戦端の火蓋

 銀河標準暦1193年3月10日。

 ルクス・セウェルスターク提督は、銀河中に向けて声明を発表した。


「銀河の各地で兵を挙げた提督達に告ぐ。私は銀河帝国軍第十三艦隊司令官ルクス・セウェルスターク上級大将である。本来、帝国と臣民を守るべき帝国軍人が私利私欲に走り、銀河の秩序と平和は崩壊した! それでも私は栄光ある帝国軍人としての職務に徹してきたが、戦火は治まるどころか、どこまでも広がり続け、罪もない臣民の暮らしは脅かされている! この状況に至って私は決意を固めた! 帝国軍人としてだけでなく、一人の帝国臣民として、銀河を荒廃させる賊軍どもを討ち果たすと! 銀河の各地に散らばる、私と志を同じくする者、今も良識を持つ者は、私の後に続く事を切に願う!」


 銀河中に発せられたこの声明は、銀河の勢力図に一石を投じた。

 巨大な武力を抱えながらも何の動きも見せなかった第十三艦隊が動き出したのだ。


 「おのれ! セウェルスタークの若造め! 身動き一つ取れなかった若輩者が何を今更偉そうに!」


 そう言って不機嫌そうにワインをボトルのまま飲み出したこの男は、今年で六十歳になる老将クリスメル上級大将。

 銀河帝国軍第四十艦隊司令官で、現在帝国内で最大軍閥を形成しているユリアヌス派閥に属している提督だ。

 彼は担当軍管区が比較的近いことから、ユリアヌス大提督よりルクスの第十三艦隊の監視を任されてもいた。

 しかし、事前に彼の挙兵の動きを察知できなかった事から、ユリアヌスの不興を買うのは一目瞭然であり、それが腹立たしくてならなかったのだ。


「貴官もそう思わんか、アルビオン提督」


「仰る通りですな」


 クリスメルの問いに、そう淡々と返した、アルビオン提督と呼ばれたこの人物はクロード・アルビオン中将。

 ルクスやクリスメルよりも階級が二つ下の中将の地位にいる彼は、まだ三十歳を超えて間もない若手の提督だった。

 やや癖のある金髪に緑色の瞳をし、背丈はやや小柄で提督としての威厳にやや欠ける。


 若いながらも戦場で幾多の活躍を見せてスピード出世を重ねた彼も以前は玉座を狙っていたが、指揮下の戦力はルクスやクリスメルの艦隊よりも圧倒的に戦力が不足している事から、その野心を胸の内に仕舞い込んでユリアヌス派閥に属していた。

 尤もそんな彼の心中を知る者はユリアヌス派閥には存在しないが。


「それにしても、このワインは美味いな。どこのものだ?」


「サセックス産です。あまり有名な銘柄ではありませんが、私の故郷の名産品です。まだありますので、どうぞご満足行くまでご賞味下さい」


「ほお。それはそれは。では、じっくりと味わうとしよう」


 そう言うと、クリスメルは再びワインを口へと運ぶ。

 そしてワインボトルから口を離したところで、彼は本題に入った。


「セウェルスタークがあんな声明を出した以上、大提督、いや、皇帝陛下も黙ってはいないだろう。すぐにも私に討伐の勅命が下るだろう」


 ユリアヌス大提督は、現在銀河系で唯一元老院からの承認を得ている、正式な皇帝であり、自陣営に属する者達には自身の事を“皇帝陛下”と呼ぶことを命じていた。

 皇帝の称号がユリアヌスの権威そのものであり、ユリアヌスの権力に正統性を持たせているからだ。


「セウェルスターク提督は皇帝陛下に真っ向から喧嘩を挑んだようなものですからな。とはいえ、今まで何の音沙汰もなかった奴がなぜ今になって動き出したのでしょう?」


「ふん。今や銀河の情勢は我等に傾いているからな。今動かなければ、もう機会は無いと踏んだのだろうよ」


「戦乱が始まった頃に比べると、規模の小さい軍閥はほぼ全て壊滅するか、併合されるかして消え去りましたからな。たしかにこのままでは機を逸すると思った可能性は高いかと。しかし……、」


「何だ? 言いたい事があるならはっきり言え」


「奴が拠点にしているシスキアには、多くの富が集中しているとの事。その富をセウェルスタークが掌握できているとしたら、奴の有する武力は侮れないものとなるでしょう」


「それで? 私ではあの若輩者に勝てないと言いたいのか?」


 親子並に年が離れつつも上級大将という同じ階級にいるルクスを、クリスメルは個人的に嫌っていた。

 それ故に自身とルクスを比べられて、下に見られる事を極端に嫌悪してもいたのだ。


「そうではありません。ただ、侮ってはならぬ相手と考えるべきです。まして今は大事な時期。貴重な戦力を多く失うような失態を犯しては、それこそ皇帝陛下のご不興を買いましょう。閣下の艦隊はこの辺り一帯を制するのに重要な存在ですから」


「……それは、まあな。だが、戦う以上は無傷というわけにもいくまい。勝てば何でも良いとは言わぬが、多少の損害は覚悟せねば」


「勿論です。しかし、損害を減らすための努力は必要かと」


「では、一体どうしろというのだ?」


「奴等が動く前にこちらから先制攻撃を仕掛けるのです」


「何だと? 陛下の命令を待たずにか?」


「そうです。陛下は多方面に敵対派閥との戦線を抱えておいでです。陛下のお手を煩わせる事なく、新たに登場した敵を討ったとなれば、皇帝陛下もお喜びになり、閣下の名声は否応なく高まる事でしょう」


「……し、しかし、それは、」


 クリスメルは即答できなかった。

 彼も無駄に戦歴を重ねているわけではない。

 ルクスが兵を挙げると宣言したという事は、それなりに勝利への打算があるはず。

 であれば、ルクスの好きに動かれる前に、こちらから先制攻撃を仕掛けた方が勝算があるというもの。

 しかしその一方で、皇帝の命令も無いまま勝手に第十三艦隊との戦端を開いても良いものか、クリスメルは判断しかねたのだ。


「勝手に艦隊を動かしては、それこそ陛下の不興を買うやもしれんだろう」


「陛下を痛烈に批判したセウェルスタークを打ち倒せば、賞賛されることはあっても、お咎めを受けることはありますまい」


「……良かろう。すぐにも艦隊を出撃させよう。当然、貴官にも指揮下の艦隊を率いて従軍してもらうぞ」


「勿論、お供致します、閣下」

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