皇帝暗殺

 帝都インペリウムでは、迫り来る第十三艦隊の攻勢に備えるべく、皇帝ユリアヌスの勅命によって衛星軌道上に艦隊を集結させつつあった。


 ユリアヌスは自ら陣頭指揮を執るべく帝都中央宇宙港へとやって来た。


 この宇宙港には、本来軍用船だけでなく民間船も多く行き交う帝都インペリウムの内と外を繋ぐ交通の要所なのだが、今はユリアヌス軍閥の兵士があちこちに配置され、上空には軍艦が飛び、港には軍艦ばかりが停泊している。

 ユリアヌスが帝都中央宇宙港を軍の管理下に置いて交通統制を図った結果である。


 ユリアヌスは宇宙港の一角に設けられた司令部にて、腹心レペンドール大将から現状報告を受けていた。

 

「皇帝陛下、ロッケル提督の艦隊も到着しました。明日にはスペルス提督の艦隊も到着する予定です」


「よし。セウェルスタークの若僧がインペリウムに来る前に戦力を整えられるな」


「ですが、離反者が続出してセウェルスタークの側に付き、奴の戦力はかなり増大しております。これで守りきれるかどうか……」


 銀河系の勢力図は、大きく揺れ動こうとしていた。

 ユリアヌス軍閥とセウェルスターク軍閥の戦力比は逆転し、その差は広がる一方だった。

 惑星ラヴェンナの陥落は、それだけ大きな衝撃を銀河中に与えたのだ。


「何としても守り切るのだ。帝都さえ維持できれば、勝ち馬に乗っただけの連中などまたすぐにこちら側に寝返るだろう」


 その時だった。

 宇宙港に警報音が鳴り響く。


「何事だ!?」


 この中央宇宙港は軍事施設ではない。

 そのため、敵襲時に鳴る警報音、火災などの事故を知らせる警報音などの種別分けがなされておらず、ただただ警報音が鳴っているだけとなり、ユリアヌスは事態の把握が一瞬遅れてしまう事となった。


 そんな中、ユリアヌスの前に一人の兵士が駆け寄る。


「皇帝陛下! 宇宙港の上空に管制を無視して近衛艦隊が展開しています!」


「近衛艦隊だと? ま、まさか奴等、ここで私を裏切る気か!?」


 近衛艦隊は宇宙港の上空に展開しつつ、地上に停泊している艦艇に向かって砲撃を開始した。

 出撃準備をしている最中で、身動きの取れない艦艇は出航して応戦することすらままならずに次々と集中砲火を浴びて炎上していく。


 近衛艦隊の艦艇は、長く実戦から遠ざかっており、帝都における皇帝の権威を目に見える形で誇示する事が主任務となっていた。

 そのため、実戦に適した装備よりも、観艦式などの儀礼目的の装備が多かった。要するに見栄えが重視されていたのだ。

 こうした事情もあり、艦艇数こそ多いものの、近衛艦隊がユリアヌス軍閥に戦いを挑んでも勝ち目は無い。

 そこで近衛艦隊司令官オルガ・ヴァリルーシ大将は、中央宇宙港に停泊しているユリアヌス軍閥の艦艇もろともユリアヌス自身を始末するしか勝算は無いと考えた。


 事実、ユリアヌス軍閥の艦艇の多くは出港前で満足な応戦もできないまま破壊されて多くの損害を出す。


「皇帝陛下、ここは危険です! ただちに避難して下さい!」


「一体どこへ逃げろと言うのだ!? そんな事よりも軌道上の艦隊にあの裏切り者どもをさっさと始末させろ!」


 ユリアヌス軍閥の主力艦隊は今、インペリウムの衛星軌道上に展開している。

 その艦隊が遥か上空から砲撃を行えば、近衛艦隊を葬り去る事は充分に可能だろう。


「いけません陛下。軌道上から近衛艦隊を砲撃した場合、流れ弾が地上のこの宇宙港に来る恐れがあり、陛下の御身が危険です。ですのでまずは避難を」


 近衛艦隊は、遥か上空のユリアヌス軍閥の主力艦隊と中央宇宙港、そして自身が一直線上になるように展開する事で、ユリアヌス軍閥の主力艦隊が砲撃をし辛くなるようにしていた。


「おのれ! 小賢しい真似を」


「陛下、こちらへ」


「……」


  レペンドール大将は、苛立つユリアヌスに避難を促し、彼もそれに従おうとした。

  しかし、その瞬間、ユリアヌスのいる宇宙港施設にエネルギービームが直撃した。


  ユリアヌス自身は無事だったものの、激しい爆音と爆風が施設内を駆け抜ける。

  近くの天井が崩落して衛兵の一人が下敷きになってしまい、機材が転倒して別の衛兵が足を負傷してしまう。


「ええい。何と無様な!」


 銀河帝国の皇帝にまで上り詰めた自身が、戦火から逃れるために逃げ回らなければならない。

 それがユリアヌスには屈辱で仕方がなかった。


 しかしその屈辱を噛み締めている間にも死の宣告は確実にユリアヌスに迫る。

 二発目のエネルギービームが宇宙港施設に命中し、今度はユリアヌスの頭上の天井が崩落した。


「お、おのれぇ。私が、私が一体何をしたと言うのだ!?」


 それが皇帝ユリアヌスの最期の言葉だった。

 しかし、それを聞き、歴史書に記す事のできる者も含めてユリアヌスは崩落した天井の下敷きとなってその生涯を終える。



 ◆◇◆◇◆



 ルクスがユリアヌスの死を知ったのは、帝都インペリウムに向けて進軍中の最中だった。

 旗艦ヴァリアントの中で皇帝崩御の報に触れると、ルクスは僅かに笑みを浮かべるのみで自らそれ以上の反応を示す事はなかった。


「提督はここまで予想しておられたのですか?」


 ルクスのすぐ手前には小さな四角い立体映像のテレビ通信の画面が表示されており、そこに映っているパリアがルクスに問う。


「しょせん奴等は烏合の衆だからな。少し時間をくれてやれば、何かしらの動きはあると思ったが、流石にこれは期待以上だったよ」


 ルクスがそう回答をすると、今度は彼の横に立つ艦隊参謀長フォックス少将が口を開く。

 

「提督、たった今、元老院より通達が届きました、彼等は提督を“国家の敵”に定めた決議を取り消すと」


 フォックスの報告に、まず感嘆の声をもらしたのはルクスではなくパリアの方だった。

 

「ほお。では元老院は我々を温かく迎え入れてくれるというわけですな」


「そう考えて良いでしょう。いずれにせよ、これでユリアヌス軍閥は終わりです」


 盟主であるディティール・ユリアヌスは死去し、ラヴェンナや帝都を初めとする重要拠点の多くを失っている。そして元老院との繋がりも消えた今、ユリアヌス軍閥は名実ともに帝国に敵対する賊軍と言える。


「一つの時代が幕を下ろした、というわけだ。だが、我々が新たな時代の幕開けを担うのか、それとも単なる幕間の時間を担うに過ぎないかは、これからの我々の行動に掛かっている。諸君等の更なる奮闘を期待する」


「「はい!」」


 艦橋一同が声を揃えて返事をした。


「だがまずは、肝心の舞台へ向かうとしよう。全艦隊、最大戦速だ。帝都インペリウムへ向かうぞ」

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