セウェルスターク軍閥

 ミディール星系の戦いの報は、あっという間に銀河系全域へと拡散された。

 敗北を喫したユリアヌス軍閥はすぐに情報統制を敷き、敗戦が知れ渡らないように工作するも、全て徒労となる。

 兼ねてよりルクスは銀河中に独自の情報ネットワークを構築しており、それを駆使する事でユリアヌス軍閥の情報統制の網を引き千切って情報を広めたのだ。


 そして一度広まった情報は、銀河各地の民間報道機関や民衆間の噂を通じてさらに拡散されていく。

 最終的に世間では“セウェルスターク軍閥の台頭”が周知されていった。


「いやはや。この戦乱の時代に、たった一度の戦いでここまで世間が騒ぎ立てるとは」


 そう言うのは、ミディール星系の戦いでユリアヌス軍閥を裏切り、ルクスの勝利に貢献したクロード・アルビオン中将だった。


「新たな勢力が出現したのだ。注目してもらわねば困る」


 ルクスが答えると、アルビオンは楽しそうに笑い声を上げる。


「随分と準備に時間を掛けましたからな」


 ルクスとアルビオンは、随分と前から秘密裡に協力関係を結んでいた。

 ミディール星系の戦いも新たな勢力の登場を銀河中に広めるためのお披露目会でしかなかったのだ。


「いやしかし、クリスメルの信頼を得て戦場に引っ張り出すのは中々骨が折れましたぞ」


「長期に渡る貴官の尽力には感謝している。今後とも宜しく頼むぞ」


「充分な対価は頂きますよ」


「勿論だ。帝国の秩序回復が成った暁には相応の地位を約束しよう」


 アルビオンは、表向きはユリアヌス軍閥に属する事で身の安泰を計ろうとしたと思わせつつ、裏ではルクスと内通してユリアヌス軍閥の情報を流したり、今回の戦いの舞台をセッティングするために色々と動いていた。


「頼みますよ。……それにしてもユリアヌス大提督がどう動くか見物ですな」


「おそらくは元老院に私を“国家の敵”に指定するように圧力を掛けるだろう」


 国家の敵。

 それは銀河帝国元老院が、特定の人物、組織を帝国の敵対勢力とする措置である。

 この指定を受けた者は、帝国のあらゆる法の保護下から外されてしまう。

 そして帝国臣民は、この“国家の敵”を討伐するのに全力を注がなくてはならないという義務が課される。


 尤も帝国の秩序が乱れ、元老院の影響力が衰えた現代では、皇帝ユリアヌスが敵対勢力を倒す大義名分にするのに利用する程度の価値に留まっているが。


「元老院の弱虫どもはユリアヌス大提督がちょっと脅せば何でもするでしょうからな」


 かつては銀河系を統治する最高機関だった元老院も今では暴走した軍事力に怯えて、軍部や金持ちに金をせびるばかりの存在になり下がっており、元老院を見下す帝国軍将校は少なくなかった。


「だが実力の伴わない権威など恐れる必要は無い。我々は艦隊を惑星ラヴェンナへと進軍させる」


 惑星ラヴェンナは、帝国誕生よりも前から巨大な宇宙港が存在して星間交通の要所として栄えている地である。

 あまりに多くの貿易船が出入りし過ぎるために、交通網の麻痺まで起こしてしまう事も度々あったほどだ。

 かつての皇帝達は、この惑星に軍港を築き、軍による通行税の徴収と交通整備、そして星間航行の安全保障を行なわせる事で物流の安定化を図ると共に、莫大な富を国庫に納める事に成功していた。


 そうした経緯から、惑星ラヴェンナは帝国軍の管轄下にあり、事実上皇帝の直轄地としての一面を持ち合わせている。

 現在、この星を抑えているのはユリアヌスだが、ルクスはそこを奪取する事を計画していた。


「ラヴェンナにはユリアヌス軍閥の艦艇が多く駐屯している。これを鹵獲ないしは破壊できれば、ユリアヌスの勢力は一気に衰えるだろう」


「たしかに仰る通りです。ただそれはユリアヌスも承知の事。そううまく事が運ぶでしょうか?」


「現在、ユリアヌス軍閥は、我々の他にも以前からノワール軍閥、アガバル軍閥など複数の戦線を抱えている。クリスメルを失った今、我々の障害は極めて少ないと考えて良かろう」


 ユリアヌス軍閥が帝国の覇権を握っていると言っても、その勢力は帝国全土を手中に収めるには至っていない。

 そして銀河系は今、微妙なパワーバランスの上に一定の勢力図が出来上がっており、ユリアヌス軍閥はその一角に亀裂を入れられたのだ。

 ラヴェンナの重要性は理解していると言っても、だからと言って強固な防衛戦線を敷くだけの余力は無いだろうとルクスは考えていた。


「先の戦いで、他の軍閥も今を好機と見て活動を活発化させる可能性は大いにある。当然、ユリアヌスもそれを警戒するはずだ」


「そうなってくれれば、我々としては動きやすくなりますな。いっその事、他の軍閥との共闘を呼びかけてはどうでしょう?」


 ルクスは、アルビオン提督のように他勢力の切り崩しは行なっても、他勢力と共同戦線を張る考えは無かった。

 しかし、ユリアヌス軍閥との戦いを有利に進めるためであれば、他の軍閥と共闘するのも選択肢の一つとしては一考の価値があるとアルビオンは考えていた。


「たしかに他の軍閥と共同戦線を張れば、我々の勢力は一気に拡大するだろう。しかし、そうした場合、戦いが終わった後はどうなる?」


「と言いますと?」


「私は貴官を引き抜く条件として、相応の報酬を約定した。それと同じ事をなりふり構わずに行えば、私は皆への報酬で破産してしまうだろう」


「はははッ! セウェルスターク提督は、意外と冗談がお上手ですなッ!」


「冗談のつもりは無い。仮に銀河系の全てを手に入れたとしても、与えられる地位と富には上限がある」


「なるほど。たしかに、仲間を増やし過ぎて私への報酬の取り分が少なくなっては困ります」


 かつて皇帝の座を求めた事もあるクロード・アルビオンという人物は野心家ではあったが、同時に現実主義者でもあった。

 無謀な野心を切り捨てて、より現実的なものを取る事を心掛けている。


「まあ心配するな。可能な限りの手は尽くした。後は実行するのみだ」


「セウェルスターク提督がそう言われるのでしたら、大丈夫なのでしょうね。では、未来の皇帝陛下の名采配に賭けさせてもらうとしましょう」

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