かつての誓い
クリーヴランド公爵家の邸の庭園を二人で散策していたルクスとファウスティナ。
途中、ファウスティナは思い出したようにある質問をする。
「そういえば今日は、いつも傍に置いていたあの可愛らしい坊やはいないのね」
「フルウィか。彼にはちょっと所用を頼んでいてね」
「珍しいわね。ルクスがあの子を他所にやるなんて」
「フルウィは将来有望な人材だ。それに真面目で勤勉。だからこそ傍に置いて学ばせれば、行く行くは有力な逸材へと育つだろう。しかし、このインペリウムに留まるのなら、学ぶ場として相応しいところは私の傍以外にも多く存在する」
フルウィの話をするルクスを見ると、ファウスティナは小さく笑みを浮かべた。
「ん? どうした?」
「いいえ。ただあなたが他人の事で、そこまで楽しそうに話すなんて珍しいなと思っただけよ。よっぽどお気に入りなのね」
「まあな。奴隷でなければ、すぐにも副官に任命したいほどにはな。元老院の邪魔がなければ今頃はそうなっていたかもしれんが」
銀河帝国ではかつて皇帝の戴冠式が行われると、ごく一部ではあるが奴隷が
ルクスは自身の戴冠式に合わせて、この奴隷解放勅令を実施したい旨を元老院に伝えたのだが、元老院はこれを拒否したのだ。
奴隷は貴族にとっては、資産の一つであり、これを取り上げられるのを嫌ったためである。
皇帝の権力が帝国全土に及んでいた頃は、帝国中から年老いたり、病に倒れたりして、資産価値が著しく低下した奴隷を集めて解放し、安らかな余生を送らせるなども行われたが、今のような戦乱の時代では、そう気前の良い事も言ってはいられない。
ルクスはこの奴隷解放勅令でフルウィを奴隷身分から解放して副官に抜擢しようと考えていたわけだが、結局それは叶わずにいた。
「ふふふ。副官ってあの子はまだ十代半ばでしょ。軍人になるにはちょっと早いんじゃない?」
「今が十五だ。私が士官候補生として従軍したのは十六の時だった。早過ぎるという事はあるまい」
「そうかもね。いや~。それにしてもあの初々しかったルクスも今や皇帝陛下かぁ」
ファウスティナの言葉を聞いたルクスは、急に真剣な表情を浮かべてその場に足を止める。
「ファウスティナ。私はあなたの言う通り、こうして銀河帝国の皇帝となった。かつてこの場所でした約束通りに」
「……」
ファウスティナはルクスよりも数歩前に進んだところで足を止め、彼に背を向けたままじっとしている。
「そうね。帝室が断絶して、誰も彼もが私に皇帝になるように言ってきた時、私はもうどうしたら良いのか分からなくなった。そんな時、あなたは言ってくれたわね」
「今、皇帝になれば、あなたは元老院の玩具として利用され、無惨な末路が待っているだけ。ならば、そんなものになる必要は無い。玉座には、」
「「私が座る」」
「あれから一年くらいかしら。ルクスは本当に皇帝になっちゃったわね。私の代わりに」
ここでようやくファウスティナは、振り返って身体をルクスの方へと迎える。
ルクスの視界に飛び込んだファウスティナの顔は、今にも泣き出しそうな様になっていた。
「この一年で、銀河はめちゃくちゃよ。人もいっぱい死んだわ」
「そうだな」
「全て私が責任を負う事をためらったからよ」
「それは違う。ファウスティナが皇帝になったとしても、帝国の分裂は免れなかっただろう。元老院は己の利益ばかりを追求し、帝国の国益を食い漁るばかり。軍部は派閥争いに明け暮れて、政財界との癒着を強めていた。遠からず帝国は今のように複数の軍閥に分かれて内戦状態に陥っていた。そうなっていた場合、皇帝は大した力も無く事態を収拾する事はできず、軍閥同士の戦争は何年も続く。逆にファウスティナが帝位に就かなかったおかげで、帝位は軍部の手に渡り、私が皇帝になる道筋が見えてきた。私にとっては好都合な展開だった」
「ふふ。相変わらずね」
「何がだ?」
「ルクスは普段は無口なのに、一度話し出すとけっこう饒舌になるのよ」
「……」
「で、饒舌になった時はたいてい嘘を言わないのよ。だからルクスが本気で私のせいじゃないって思ってるのは分かったわ。……でもね。でも私は、帝国がバラバラになったとか、人がたくさん死んだって事よりも、あなたに全ての責任を押し付けた事の方がずっと、」
「それこそファウスティナが気にする事ではないだろう。私はこの国の現状に不満を抱えていた。それを清算するチャンスを私にくれたのはお前だ。だがこれだけでは終わらない。バラバラになった帝国を再び一つとする。その暁にはお前の憂いも消え去るだろう」
「そんな事が本当にできると思っているの?」
「勿論だ。ユリアヌス軍閥は既に消え去り、もうじきノワール軍閥も滅びる。これで銀河の大部分が私の支配下に落ち、帝国の秩序が再建される日も近い。それともファウスティナは、私には実現できないと思っているのか?」
「……その聞き方は卑怯よ」
「ふふふ。そうか?」
小さく笑みを浮かべるルクス。
そんな彼を見て、ファウスティナは釣られるように笑った。
「別にあなたを信じてないわけではないのよ。ただ、」
「言わずとも分かっている。だが心配は無用だ。私は皇帝としてこの帝国を立て直す。そして必ずまたここを訪れよう。その時は今日のように私を迎えてくれるかな?」
「ええ。勿論よ、皇帝陛下」
自信に満ちた笑みで問い掛けるルクスに対して、ファウスティナは慈愛に満ちた笑みで答える。
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