帝国の政治・経済の核として機能している。


 今日ここには多くの臣民が集まっていた。

 新たな皇帝の戴冠式が行なわれるためである。


 ルクスはこれまでユリアヌスが治安維持の名目で行なっていた奢侈禁止令・夜間外出禁止令・検閲などの撤廃、ユリアヌス軍閥を批判した事から政治犯として逮捕されていた者達の釈放などを行い、ユリアヌスが行なった強権的な引き締め政策を緩和を実施した。

 これは臣民から多くの好感を集める結果に繋がり、ルクスを讃える民衆が宮殿前広場に集まって、まだ即位前だと言うのに「皇帝陛下万歳!」と叫ぶ者む少なくなかった。


 帝都の上空では、戴冠式を彩るために第十三艦隊による大規模な軍事パレードが催されており、帝都に住む民衆に第十三艦隊の偉容が披露された。


 戴冠式が実施される玉座の間には、新帝ルクスに従う第十三艦隊の幹部、そして途中から彼に臣従した提督達が礼服に身を包んで集結していた。

 銀河帝国の歴史上、皇帝の戴冠式にこれほど軍人が詰めかけている事も稀であるだろう。


 その一方で帝国の最高機関である元老院の議員達が、ほぼ全員がこの玉座の間に集結していた。

 皇帝の即位には元老院の同意が必須であり、元老院議員全員の出席は元老院が新皇帝の即位を承認するという意思表示の意味合いが含まれている。


 厳つい面容の提督達を前にして、議員達はひそひそと話を始める。


「いやはやシスキアの田舎軍人どもが、この神聖な皇帝の宮殿インペリアル・パレスに足を踏み入れるとはな」


「図々しくも我等と肩を並べてこの場に立つとは。一体誰のおかげで戴冠式ができると思っているのやら」


 議員達の陰口に提督達は気付いてはいるものの、帝国中枢の支配階級である元老院議員が相手とあっては、いくら幾多の戦場を渡り歩いてきた猛者達と言えども聞こえぬふりをするしかない。


 そんな中、議員達の前に長い銀髪をした美しい女性提督パリア・マルキアナが進み出る。


「こそこそとしないで、言いたい事があるなら堂々と言ってはどうですか!? それでも栄光ある銀河帝国元老院の議員ですか?」


 これまでの戦いの功績で准将から、少将を飛び越えて一気に中将への昇進が決まっている彼女は、正式な辞令を待たずに中将の階級章を身に付け、背中には中将のマントを纏っている。


「くう。小娘が偉そうに」


「これは失礼を。ですが、敬意を以て接してもらいたいのでしたら、それ相応の振る舞いをなさるのが宜しいかと」


 優雅な動作で頭を下げる彼女は、さらに議員を挑発するかのような発言を重ねた。


「な! 田舎者風情がこの私に意見するか!」


「私の行動が許されない罪と仰るのであれば、どうぞこの首を刎ねて下さって結構。ただし、もしそれが公正さを欠いた、単なる私怨による罰だったとしたら、果たして万民はそれを見てどう思うでしょうか?」


 パリアがそう言って不敵な笑みを議員達を浮かべてみせると、それまで彼女の後ろにいた提督達も前に出てパリアに肩を並べる。

 それは戦友が死を覚悟して行動に移した以上、自分達だけが黙って見過ごすわけにはいかないという意思表示だった。


 提督達の勢いに圧倒された議員達は、怯んで一歩後ろへ下がる。


「つ、罪とまでは言ってはいまい。こちらも少々口が過ぎた。その点については謝罪しよう。だが、一つ忠告をしておく。ここインペリウムは諸君等が生きていた環境とはまるで違う世界だ。諸君等の常識がここでも通用すると思わぬ事だ」


「忠告はありがたく受け取っておきましょう」


 一触即発の危機が辛うじてのところで回避されたその時、玉座の間にラッパの音が鳴り響く。

 それは戴冠式の始まりを示す音であった。


 すると玉座の前には、新帝に帝冠を授ける役目を負った元老院議長アダム・ガーディナー公爵が立つ。


 ガーディナーの姿を目にした提督達、そして議員達は、急いで綺麗に整列をしてガーディナーと共に新たな皇帝の登場を待つ。

 しばらくすると、大扉が開いてその奥から豪華な装束に身を包んだルクスが姿を現した。

 さらにその後ろには随員としてフルウィの姿もあった。


 ルクスは堂々と、そして整然とした動作で真紅の絨毯の上を歩いて玉座へと向かう。

 様々な人間の希望と思惑を一身に感じ取りながら、ルクスは玉座の前まで進むとその場に跪く。


 そしてガーディナーが帝冠を慎重に両手で手にすると、跪くルクスの前に進み出る。


「銀河標準暦一一九三年四月九日。私、アダム・ガーディナーは、帝国臣民の代表者たる銀河帝国元老院の名において、汝、ルクス・セウェルスタークを第二十一代銀河帝国皇帝に任命する」


 ガーディナーは優雅な動作で両手に持つ帝冠をルクスの頭に被せた。

 そして帝冠を被ったルクスはゆっくりと立ち上がって振り返り、この場に集まった一同に自身の姿を披露する。


「では皇帝陛下、皆にお言葉を」


 元老院議長が皇帝に、皆に挨拶をするように促す。これも戴冠式の慣習の一つである。

 ここでは軽く言葉を掛けて済ませるのが慣例なのだが、ルクスはこの場でどうしても告げたい事があった。


「今日、私は晴れて銀河帝国皇帝となった。それはここに集まっている聡明な元老院議員の方々による英断、そして私に付き従い、多くの戦場を渡り歩いてくれた将兵達の活躍によるものだ。だがこれは、かつての帝国の再建を意味するものではない。我々の未来は、過去の遺物にありはしない。今日ここに誕生するのは、我々の我々による我々のための、新たな帝国だ!!」


 ルクスの挨拶が終わると同時にパリアが「皇帝陛下万歳!」と叫ぶ。

 すると他の提督達も声を挙げて「皇帝陛下万歳!」と叫び、釣られるように元老院議員達も声を挙げるのだった。


 「皇帝陛下万歳! 皇帝陛下万歳!」


 今ここに銀河帝国は、新たにセウェルスターク王朝の時代が幕を開ける。

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