帝国の統治者
第十三艦隊が帝都インペリウムを征し、ルクスが皇帝に即位して以降、かつてユリアヌス軍閥に属していた諸侯や部隊は、次々とインペリウムを訪れては皇帝ルクスに対して恭順の意を示す。
その様は以前に、ユリアヌス軍閥が行なっていた事を、セウェルスターク軍閥も始めたと捉える者も多かったが、二つの軍閥には大きな違いが一つ存在した。
それは裏の事情はどうあれ皇帝が元老院を尊重しているかどうかである。
ユリアヌスは裏で元老院議長アダム・ガーディナー公爵と通じていたとはいえ、大多数の議員を武力で脅して従わせていた。
それに対してルクスは、元老院の支持を取り付ける事で自身の正当性を示している。
「かつてはユリアヌス軍閥に所属していたそなたも今は私の配下となっている。そうだな?」
「仰る通りにございます。全ては皇帝陛下のご温情の賜物。心より感謝しております」
礼服に身を包んだ中年男性アバガル子爵は、深々と頭を下げながら言う。
その声には僅かに怯えた様子が含まれており、彼の立場が如何に危ういものかを物語っていた。
「ではその感謝を行動で表わす機会を与えよう」
「……私に一体何をせよと?」
「簡単な話だ。未だに私に従わない、ユリアヌス軍閥の残党に対して、私に従うように説得せよ。君にとって彼等はかつての同志だろ」
ユリアヌス軍閥の大部分はセウェルスターク軍閥に併合されたものの、小規模な勢力の幾つかは時流に乗り遅れて今もユリアヌス軍閥の立ち位置に立っている。
ルクスに処断される事を恐れているそれ等の小勢力は、身動きを取ろうにも動けずにセウェルスターク軍閥に歩み寄る機会を窺うか、別の軍閥に救いの手を求めるかの決断を迫られていた。
「このアバガル、皇帝陛下のご威光を銀河全域に知らしめるためにも全力を尽くします」
「期待させてもらおう」
セウェルスターク軍閥は今やユリアヌス軍閥に取って代わって銀河最大規模の軍閥へと成長した。
しかし、ルクスの最終目標が帝国全土の平定にある以上、これからも戦いは続く事になる。
であるならば、味方に付けられる勢力は可能な限り味方に引き込みたかったのだ。
◆◇◆◇◆
ルクスは諸勢力を平定する計画を推し進める一方で、自軍の戦力を整えるべく日々多忙な公務に負われている。
今も膨大な書類の山が皇帝の決裁を求めて、ルクスの下へと集まっていた。
大量の書類を執務室で迅速に処理しているルクスに、彼に仕える奴隷フルウィが紅茶を差し出す。
「ルク、いえ、皇帝陛下。紅茶を用意しましたので、少しお休みになられては如何ですか?」
「そうだな。そうさせてもらおう。それから言いにくいようなら、わざわざ呼び方を変える必要は無い」
「え? で、ですが」
フルウィはまだ幼いが、その才覚はルクスも認めるほどである。
そんな彼はルクスが“皇帝”という称号を利用して、自身の勢力基盤を整えようとしている事をしっかりと理解していた。
それ故にルクスの事を皇帝と呼ぶのは彼なりの気遣いのつもりだったのだが、呼び慣れた名をいきなり変えられるほど彼の口は器用ではなかった。
「二人だけの時であれば今まで通りで構わん。呼びやすいように呼ぶが良い」
「あ、ありがとうございます、ルクス様!」
嬉しそうに笑みを浮かべるフルウィは、お礼を言いながら深く頭を下げた。
ルクスは手にしていた書類をデスクの隅に置くと、フルウィが用意した紅茶を飲む。
公務の合間にフルウィが出した紅茶を飲むのは、惑星シスキアにいた頃からのルクスの日課になっていた。
フルウィは、ルクスが休息を取ろうかと考えるタイミングを熟知し、彼が最も好ましい時に紅茶を持ってくる。そのためルクスは、時計をあまり気に掛けず、フルウィが紅茶を持ってきたタイミングに休息を取るようになっていたのだ。
「時にフルウィ。お前は
「け、権威、ですか?」
時折、ルクスはフルウィに対して唐突に質問をする事がある。
それはいつも単なる暇潰しにしか思えない内容ばかりだが、生真面目なフルウィは自身の頭を総動員させて最適な解答を模索する。
「民衆を従えるための力、でしょうか?」
「なるほど。まったくの間違いとも言い切れないが、少し違うな。民衆を従えるための力とは権力の事だ。そして権威とは、民衆が自ら従わなければならないのだと感じさせる力だ」
「自ら従う、ですか?」
物心ついた頃から奴隷として生き、誰かに従うのを当然と考えてきたフルウィにとっては、ルクスの言う事はよく理解できなかった。
「そうだ。かつてユリアヌスは軍事力を以て元老院と民衆を抑え付けて支配しようとした。だから権威が伴わずにいつまで経っても自らの足場が固まらずに滅亡の道を歩んだ」
「はい。ですがルクス様は違います! 元老院との協力関係を築かれて、民衆もルクス様を賞賛しています!」
「その通りだ。そしてそれこそが権威となる」
「な、なるほどぉ。つまり僕がルクス様にお仕えできて光栄だと思っている事も権威になるのでしょうか!?」
遂に答えに辿り着いたと思ったフルウィは、目を輝かせてルクスに答えを求める。
「確かに、お前が私の事をそのように思ってくれているのだとしたら、そうだとも言えるな」
「やっぱり! 僕、ルクス様のお考えが分かりました! 民衆に敬意を払われる。それ自体が権威、というわけですね!」
「そんなところだ。尤もこれは私の持論のようなものだがな。しかし、やはりお前は賢い。その才覚が私のために、そして何よりお前のために役立つ事を期待しているぞ」
「はい! 頑張ります!」
フルウィは満面の笑みを浮かべて元気よく返事をする。
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