ユリアヌスの凋落
惑星ラヴェンナがセウェルスターク軍閥によって制圧されたという報は、あっという間に銀河中に広まった。
ユリアヌスはすぐにも情報統制を敷くも軍事上経済上の要所であったラヴェンナ陥落の事実を隠し切るのは不可能に等しかったのだ。
そしてラヴェンナ陥落の報が広がるにつれて、勝ち馬に乗り遅れるなと言わんばかりに、ユリアヌス軍閥に属していた星系は離反して、セウェルスターク軍閥への恭順の意を示す。
元々元老院を武力で脅して帝位を獲得した皇帝として、あまり評判が良くなかったユリアヌスの権威は日に日に失墜していった。
惑星ラヴェンナの衛星軌道上に展開している第十三艦隊の旗艦ヴァリアントには、今日もユリアヌス軍閥を離反したフェラーラ星系の領主エステート男爵が訪れている。
「我がエステート男爵家及びフェラーラ星系は、セウェルスターク提督に忠誠を誓います」
ヴァリアントの一角に設けられている“玉座の間”にて中年貴族のエステート男爵が玉座の前で跪きながら、玉座の主に服従を誓う。
銀河帝国軍の宇宙戦艦には、帝国軍最高司令官である皇帝の行幸があった場合に、皇帝を迎えるための玉座の間の設置が義務付けられている。
銀河帝国に数百、数千以上も存在する宇宙戦艦のほとんどは、たった一人しかいない皇帝を迎え入れるためだけに設けられた玉座の間を使用することなく、廃艦となることも珍しくはない。
事実、このヴァリアントにおいても玉座の間が使用されるようになったのはここ数日が初めてである。
そして今、この玉座の間の最奥に設置されている玉座に座っているのは艦隊司令官ルクス・セウェルスターク上級大将だった。
「フェラーラ男爵の英断に感謝する。だが、昨日まで主君と仰いだ者を今日から敵を言い切る貴公を、私は一体どうやって信用したら良いものかと悩んでいる」
「尤もな事でございます。忠誠の証としまして、当家が保有しています巡洋艦四隻を閣下に提供致します。閣下の覇権のためにどうぞお使い下さい」
帝国貴族の多くは、宇宙海賊などから自身の領地と財産を守るために私設軍隊を保有している。
その多くは帝国軍を退役した元軍人を傭兵として雇い、帝国軍から老朽化などが原因で民間に払い下げられた旧型艦を買い取って構成された、帝国軍よりも遥かに質と量で劣る軍隊だ。
それでもユリアヌス軍閥を打倒するために一隻でも多くの艦艇を必要としているルクスにとっては非常に好ましい申し入れだった。
「勘違いしてもらっては困る。私が挙兵を決めたのは己が覇権を確立するためではない。銀河の秩序を回復し、帝国臣民の安全を守るためだ」
「勿論にございます。閣下の気高き理想に、私はどこまでも付いて行きます」
「宜しい。貴公を我が陣営に迎えよう」
このようにして、セウェルスターク軍閥は勢力を拡大させていき、その逆にユリアヌス軍閥の勢力は衰えていく。
この勢いに乗ってパリア・マルキアナ准将などは一気に帝都インペリウムに攻め込もうと進言するも、ルクスは「焦る必要は無い」と返して不適な笑みを浮かべるものだった。
◆◇◆◇◆
帝都インペリウム。
銀河帝国の首都であるこの星では、もうじき第十三艦隊がインペリウムに攻め込んでくるという情報に踊らされた民衆がパニックを起こして各地で暴動を起こしては、治安部隊や警察などとの衝突を繰り広げている惨状だった。
そんな中、銀河帝国元老院議長アダム・ガーディナー公爵と近衛艦隊司令官オルガ・ヴァリルーシ大将の二人は密かに会合の場を設けた。
「いやはや。嫌な時代に生まれたものよな、お互いに」
そう皮肉めいた事を口にしたのは、白髪に白い髭を生やした老人ガーディナー議長である。
「まったくですな。銀河のあちこちで我こそはと皇帝に名乗りを上げる無頼の輩が出るとは。百年前、いや、ほんの数十年前であれば考えもしなかった事態です」
そう答えたのは、ガーディナー議長に負けず劣らずの老齢な軍服姿の人物ヴァリルーシ大将だった。
彼は所属こそ帝国軍ながらも、ずっと帝都インペリウムに留まってインペリウムの防衛を担ってきた。そのため、軍部の中でもとくに元老院との繋がりは強く、各地で暴れ回る軍閥よりも、元老院に近い心情を抱いていた。
「だが、この時代に生を受けてしまった以上、栄光ある帝国貴族として為さねばならない事は山のようにある」
「ラヴェンナの陥落以降、ユリアヌス軍閥からの離反者は増える一方です。既にインペリウムの防衛線ですら怪しい。遠からずユリアヌス軍閥は破滅するでしょう」
「我等が為すべき事は帝国の
「そのためにも我々は戦いが終わった時、敗者の側に立っているわけにはいきません」
彼等にとって帝国の繁栄とは元老院の繁栄と同義に等しく、自己保身こそが帝国のためになるのだと錯覚していた。
それは帝国貴族達が何世代にも渡って築き上げてきた価値観であり、もはや彼等の意思ではどうにもならない所まで来ていると言えた。
「つまり我等が取るべき道は一つ」
「そういう事ですな」
二人は直接口にはしないものの、とある結論を共有した。
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