ミディール星系の戦い

 クリスメル上級大将の指揮する第四十艦隊とアルビオン中将の指揮する第一〇七小艦隊は、第十三艦隊討伐のために出撃した。

 クリスメルは先手を取るためにも迅速さを重視して、第十三艦隊が管轄する軍管区へと一気に侵攻を掛けた。


 これを受けてルクスも第十三艦隊を出撃させて、ミディール星系に防衛線を張った。

 旗艦ヴァリアントを含む、帝国軍の主力戦艦であるゲルマニクス級宇宙戦艦二十五隻、セクスティウス級宇宙巡洋艦三十二隻。


「敵艦隊、間もなく有効射程に入ります!」


 旗艦ヴァリアントの艦橋にオペレーターの声が響き渡った瞬間、皆の表情が僅かに険しくなる。

 クリスメル側の戦力は、ゲルマニクス級宇宙戦艦三十七隻、セクスティウス級宇宙巡洋艦四十三隻と、第十三艦隊よりも一回りも多く、数の上では不利な戦いを強いられていた事も将兵達の緊張と不安を誘っていた。


 そんな中、ルクスは落ち着いた様子で指示を出す。

 

「全艦に通達。敵艦隊の左翼に向けて砲撃用意。命令有り次第、一斉射しろ」


 そう命令を下すと、第十三艦隊の各艦は砲門を敵艦隊の左翼に向け、砲撃命令をじっと待つ。


 この時代の戦争は、宇宙艦隊による艦隊戦が主役となっていた。

 様々な技術の発明と衰退の末に、巨大な戦艦による砲撃戦を主体する大艦巨砲主義が銀河帝国軍の軍事思想を占めるようになったのだ。

 両軍が正面からぶつかり合う艦隊戦においては、より多くの艦艇を用意できた方が優位に戦局を動かす事ができるようになる。その意味では、この戦いはクリスメルの側に分があると言えるだろう。

 

 やがてクリスメルはルクスよりも先に砲撃命令を飛ばして、第四十艦隊と第一〇七小艦隊は砲撃を開始した。

 数多くの艦砲から無数のエネルギービームは、流星群のように真空の宇宙空間を駆け抜け、第十三艦隊に飛来する。


 しかし、いくら有効射程内だったとはいえ、まだ双方の間には距離があり、命中した砲撃はそう多くはなかった。

 そして僅かに命中したエネルギービームも艦艇の表面を膜のように覆うエネルギーシールドによって阻まれて大したダメージを与えるには至らなかった。

 それもそのはずである。

 第十三艦隊の前衛を担う艦艇は、アルセナート伯爵の造船所で開発された新型の光学防壁生成機シールド・ジェネレーターが搭載されており、従来の艦艇よりも防御性能が上がっていたのだ。


 だがそれでも、司令官席に座るルクスの隣に立つ少年奴隷フルウィは、自分達の方へと飛来するエネルギービームに恐怖心を覚えたらしく、震える手でルクスの手を握る。まるで自身を安心させようとするかのように。


「怖いか、フルウィ?」


「え? ッ!」


 ルクスの手を握っていたのは無意識の行動だったのか、ルクスの問いに一瞬キョトンとした顔を見せたかと思えば、顔を赤くして慌てながらルクスから手を離す。


「こ、この命はルクス様の物です! ルクス様のためとあらば、いつでも命を捨てる覚悟はできています! 怖くなどありません!」


 目一杯虚勢を張るフルウィだが、その手を今も僅かに震えていた。

 その様子を見たルクスは楽しそうに微笑む。

 

「そう見栄を張るな。恐怖心は生きる上で必要な物だ。大事にしろ」


「は、はい……」


 ルクスの言葉の意味をよく理解できていないのか、頷きながらもフルウィは首を傾げる。


「さて。そろそろだな。全艦、砲撃開始」


 司令官の落ち着いた命令が各艦に伝達された瞬間、第十三艦隊が一斉にエネルギービームを解き放つ。

 放たれたエネルギービームは、敵艦隊の左翼を構成する第四十艦隊に襲い掛かり、標的に次々と命中した。

 比較的至近距離から一斉射撃を受けた第四十艦隊の一角はあっさりと戦線に亀裂が入る。


 第四十艦隊の艦艇にも当然、重厚な装甲と強固なエネルギーシールドがあるものの、それも決して無敵というわけではない。

 集中砲火を浴び続ければ、やがて負荷に耐えられなくなり、その守りは突き破られて船体に深刻なダメージを負う。


 第四十艦隊の左翼部隊が第十三艦隊の砲撃によって大きな損害を受けると、次第に撃沈される艦、敵の砲撃に怯んで進撃を止めてしまう艦が続出し、その隊列は大きく乱れてしまう。

 その混乱は次第に第四十艦隊全体に広がっていくのだった。


「ええい! 何を狼狽えているのだ!? 陣形を立て直せ!」


 味方の醜態ぶりにクリスメルの怒声が響き渡った。

 しかし、歴戦の老将だけあって、すぐに各部隊へ的確な指示を飛ばして混乱を収拾を図ろうとする。


 混乱を収めて戦線の立て直しが完了するかと思われたその時だった。

 思わぬ方向から第四十艦隊はエネルギービームによる砲撃に晒された。


「な、何事だ!? 敵の伏兵か!?」

 

「し、司令! 第一〇七小艦隊が我が方に砲撃をしてきています!」


「何だと!? おのれ、アルビオン! あの若僧め! 裏切りおったな!」


 アルビオンの裏切りによって第四十艦隊は、第十三艦隊と第一〇七小艦隊に挟撃される事となった。

 これでクリスメルは数的優位を失っただけでなく、不利な態勢での戦闘を余儀なくされてしまう。


「戦艦フロスト、撃沈! レヴォール提督も戦死の模様です!」


「レヴォールが!? くそ!」


 勢いに乗った第十三艦隊は、更に加速して前進し、第四十艦隊に一気に止めを差そうとする。

 第四十艦隊の戦線は圧迫されて隊列は乱れていき、敵の攻勢から逃れようとするも、他方面から第一〇七小艦隊の攻撃を受けた事で、その逃げ道すら断たれてしまった。


 やがて第四十艦隊は中央部に強烈な打撃を被って旗艦は撃沈。艦隊司令官のクリスメル上級大将も戦死した。

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