近衛艦隊の解散

 戴冠式を経て銀河帝国皇帝に即位したルクス・セウェルスタークは、帝国軍においては帝国元帥となり、帝国軍最高司令官の地位に就いた。

 そして帝国軍の軍権を掌握した彼は、これまで彼につき従った提督達に恩賞として軍の重役を与えていった。


 ミディール星系の戦いでユリアヌス軍閥を裏切る事で彼の勝利に貢献したクロード・アルビオン中将は二階級昇進を果たして上級大将となり、帝国軍参謀本部総長に就任する事で帝国軍の二番目の実力者の地位を確立する。


 中将に昇進したパリア・マルキアナは、ラヴェンナの戦いで指揮した駆逐艦戦隊で編成された第一独立機動艦隊司令官となった。

 この艦隊は皇帝ルクス直属の艦隊であり、第十三艦隊からは完全に切り離された戦力と位置付けられる事となる。


 他にも多くの提督が出世して帝国軍の中枢は一気にセウェルスターク軍閥の色に染め上げられた。

 その一方でルクスは帝都に衝撃をもたらす発表をした。


 近衛艦隊の解散である。


 その報を受けた近衛艦隊司令官オルガ・ヴァリルーシ大将は、これに抗議すべく皇帝の宮殿インペリアル・パレスへと殴り込んだ。


「皇帝陛下、近衛艦隊は帝国始まって以来、歴代皇帝の方々と共に帝国を支えてきた存在です。それを解散とは私を含め近衛艦隊の将兵達は納得できません!!」


「ヴァリルーシ大将。これは元老院も既に承認済みの事だ」


「な、何だと!? そんな馬鹿な!」


 これまで協力関係を築いてきた元老院が近衛艦隊解散を認めた事は、ヴァリルーシには信じられなかった。


「事実だ。帝国の私物化を図ろうとした近衛艦隊は、もはや帝国には必要無い」


「僭帝ユリアヌスを討ち、陛下をインペリウムへと迎え入れたのは我等ですぞ」


「そこが肝心なのだ。そなた達近衛艦隊は、その僭帝ユリアヌスと共謀して帝国を私物化し、不利になると裏切って一度は皇帝と仰いだユリアヌスを暗殺した。そのような存在を容認しては帝国の秩序は保たれはしない」


「だ、だが、参謀総長になったアルビオンとて元はユリアヌスに従っていたではないか」


「ヴァリルーシ大将は何か誤解をしているようだな。私はそなた等を処罰するのではない。近衛艦隊を解散した後、そなた達には実績と能力に応じた地位役職を与える」


「帝国軍において最も栄えある近衛艦隊を解散する事は、我等にとって侮辱以外の何物でもない」


 近衛艦隊は帝国軍の花形とも言える部隊であり、ここに在籍している将兵の多くはエリート意識が高い。

 そのためヴァリルーシには、近衛艦隊解散の措置が単なる人事異動では片付けられなかったのだ。


「侮辱と感じるのは君達の自由だが、近衛艦隊はあくまで帝国軍の一部隊であり、君達の個人的な所有物ではない。近衛艦隊を存続させるかどうかは皇帝である私の一存に委ねられているはずだ」


「一体誰のおかげで皇帝になれたと思っておいでか?」


「少なくとも近衛艦隊の助力が無くとも我等は帝都インペリウムに攻め込んでいただろうな」


「……」


 ヴァリルーシが言葉を詰まらせたタイミングで、ルクスはさらに畳み掛ける。


「それにこの件は元老院も承知している」


「な! そ、そんな馬鹿な!」


「信じられないというのならこれを見るが良い」


 そう言ってルクスは一枚の書類を取り出した。

 それは元老院議長アダム・ガーディナー公爵を初めとする元老院議員の多くが近衛艦隊解散に同意した旨が記されているものだった。


「不服というのなら元老院で、正式に近衛艦隊解散の動議を提出しても構わないが?」


 そんな事を実施されて、もし解散の決議がなされた場合、近衛艦隊は表向きにも元老院の支持を失ってその権威と名誉は失墜してしまう。そう考えたヴァリルーシは「その必要はありません」と力の無い声で返す。


「……いつか後悔する事になりますぞ」


 そんな言葉を言い残して、ヴァリルーシはその場を後にする。


 ヴァリルーシが退出すると、入れ替わるように参謀総長に就任したアルビオン上級大将が入室した。


「先ほど不機嫌そうなヴァリルーシ大将を見ました。やはり近衛艦隊の解散は時期尚早だったのではないでしょうか?」


「いいや。長きに渡って帝国の中枢に寄生して甘い汁を啜ってきた害虫は早めに駆除しなくては我々もユリアヌスの二の舞になりかねない。まだ銀河の各地には我々に従わない地方軍閥が多数存在するのだ。それ等との戦いに備えるためにも足場固めは最重要事項だ」


 いくら皇帝に即位したと言っても、未だ帝国は複数の軍閥によって分裂した状態にあり、情勢は安定しているとは言い難い。

 まずは自身の戦力を整えて、次なる戦いに備えるのは必須と言える。

 その中でルクスは近衛艦隊は存在そのものが自身にとって障害となると判断したのだ。


「なるほど。因みに次に我等が倒すべき敵はどこの勢力とお考えですか?」


「シャーム星域を治めている第十七艦隊、ノワール軍閥だろう」


 アンドレス・ノワール上級大将が司令官を務めている第十七艦隊は、シャーム星域を拠点に大規模な地方軍閥を形成している。

 彼もルクスと同じくユリアヌス軍閥と敵対して帝都侵攻を狙っていたものの、周辺の弱小勢力との武力抗争から身動きが取れずにユリアヌス軍閥との戦いに乗り遅れてしまった。

 とはいえ、ノワール提督が抱える武力はかなりの規模であり、経済的にも重要な要所を幾つも抑えている事から財力も相当なものである。


「ノワール軍閥は既に、陛下の戴冠式は無効と主張し、我等への対立の意を表明しております。もはや交渉の余地は無いかと」


「そうだな。私の帝位の正当性を名実ともに示すために、ノワール軍閥の討伐は格好の宣伝材料となる」


「では直ちに遠征計画の立案を進めましょう」


「期待しているぞ、アルビオン上級大将」


「御意」

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