帝都インペリウム

 第十三艦隊が帝都インペリウム付近の宙域に到達すると、彼等の前には近衛艦隊が出現した。

 しかし、彼等の艦艇の砲門は全て閉じており、機関出力も戦闘レベルには達していない事から、戦闘の意思が無い事はすぐに予想できた。


「提督、近衛艦隊より通信が届いています」


 第十三艦隊旗艦ヴァリアントの艦橋にて通信オペレーターがそう報告をすると、ルクスはすぐに回線を開くように命令した。


 そして通信回線が開くと、艦橋のメインモニターに近衛艦隊司令官オルガ・ヴァリルーシ大将の姿が映し出された。


「遠路遥々ご苦労様です。私は近衛艦隊司令官オルガ・ヴァリルーシ大将です」


「銀河帝国軍第十三艦隊司令官ルクス・セウェルスターク上級大将だ」


 お互いは通信画面越しに敬礼をしながら、自身の官職と姓名を名乗る。


「既にユリアヌス軍閥の戦力は帝都近辺からは逃走しておりますので、どうぞご安心を」


「ほお。諸君等がユリアヌス軍閥を帝都から追い払ったと?」


「はい。皇帝を僭称するような不心得者は、帝都には必要ありませんから。それよりも元老院が提督との対面をお望みです。帝都までご案内致します。本艦隊に随行して下さい」


「承知した」


 ルクスはヴァリルーシの指示に従って帝都インペリウムの上空へと艦隊を移動させた。

 ヴァリルーシの言う通り、帝都の周辺には近衛艦隊以外の軍艦は確認されず、帝都は完全に近衛艦隊が掌握しているようだった。


 近衛艦隊の管制に従い、所定の位置に艦隊を展開させた第十三艦隊に一隻の小型艇が接近する。

 それは元老院議員のみが使用を許された元老院議員専用公用宇宙艇だった。

 この公用宇宙艇には元老院議長アダム・ガーディナー公爵が乗船しており、彼は旗艦ヴァリアントの艦内にて会見の場を設ける事を希望した。

 これを受けてルクスはすぐさま乗船許可を出し、ガーディナー議長をヴァリアントへと迎え入れた。

 

 ヴァリアントに乗船したガーディナー議長が案内されたのは玉座の間だった。

 しかし、これまでルクスに従属を求めてきた者達の応対をした時とは違い、ルクスは玉座の間に座ることはせず、空の玉座を前にテーブルと椅子を置いて会見の場を設けた。


「まさか議長閣下が直々にここまでお越し下さるとは驚きました。地上でお待ち頂ければこちらから出向きましたのに」


「いやいや。ユリアヌス軍閥を打ち倒して帝国再建に貢献した貴公にそんな真似をさせるわけにはいかんよ。こちらも最大限の礼を尽くさねばな」


「ありがたいお言葉です」


「時に、ユリアヌス亡き今、銀河帝国の帝位は持ち主を失っている。ちょうどそこにある玉座のようにな」


「そうですな」


「私はセウェルスターク提督を新たな皇帝として迎える用意がある」


「……」


「私は、君が野心ではなく、帝国への忠誠心で挙兵したと信じている。だが、帝国を安定させ、臣民を安心させるためには皇帝が必要なのだ。そしてそれは誰でも良いわけではない。誰もが納得する適任者でなくてはならない。君が真に帝国の忠臣であるのなら、新たな皇帝となってはくれないだろうか?」


 この時、ルクスは直感的に理解した。

 今、目の前にいる老齢の議長はユリアヌスを自らの宿主としたように、今度はルクスを宿主にしようとしているのだと。

 ガーディナー議長にとって、いや、元老院にとって“皇帝”というのは、自分達の国家元首でも帝国の支配者でもなく、元老院を守り、生かし続けるための尖兵に過ぎないのだろう。

 かつては銀河系全域を支配した皇帝は、ここしばらくは玉座が安定せずに所有者を次々と変えていく事で権威が衰えてしまっていたのだ。


「私はあくまで軍人であり、臣民の安全と帝国の国益を守るのが職務であります。そのための措置という事であれば、私は喜んで議長の提案を受け入れましょう」


「ありがたい。ではここで、帝国の国益のために一つ決めておきたい事がある。これまで皇帝は政治と軍事の両面を統括する帝国の統治者だった。しかし時代は移り変わり、今や皇帝は君のような現役軍人が就任するようになった。そこで軍事はこれまで通り皇帝が担い、政治の一切は我等元老院に委ねる、という役割分担を行なう方が帝国をより円滑に統治できると思うが如何かね?」


「なるほど。たしかに合理的な考えですね」


 そう答えつつ、ルクスはガーディナーの意図を理解した。

 彼は皇帝から政治への発言権を奪い取り、元老院単独で帝国を統治する仕組みを作ろうとしているのだと。

 そうなった場合、皇帝の地位は帝国の国家元首から帝国軍の最高司令官程度へと転落する事になる。


「君のような生粋の軍人には政治は未知の世界だろう。であればより経験豊富な我々元老院に任せてくれた方が双方にとって有益と思ってね」


「それについては私に異論はありません。ですがこちらからも一つ提案があります」


「何だね?」


「近衛艦隊の解散です」


「な!」


 ルクスの提案を聞いたガーディナーは目を見開いた。


「近衛艦隊は本来、皇帝直属の部隊でした。しかし今では帝都における最大の武装勢力という事もあって、私利私欲に走った行動が目立ちます。軍を預かる身としては、これを見過ごすわけにはいきません」


「……」


 現在の近衛艦隊は皇帝よりも元老院との繋がりが強く、先帝ユリアヌスの暗殺も元老院と近衛艦隊の共謀と言って良かった。

 近衛艦隊の解散は、元老院から固有の武力を奪い取る事を意味しており、軍部から元老院派閥を追放する狙いがある事はすぐにガーディナーも考えられた。


「しかしながら帝国の私物化を図ったユリアヌスを討ち、提督をこのインペリウムへ迎え入れたのは近衛艦隊だ。それを解散では、あまりに理不尽かと考えるが?」


「近衛艦隊の動向に関係無く、我々は帝都インペリウムを目指していました。彼等の功績は、これまでの失点を清算できるほどのものは私には到底思えません」


「ではもし近衛艦隊が、この処遇に反発して挙兵に及んだ場合はどうなさる?」


「その時は帝国軍の軍権を預かる者として、武力を以て征伐するのみです」


「……そこまでの覚悟があるのであれば、元老院は提督の提案を是としよう」

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